154話 夜
その後の会議は細々とした情報の共有や、これから起こり得る事への対策などをやって夕方頃にお開きになった。
夕食まで時間があるということで早速チトセはガランさんに挑戦して、善戦こそしたものの返り討ちにあった。それを見ていて大笑いしたハヤト君にチトセは八つ当たりしていた。
元々は敵と言っても、リオはサトル君に操られていただけだし、ガランさんとレイリさんは使命を捨てたからか取っ付きやすくなっているし、ハヤト君はその持ち前のキャラでなし崩し的に馴染んでいた。
みんなで着いた夕食の席では。
「なるほどそんなことが……よし、分かった!! 俺も全面的にユウカがサトルのところにたどり着けるように協力するからなっ!!」
「アンタ、よく言ったねえ!!」
「ちょ、ちょっと二人とも酔いすぎですよ」
酔ったハヤト君が調子よくそんなことを言って、チトセがその背中をバシバシ叩く。その間でソウタ君がおろおろしていた。
そして酔い潰れたハヤト君はソウタ君が介抱するということで部屋に運び、ガランさんとレイリさんも協力者という事で神殿内の客室が一部屋準備されて、リオは私が寝泊まりしている部屋にやってきた。
「こうして二人きりになるのも久しぶりですね」
元々私が与えられた部屋は二人用の部屋で、今までそれを一人で使っていたものだ。その今まで使っていなかったベッドに寝転がりながらリオが言う。
「学術都市にいたとき以来だからそこまで期間は空いてないはずなのに……本当久しぶりって感じ」
私もその隣のベッドに寝転がる。
「はぁ、今日は本当しゃべり倒しましたね」
「何か堰を切ったような感じだったね」
「王国にいたときはほとんど話なんてして無かったですから。サトルさんの命令を受けて、行動しての繰り返しで……たまに今後の方針を話し合うときくらいだったでしょうか」
おしゃべり好きのリオには地獄の環境だっただろう。
「そういえば……サトル君は元気なの?」
「体調的なことを言えば元気ですよ。精神的に言うと……いつも無機質な目をしていて、私から言わせると死んでいるようなものでした」
「……そっか」
「本当にサトルさんは……何を考えているんでしょうか? 立場上近くで行動していた私にも全く分からなくて……」
「見ても分からない、考えても分からない…………だったら直接問いただすだけだよね。うん、そうだよ。それに結局どんなことを考えていようと、私のすることは変わらないし!!」
「そうですね」
「自分で振っておいてなんだけど、もうこの話はやめ、やめ! 違う話しよ、リオ。王国で面白いこととかなかったの」
「雑なフリですね……。あ、でも面白いことと言えば……」
そうして私とリオの話は盛り上がり、どちらからともなく寝始めるまで続いたのだった。
「ふぅ……ようやく寝たか」
ソウタこと僕は自室のベッドの前で一息吐く。
「んー……だから…………言ってるやろ……」
寝言を言っているのはハヤト君。酔った彼をここまで運んで寝かしつけるのは思いの外骨が折れた。
「でも久しぶりに会えて良かったな」
頑張って手に入れた渡世の宝玉を持ち逃げされるという手酷い裏切りを受けたけど、僕はハヤト君のことを嫌いになれなかった。チトセには虫が良すぎる、って呆れられるかもしれないけど。
もう一つのベッドに寝転がる。もう夜も遅いし、寝ようと思って目をつぶるけど……。
「眠れない……」
理由は分かっている。頭の中で渦巻いている思考のせいだ。
今日の会議でも散々話題になったサトルさんの目的。
それが……分かったかもしれないということ、が気になるからだろう。
「…………」
事の始まりは学術都市。
サトルさんはユウカさんに告白された。
おそらく普段の態度やこれまで聞いた話からして、サトルさんはユウカさんのことを好ましく思っている。
そのまま何もなければカップル成立するはずだったのに……そこに襲撃があった。
サトルさんと僕には似た一面がある。だからユウカさんから表面的に話を聞いただけなのに……そのときのサトルさんの心情が手に取るように分かった。
不安だ。
そこに異世界という舞台、魅了スキルという力に魔神の『囁き』スキルまで加わった結果……欲望そのままに、サトルさんはその不安を払拭するためにここまでのことをしでかした。
だとしたら……僕は到底サトルさんのことを責める気にはなれなかった。
僕だって同じような状況になったらそんなことをしないとは言い切れないから。
「僕は運が良かったんだな……」
このことを本当はみんなに話すべきなのかもしれない。
みんな気になっていたし、不安に思っているのだから。
でも僕はサトルさんに共感してしまったから。
裏切りだとしても……誰にも打ち明ける気にはなれなかった。
「バレたらチトセに怒られるかもな……」
恋人の顔を思い浮かべてクスっとなって……そうして力が抜けたのが良かったのか、僕は吸い込まれるように眠りに就いた。
誰も彼もが眠りに就いた夜更けの独裁都市。
そこに蠢く影があった。
空中を滑るように動き、時折立ち止まる。
周囲を見回す仕草からして、どうやら自分がどこにいるかを確認しているようだ。
そうして辿り着いた先は……何の変哲もない建物だった。
しかし、その影は知っていた。
そこは重要な拠点だと。
オンカラ商会が王国を攻略するためにかき集めて独裁都市に運んだ物資が貯蔵されている、と。
ここを攻撃されたら損害は量り知れず、立て直すことも難しい。
故に極少数しかこのことを知らない。
「………………」
影は手をその建物に向けて。
口を開き、魔法を紡ごうとして――――。
「こんなところで何をしているの、リオ?」
いつの間にか影の後ろに竜の翼をはためかせる少女、ユウカがいた。
影は、リオは振り返って答える。
「何って……夜中の散歩ですよ」
「そう? じゃあ、私を起こさないように細心の注意を払って部屋を抜け出したのは、ただの親切だったってわけ」
「ええ、その通りですよ。それにしても結局起こしてしまったみたいでごめんなさいね」
「いいよ、気にしてないから。それにしてもこの場所に気づくなんてね」
「……はて? この場所がどうかしたんですか?」
「昼間、普通に過ごしているように見せて探りを入れてたんだ」
「よく分かりませんが……ユウカもこの場所にいるってことは尾行でもしていたんですか、あんまり良い趣味じゃないですよ」
「ごめんね」
「いいえ、気にしてませんよ」
「………………」
「………………」
「理屈は無い。話して、触れ合ってみての私の直感。
ねえ、リオって――今もサトル君の支配から逃れられてないんじゃないの?
自由になったフリして……独裁都市に潜入して、攻撃するように命令されているんじゃないの?」
「……はぁ。サトルさんの支配から逃れられていないって……何を根拠にそんな……って直感でしたね」
リオはため息を吐く。
「でしたらそうですね……理屈的に考えましょうか。サトルさんは私にどんな命令をしたっていうんですか?」
「とりあえず大きなものが『独裁都市に潜入して攻撃しろ』って命令だとして。『怪しまれないように命令を無視したという演技をしろ』『独裁都市の重要拠点を探れ』『信じさせるために指定した情報は開示しろ』『都合の悪い情報は開示するな。ただし疑われそうな場合は臨機応変に』って感じで。後は『裏切るようなことは禁止する』とか『余計なことを話すな』とか……まあそういう命令は元々かけているだろうけど」
まだまだ細かいことを考えればキリが無さそうだ。
「まるで命令のデパートですね」
「そうでもしないとリオは本当に命令無視するでしょ」
「ですから本当に命令無視を……」
「そういえばリオが言っていた理由だけど……命令されたのが自分だと認識しなければ無視できる……だったっけ? そんなことにサトル君が気づかないとは思えないけど」
「……うっかりしていたんでしょう」
「あ、それにリオさ、一般人を巻き込んだかって嘘をハヤト君が言及するまで口にしなかったでしょ。あれも本当は開示する情報じゃなかったんでしょ?」
「……順序ってものがあるでしょう。話題にならなくても、あの後話するつもりでしたよ」
「本当に?」
「………………」
「………………」
無言で視線と視線がぶつかり合う。
やがて根負けしたようにリオは視線を外すとポツリと呟く。
「本当は……私だってユウカの力になりたいんですよ」
「……うん、分かっている」
「でもユウカだって知っていますよね、魅了スキルの力を」
「そりゃあね、何回も見てきたし」
「『誰かにバレた場合、即座に帰還しろ』『邪魔された場合は全力で抵抗しろ』『手を抜いて捕まることは禁止する』……と、まあこのような命令もありまして」
「逃げるつもりなのね。でも逃がすと思う?」
「分かっています。全力で行きます。ですから――どうにか私を逃がさないでください」
リオが空中で戦闘態勢に入る。
私も構えを取った。
「ごめん、リオ……私こんなときなのにワクワクしているんだ」
「そうですか……たぶん、私も同じですよ」
「そう……なら良かった。じゃあ全力で……初めてのケンカをしよっか」
「『吹雪の一撃』!!」
返事は氷塊の雨で。
不意打ち的に放たれた攻撃。
卑怯だとも、不躾だとも思わなかった。
それがリオの本気だというなら……私は真っ向から迎え撃つ。
「『竜の闘気』!!」
私は全方位に向けて衝撃波を放ち、攻撃を相殺した。




