151話 集結
独裁都市と王国の境界線上の詰め所にて。
親友、リオと久しぶりの邂逅を果たす。
その状況は兵士に囲まれていて、私に助けを呼ぶという中々難解な状況だ。
「演技だね」
チトセは即刻その可能性を示す。
「……うん、分かっている」
リオは魅了スキルによる虜状態だ。
サトル君の命令でこの地に赴いた。
ああやって私に助けを呼んでいるのは油断させるための演技に決まっている。
だとしても……。
「どうするかい?」
「リオと話をするよ」
「だからねえ、それは……」
「大丈夫、油断はしない。近づいた瞬間に攻撃とかされても、元々竜闘士の私の方が強いんだし取り押さえることは出来る」
「……分かっているならいいさね。まあ話でも聞かなければ状況も進まないことだし」
注意するべきことを確認してから近づく。
兵士たちは私たちのことを知っているため囲いを通してもらって、リオと距離を置いて対面するのだった。
「いやあ、良かったです。ようやく知り合い、それもユウカに出会えて。チトセも久しぶりですね」
警戒する私たちと打って変わってリオは呑気に再会を喜んでいる。
「リオ」
「どうしたんですか、ユウカ、チトセ。そんな怖い顔をして」
「…………」
「……なんてね、分かっていますよ。状況からして私が警戒されることも。だってサトルさんの魅了スキルにかかっているんですからね」
リオは自分からその問題点に触れた。
「だったら話が早いね。どうしてこの場に現れたの? サトル君の命令によるものじゃないの?」
「白状します。私はサトルさんに独裁都市を叩くように命令されました。王国に反逆する目障りな勢力の力を削ぐために」
「…………」
「ですが目下の問題は一つじゃありませんでした。復活派が動き出したため、サトルさんはそちらの対応にも迫られたんです。
問題の大きさからしてサトルさん自身がそちらに出向くしかなくて……チャンスだと思ったんです」
「チャンス……?」
私は首を傾げる。
「ええ。ユウカなら知っていますよね。私が魅了スキルの命令を何度も無視したことがあるのを」
「うん、そうだね」
「その抜け道の一つを今まで温存していたんです。魅了スキルは本人が命令を自覚するのが必要ですから、自分が命令されているわけではないという意識を強く持てば抵抗できるんです」
「そんな方法が……」
「でもサトルさんの目が届く場所では抜け出してもすぐに新たに命令がされるのがオチですから、ここまで待っていたんです」
「だから今のリオはサトル君の命令に従っているわけではないと……そう言いたいの?」
「はい、そうです。そしてユウカたちの力になりたいと思ってここまでやって来たんです。……証明する手段が無いのがもどかしいですが」
リオは悔しそうにして俯く。
「どう見る?」
私は隣のチトセに聞いた。
「リオが本当のことを言っているならとてもありがたい話だねえ。魔導士としての戦力も、王国の事情にもかなり通じているはずの情報も得られるって点で」
「そうだね」
「問題は……ここまでの言い分含めて、まるっと嘘である可能性もあるってことだねえ」
その通りだ。
考え出すとキリがないことは分かっている。
でも考えないわけには行かない。
問題なのはリオ自身が言ったように証明する手段がないということだ。
リオの言い分が本当であるか、嘘であるか確認するその方法は……いや、そうじゃないか。
この状況で大事なことは――。
「私はリオの言うことを信じるよ」
「本当ですか、ユウカ!」
リオが私の言葉に目を輝かせる。
「ちょっと本気かい?」
慌ててチトセが口を開く。
「本気だよ」
「だけどさっきの言葉が嘘だったら……」
「裏切られるね。……でもそんなの魅了スキルがあろうと無かろうと一緒なんだよ」
「……へ?」
「嘘か本当か分からない言葉なんてどこにだってある。そんなときに根拠にするのは、それを発した人が信じられるかどうか。
私はリオを信じている。だからその言葉も信じる。それだけだよ」
「……まあ、そうか」
チトセも納得したようで引き下がる。
「ありがとうございます、ユウカ」
「ううん、今まで助けてくれたリオを疑って、こっちこそごめんね」
「いいんですよ、状況が状況ですから」
そして私はリオに近寄って手を差し出す。
「あ、言い忘れてたね、リオ。久しぶり、元気だった?」
「ユウカ……いえ、もう本当クタクタですよ。サトルさん本当人使いが荒くてですね」
リオもそれに応じて、ガッチリと固い握手が交わされるのだった。
「さて、協力するとは言いましたが、何から始めればいいでしょうか?」
「とりあえずアタイの希望としては、王国の状況について知っていることを全部話して欲しいところだけどねえ」
「そうだね。独裁都市でもどうにか王国の状況を探ろうと手を尽くしているみたいだけど、成果は上がっていないみたいだし」
来たときと同じように私はチトセの手を引いて神殿に向かう。リオは身体を軽くする魔法と風を呼び起こす魔法を組み合わせてそのスピードに付いてきていた。
その途中。
「……っ、あれは!!」
私はその存在に気付いて空中で急停止する。
「これはちょうどいい」
「探す手間が省けたな」
魔族のレイリと伝説の傭兵ガラン。復活派の二人。
あちらも『竜の翼』で空を飛び移動していたようだが、こちらに気付いて中空に止まる。
「まさかこんなところに……」
「伝説の傭兵ガランと魔族レイリ……復活派の二人組……サトルさんが対応していたはずですが……」
警戒するチトセに、浮遊魔法に切り替えて疑問符を浮かべるリオ。
私は一歩前に出て問いかけた。
「お久しぶりですね、ガランさん。何のつもりでしょうか?」
「警戒する気持ちは分かる。だが、私たちに争うつもりは無い」
「……そうやって油断させるつもりですか? 学術都市での所行、忘れていませんからね」
この二人が駐留派に協力して襲撃したことが、サトル君との決別の引き金を引いた。
ガランさんは両手を挙げるポーズまで取っているが、気を許すつもりは毛頭無い。
「それよりどうしてあなたたちがこんなところにいるんですか?」
「どういうこと?」
「先ほど少し触れたように、復活派はサトルさんが直々に対処に向かったはずなんです。それこそ討つつもりで戦力を揃えて。なのにここにいるということは……」
「サトル君が逃がしたってこと?」
「それならまだマシで……もしかしたら返り討ちにあった可能性も……」
「まさか……サトル君を……!?」
「違うな。私たちは少年に見逃された方だ」
「別れ際のあの反応はおまえたちにも見せてやりたかったな」
「見逃す……ですか? サトルさんに限ってそんな甘いことを……」
ガランさんにレイリさんも加わり、入り乱れ始めた話を打ち切ったのはチトセだった。
「だぁっもう、まどろっこっしいねえ! ストップだ、ストップ! そうやって言い合ってたら何の話もまとまらないだろう!」
「だけど……」
「だけども何もない! こんな空中でする話でもないだろう! 落ち着ける場所に移動するよ!」
食い下がろうとする私にピシャりと言い放った後、チトセはガランさんの方を向く。
「本当に戦う意志は無いんだろうね?」
「ああ。魂に誓って」
「だったら案内するよ。正直あんたたちの持っている話も気になるところだ」
「感謝する」
「……あ、でも、気が向いたらでいいからアタイと一戦交えてくれると助かるねえ。武闘大会の予選の時は不甲斐ないところをみせたけど、あのときから成長したからさ」
「いいだろう」
チトセは話をまとめながらも、ちゃっかりガランさんと再戦の約束を取り付ける。
そうして行きは二人だったのに、リオ、ガランさん、レイリさんと三人を加えた一行で、独裁都市の中心、神殿前に着地して。
「ようよう、やっと帰ってきたやな。入れ違いだったみたいで待ちぼうけ食らったで」
軽薄な調子の声が私たちを出迎えた。
「ハヤト君……? でも、どうしてここに……」
最初はソウタ君とチトセと一緒にパーティーを組んでいて武闘大会に出るべく向かった町で出会ったけど、何だかんだあって大会の後は私たちを裏切り駐留派に合流したクラスメイトの名前だ。
そう、駐留派であるから本来は敵であるはずなのだ。
「ちょっとネビュラからアンタたちに話を付けて欲しいってことで、あんたらと面識のあるクラスメイトの中から暇している俺が選ばれてな」
「……。だとしてもあんた、よくアタイの前に顔を出せたねえ?」
「ははっ、やっぱり渡世の宝玉を盗んだことを怒っているんやな? まあまあ、そんな昔のことは水に流そって。俺はネビュラから大使やぞ、ちゃんと丁重に扱わなければ問題に……」
「問答無用!!」
「いたっ……!?」
チトセがハヤト君に駆け寄り頭にゲンコツを落とす。
「まあまあ、チトセ。気持ちは分かりますが、そこらへんにして……」
リオがその対応に走るのを横目に私は率直な感想を呟いた。
「敵なのか、味方なのか……分からない人がたくさん集まったなあ……」
帰還派の私たち、駐留派からの大使、復活派の二人、支配派から抜け出したリオ。
ここに全勢力の人間が揃った。
そしてそれぞれが話を用意している。
力押しで解決する問題ではないからこそ、情報は大事だ。
何としてでもサトル君の元に辿り着くために。




