138話 離別
「サトル君……どういうつもりなの?」
ユウカこと私にはサトル君の真意が掴めなかった。
サトル君は今まで魅了スキルを使うことに消極的だった。
そのためかこれまでの長い旅路に反して、虜になっているのはリオ、オンカラ商会の秘書ヘレスさん、独裁都市の姫ホミ、王国のスパイで近衛兵長のナキナの四人だけしかいない。
それも私たちの使命である宝玉を手に入れるために止むを得ずということがほとんどだし、その場合でもなるべく多くの人にかけないようにした結果が4人という少なさなのである。
なのに今の魅了スキルによって地上の戦術科の女子生徒数十人が一度に虜となった。今までのサトル君とは全く違う行動。
「これは……」
敵対する伝説の傭兵ガランも驚きの表情だ。
意図を問われたサトル君はというと。
「ユウカ、ガランの相手を頼めるか? 俺は下のやつらを使ってリオの状況を確かめてくる。何人か支援に残すつもりだからカイの横槍も含めて対処してくれ」
そんな戦闘指示を飛ばしてきた。
「今はそんな――っ」
反射的に怒鳴り返そうとして私は押し留めた。
先ほどまで驚いた様子だったガランさんが攻撃態勢に入っている。
今は戦闘中だ、下らない話よりも目先の脅威に対処しないといけない。
……と、頭では分かっているのに。
「どうして魅了スキルを発動したの!? どうしてあんなにたくさん虜にして巻き込んだの!?」
気づけば私はサトル君に対して叫んでいた。
その質問自体の答えは分かっている。虜にした生徒たちの力を使って戦況を一転させるためだと。あのままでは私たちは負けていただろうから。
私が本当に聞きたいことはサトル君の変化の理由だった。先ほどまでと一変したサトル君の様子に私はとても距離を感じていた。それだけではなく、このままではサトル君がどこか遠くに行ってしまうような予感さえも。
しかし、そんな心配も今のサトル君には届かないようだった。
「ユウカ……戦えないのか?」
「……え?」
「なら仕方ない……下の生徒たち全員をガランに当てて時間稼ぎしている間に、新たに虜に出来るやつを探して戦力を補充する。ユウカはどこか狙われないように身を隠して――」
「……大丈夫。戦えるから」
さらに他人を巻き込もうとするサトル君に私はそう言うしかなかった。
どういう訳かは分からないけど、今のサトル君にはこの窮地を乗り切ることしか頭にない。それ以外は全てノイズでしかない、ゴチャゴチャ言い出した私を戦えない状態だと判断するくらいには。
「そうか。なら頼んだ」
サトル君は言って、私の背中から飛び降りた。未だ竜の翼によって空中にいるのにそれは自殺行為だ。
いつもなら慌てる私なのに……なんかもう全てが麻痺していた。
飛び降りたサトル君はというと、下の生徒に命令して風の魔法を使わせ、難なく着地し無事なようだ。
「………………」
風魔法による着地の補助……どうして生徒の中にそんなことを出来る人がいるとサトル君は知っていたのか?
不可視でサトル君の行動を追っていた私には、放課後になってサトル君が図書室でぼーっと戦術科の生徒たちの模擬戦を見ていたことを知っている。
そのときのことを覚えていたのか……だとしても手際が良すぎる。もしかしたら最初からこういう事態になった場合を想定していたのだろうか? こうして魅了スキルによって他人を巻き込む選択肢も常に考えていたのだろうか?
「…………」
分からない。
でも、私がやるべきことは分かっている。
「『竜の息吹』」
ガランがエネルギー弾を放つ。その標的には地上のサトル君や命令されて敵意を向ける生徒たちも含まれている。操られているからといって容赦するつもりは無いようだ。
私が任された役割は彼を抑え込むこと。それを遂行しないと。
サトル君は窮地をどうにかしようとすることに囚われている。逆に言えばこの状況を脱しさえすれば、話を聞いてくれるはずだから。
「『竜のはためき』!!」
エネルギー波を放ち攻撃を相殺する。
「うらぁぁぁぁっ!」
サトル君が降りて心とは裏腹に身体だけは軽くなった。さっきまでと段違いの速度で私は特攻する。
それから30分ほど経った。
エネルギー弾に衝撃波、ピンクの光や氷柱の雨が飛び交う。そんな熾烈を極めた戦いにも終止符が付いた。
サトル君が虜とした生徒たちは、練度こそ劣るものの数十人という数は圧倒的で、おかげで余裕の出来たリオが私と合流。魔導士のバフを受けた竜闘士が戦場を蹂躙した。
追い詰められた駐留派・復活派チームは。
「義理は果たした。頃合いだろう。失敗した場合の取り決めは無かったな、宝玉はそのままもらっていく」
「……そういうことだ。続けたいならそちらだけでやってくれ」
復活派の二人、魔族レイリとガランが先に離脱を宣言。二人はそもそも協力しているだけで、私たちと積極的に戦う理由がない。
「こんなはずでは……っ!」
「カイ、逃げようって! 流石にヤバいよ」
「ちっ……覚えていろよ」
駐留派の二人。悔しげなカイ君にエミが必死に逃げるように提案。その後影に溶け込むように消えていった。
こうして私たちに訪れた危機は何とか回避することに成功した。
「何とか無事にやり過ごせましたが……これは……」
「…………」
ホッと一息を吐いたものの、リオも私も安堵まではしていない。
「戦闘終了。傷ついた人員に回復魔法をかけてくれ」
回復魔法使いに指示するサトル君。
戦術科といっても未だ修学中の身。無理矢理高いレベルの戦場に連れ出され戦わされた生徒たちの消耗は大きかった。幸いと言うべきか命を落とした者はいないみだいだけど。
「私と離れて戦っている間でサトルさんに何があったんですか、ユウカ?」
「分かんない。突然独り言を言い始めたかと思ったら、あの生徒たちのところに向かうように指示して、そこで魅了スキルを使って……」
「……ふむ。ちょっと見てみましょう。『真実の眼』」
リオが看破の魔法を発動する。
「あ、そっか」
サトル君の様子が急におかしくなったのは何か内的要因があったのかとばかり考えていたけど、この異世界では外的要因もあり得る。
いつどこでかは疑問が残るけど、もし様子をおかしくするようなスキルを食らっていたとしたら、この事態も理解できるわけで――――。
「やっぱり……サトルさんには今スキルがかかっていて…………『囁き』? この固有スキルは……まさか……!?」
どうやらリオの予想通りだったみたいだけど……何を驚いているんだろう?
「ねえ、リオ。『囁き』って何?」
「それは――」
リオが口を開こうとして。
「手が足りんな。リオ、命令だ。こっちに来てこいつらの回復を手伝え」
そのときサトル君がリオに命令した。
「っ……分かりました」
普段の様子のせいで忘れそうになるが、リオはサトル君の虜となっている。魅了スキルの効果によりその命令は絶対だ。私の側から離れ、負傷者のところに向かっていく。
「………………」
今だって命令しなくても、言ってくれればリオも手伝っただろう。
感じが悪い。
でもどうやらそれは『囁き』ってスキルのせいでおかしくなっているだけ。
だったらどうにかして呼び戻して……。
「ねえ、サトル君」
「……何だ、ユウカ」
「えっと……ほら、何か今の自分に違和感とか覚えない?」
「…………」
「リオが言うには『囁き』ってスキルがサトル君にかかっているみたいなの。そのせいでいつもの自分と違うって思うでしょ?」
「別に」
「……認識まで改竄するスキルなのかな? とにかくどうにか解除してみせるから」
「その必要はない」
「サトル君……自分が言っていることちゃんと認識出来ている?」
「ああ。『囁き』ってスキルは初耳だが……そうかあいつのものか。そのおかげで頭がスッキリして……やるべきことが明確になった。
今の俺はいつも以上に俺だ。
まあ、ユウカが戸惑うことも想像が付くけどな」
自嘲気味に呟くサトル君にこれは本心なのだと直感で理解した。理由はない……いや、いらない。好きな人のことが分からないはずがない。
スキルによって操られているわけではない……あくまでスキルはきっかけで、これが本来のサトル君なんだ。
こんなときでなければ、好きな人の新たな一面を知って嬉しく思えたんだけど。
「うん、分かったよ。今のサトル君がサトル君だって。でもだったらどうして無関係な人たちをこんなに巻き込んだの?」
「巻き込んだらいけないのか?」
「少なくとも私が知るサトル君はそんなことをしない」
「じゃあ、知らなかっただけだな」
「勉強不足だったね、ごめん」
「俺は他人なんてどうでもいいんだ。ああ、そうでもなければボッチなんて出来るはずがない。俺は俺さえ良ければいい――」
「……」
「そのはずだったのに……ユウカ。俺はおまえが傷つくことに耐えられない。もう見たくないんだ。ユウカが危険な目に会う姿を」
「でも宝玉を集める以上それは仕方ないことでしょ?」
「これまではそうだった。ここからは違う。
俺が宝玉を集めるから。全て集めてみせるから。
だからユウカ……おまえはもう全部終わるまでどこか安全な場所でゆっくりしていてくれないか?」
「私の代わりにサトル君が危険な目に遭うってこと? その言葉に私が頷くと思う?」
「思わない。だからこうする」
サトル君の言葉と同時に、背後から何か掴みかかる感触があった。
見ると女子生徒たちが私の行動を封じるように両手両足にしがみついている。
「いつの間に……っ!?」
「戦いの最中にだ。新たに魅了スキルで虜にした普通の生徒たち。そいつらには死んでもユウカを離すなと既に命令してある。
竜闘士の力を使えば振りほどくのは簡単だろうが……そんな剛力使えば生徒たちも無事ではないだろう。ユウカはそんな酷いことをしないって俺は信じている」
「くっ……」
サトル君の言うとおりだ。私を拘束する戦術科ですらない生徒たち。吹けば飛ぶような力しかない者たちが、必死に私の行動を制限しようとしている。
無理矢理に引き剥がせば傷ついてしまうだろう。一人一人時間をかければどうにかなるかもしれないけど…………サトル君はその間に――。
「回復は終わったようだな」
サトル君は私に背を向けて、虜とした者たちの様子を確認する。
「サトルさん!! 一体どういうつもりですかっ!!」
「話を聞いていなかったのか、リオ? 全ての宝玉を集める。おまえは……そうだな、その力は役に立つ。俺に付いてこい」
「『森の鳥』――」
リオの判断は迅速だった。反射的に魔法を使って、サトル君を拘束しようとするが。
「俺に反抗的な行動を禁じる、命令だ」
「……っ!?」
サトル君はリオの自由を無慈悲に奪う。
相手が熟練の魔導士だろうと関係ない。これが本来の魅了スキルの力。
「命令だ、行くぞ」
サトル君は戦術科の生徒たち、そして親友のリオを連れて去ろうとする。
私は未だに力なき者にしがみつかれて追うことが出来ない。
声を上げることしかできない。
「ねえ、サトル君。私……こんなの嫌だよ。ずっと、ずっと隣にいたかったのに……どうして?」
「今までの俺にも、今からの俺にも……俺にはおまえの隣にいる資格がないんだ」
「資格って……」
「だから……すまんな。気持ちは嬉しいけど、さっきの告白は無かったことにしてくれ。俺なんかが答える立場にあるはずが無い」
「……」
「ユウカ、おまえの気持ちは……俺以外のもっと大事だと思える人のためにとっておけ。……大丈夫、ユウカならきっとすぐにそんな人に出会えるだろうから」
別れを切り出したサトル君の姿は遠く、私の声はもう届かない。
しばらくして私は自由を取り戻したが、そのときには学園の職員たちに取り囲まれていた。
事情を知らない者に善悪が分かるはずがない。
カイ君たちから仕掛けてきた戦いだが、第三者から見れば私だって学園に騒動を巻き起こしたものだ。
事情の説明、潔白の証明には時間がかかった。
それから空を飛び周辺を探したが、サトル君たちの姿を見つけることは叶わなかった。
途方に暮れた私は帰還派のみんなに事情を知らせる手紙を送った。
サトル君だけではない。私の隣にはリオもいなかった。
いつもならリオがこなす連絡も私がやらねばならず、かなり手間取ったことでいつも助けられていたことに今さら気づいた。
そうして空虚さを覚えながらも、徐々に状況が落ち着いてきたのは騒動から一週間後のこと。
ちょうどその日、大陸全土を震撼させるニュースが触れ回った。
先の大戦の覇者。
王国。
大陸一の武力を持ち、この大陸の盟主ともいえる。
その王国が陥落した。
この事件の首謀者――サトル君は体制の崩れた王国を乗っ取り、新たに自身が王になると宣言した。
王国に君臨した新たな王。
サトル君は強大な王国を崩壊させた畏怖の念により、いつしか民からこう呼ばれるようになる。
魔王と。
6章学術都市編完結です。
6章は当初の予定では魔族レイリが変身で忍び込んだ中、誰が宝玉を盗んだのかというミステリー的な展開にする予定だったのですが、思ったよりサトルとユウカの関係の亀裂が深かったのとミステリー展開が面白くならなさそうだったことから急遽変更してバッサリカット。リオにダイジェストで語らせました。
どうにか二人の関係が復活して告白した矢先に、やつらが急襲してきて……急転直下な展開になりましたね。
さて、物語の続きは最終章・王国編へと移っていきます。最終章です。
風呂敷を畳みつつ、魔王となったサトルと一人になったユウカの行く末を描いていくつもりなのでよければ見てやってください。
最終章ですがたぶん今までより長くなるのでまだすぐには終わりません。
最終章の構想も既に出来ているので、そんなに間を開けずに投下できるよ思います。
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