127話 潜入
遅くなりました。
書き溜め尽きたので、今後不定期更新になります。ご了承下さい。
放課後。
「どうしてあなたがここにいるんですか!? 説明してください!!」
俺とリオは食堂で伝説の傭兵ガランを見つけたことを昼休みの内にユウカに伝えた。放課後になってから三人でガランの姿を探し、そしてこの職員室で見つけるや否やユウカが突っかけた次第である。
俺の気持ちが定まっていない中、ユウカと一緒に行動をするのは避けたいところだったのだが、復活派の出現は宝玉の、俺たちの使命の問題だ。駄々をこねている場合ではないくらいの分別は付いている。
「君の名前は……確かユウカ君だったか。職員室では静かにと習わなかったか?」
ユウカの剣幕も何のその、ガランはたしなめてみせる。
「そんな教師みたいなこと言わないでください!」
「いや、今の私はこの学園の講師だ。臨時ではあるがな」
胸元に付いているプレートを見せると……確かに臨時講師と書かれてある。
「どういうつもりですか……まさかこの学園に何かするつもりで……!」
「そう激昂するな。この事態は私が意図したところではない。逆に学園の方から申し出た話だ」
「ふん、どうだか。本当は――!!」
ユウカはさらに声を張り上げようとするが。
「ユウカ、ちょっと落ち着け」
「そうです、声を抑えてください」
俺とリオがそれを止めにかかる。
「どうしてなの! だってこの人は……」
「いや、気持ちは分かるが……ここは職員室だぞ」
「さっきから周囲の視線が集まって……居心地が悪いです」
ユウカに周囲を見るように促す。
実際教師たちもちょうど訪れていた生徒たちも『何かあったのか』と興味の視線をこちらに向けている。
「あはは、すいません。何でもないんです、つい声を荒げてごめんなさい」
状況に気付いたユウカは両手を左右にあわあわと振りながらその場で頭を何回も下げる。一旦は視線の集中も落ち着くが、それでも周囲の人たちはこちらの様子を窺っている雰囲気が感じ取れた。
「……仕方ない。付いてこい、おまえたち」
助け船を出したのは、敵であるはずのガランであった。
誘導されるままに俺たちは場所を職員室から生徒指導室に移す。ここなら他の教師や生徒もいないので注目されることも無さそうだ。
「気になることは聞くがいい。答えられることなら答えよう。予定があるからそれまでの間に限るが」
「じゃあ、どうしてここにあなたがいるんですか!! 経緯を説明してください!!」
ガランの寛大な態度に、あれだけ恥ずかしい目にあったのにユウカは先ほどまでの剣幕を維持したまま同じ事を問いかける。精神が強い。
「別段に語ることはない。旅を続けていれば先立つものは必要だ。この学術都市に入る際何か仕事は無いか聞いたところ、この学園で臨時講師として講演などして欲しいという要請に従っただけだ」
伝説の傭兵の勇名はこの世界の人々のほとんどが知っているほどだ。そんな人の話を教育者として生徒たちに聞かせたいと思ったのだろう。学園の意図は分かるところだ。
問題は。
「何か裏の意図があるんじゃないですか?」
ユウカが聞いたとおり、ガラン自身の思惑だ。
「この都市に宝玉があることは当然把握している。私が宝玉を奪いに来たと……そう言いたいのだろう」
「その通りです」
「ならばこの際言っておこう。今回、私が直接渡世の宝玉を奪うことはないと」
「そんな言葉信じられません」
「考えれば分かることだ。私は伝説の傭兵として数多くの民に顔を知られている。そのようなものがコソコソと動ける訳がないし、もし宝玉を盗むというような悪行が直接露呈すれば瞬時に知れ渡り私は往来を歩くことが出来なくなるだろう。そのようなリスクを背負ってまですることではない。
武闘大会のような私が私であるままに宝玉を手に入れることが出来たのは例外中の例外だ」
ガランの言葉には一理あると思った。伝説の傭兵の名は伊達ではない。実際食堂に顔を出しただけであれだけ騒がれたではないか。
つまり目の前にいる男、ガランは宝玉を奪いに来たわけではなく――。
「復活派のもう一人、魔族のレイリが宝玉を奪うつもりだと……そう言いたいんだな」
「……ああ、その通りだ。既にレイリはその姿を変えて、この学術都市に潜入している」
俺の問いかけにガランはあっさりと白状した。
「魔族の姿のままなら角も生えてるし目立つだろうが、やつの固有スキルは『変身』……潜入するにはピッタリの能力か」
「私も誰に化けたのかは聞いていないから教えられない。もっとも知っていたとしても答えないだろうが」
『魔導士』のリオですら見抜くことが出来ない『変身』スキル。そんな厄介なやつが宝玉を狙っているなら警戒しないといけないが……。
「だったら研究室に言って警備の人を増やしてもらわないと! あそこには学術都市の宝玉だけじゃなくて、私たちが今までに集めた宝玉もあるし!」
「待て、ユウカ。それは逆効果だ」
「逆効果……?」
「ああ。レイリは誰にだって化けられる。宝玉の周囲に人を増やすことは、つまり化けられるターゲットを増やすのと同義だ」
だからこそガランもレイリが潜入していることを普通に明かしたのだろう。警戒するのも難儀な『変身』スキル。きっと俺の『魅了』スキルより宝玉を手に入れるのによっぽど役に立っているだろう。
「サトル君……」
「だが対策しないといけないのも確かでどうするか……って、どうしたユウカ?」
「え、あ、いや、今は関係ないことで」
「何だユウカらしくないな。気になることがあるなら言っていいぞ」
「でも絶対関係ないことだよ。……だって久しぶりにサトル君と普通に会話出来ているなあ、って思っただけだし……」
「そ、それは……ああもう、今は真面目な話をだな……」
「だ、だから関係ないって言ったじゃん!」
ユウカが顔を真っ赤にしている。場違いなことを考えていた自覚はあるのだろう。
「どうした少年、彼女と喧嘩中か?」
「……つかぬことを聞きますが、その『彼女』とは三人称代名詞のことですよね?」
「いや、恋人である女性のことだ。魅了スキルの少年と竜闘士の少女、二人は付き合っているのだろう?」
「付き合っていません!!」
「む、そうか。これは失礼な邪推をした」
俺は声を張り上げて否定する。
「……しかしそれほど想い合っているのに付き合っていないとは……最近の若者はよく分からん…………」
「た、確かにそうだけど……ムキになって否定しなくてもいいじゃん……」
ガランとユウカ、竜闘士二人がぶつぶつ何か言っているが俺の耳にまで届かない。
ガランまで変なことを言い出して、完全に場の雰囲気が緩くなってきた。宝玉を奪うつもりが無いとはいえ敵同士だ。馴れ合う必要もないと、そろそろその場を去ろうとして。
「一つ質問をいいですか?」
「……どうした、魔導士の少女よ」
リオが真剣な声でガランに問いかける。
「あなたの過去についてです。先の大戦が終わった後、王国はあなたに何をしたんですか?」
「知ったのか……王国の名が出てくるとはな」
「王国は不明な点が多い勢力です。教えてもらえるならありがたいのですが」
「我が主に不利益が被る話ではない。特に隠すことも無いが……残念ながら時間だ」
時計を見てガランがタイムアップを告げる。そういえばこの後予定があると言っていたか。
「言ったように私はしばらく臨時講師としてこの学園に勤めている。時間のあるときにまた訪ねるといい」
ガランはそのように言うと生徒指導室を去るのだった。




