125話 ユウカの思考
「本当の、本当に心当たりはないんですね?」
「もう、だから何回も言ってるでしょ。私だって訳が分からないのに」
学術都市女子寮の二人用の部屋にて。
ユウカこと私は、ここ数日何度も同じ質問をするリオに辟易していた。
「サトルさんも地雷が多いですから知らずに踏んでしまったとか」
「……それも無いと思う。リオの方こそ、サトル君に何かしたとか無いよね?」
「私も心当たりありませんよ」
リオは力なく首を振る。
話題はここ最近のサトル君の様子についてだ。
私と接する際に明らかにぎくしゃくしている状況。リオとはそんな様子は見られないのに。
独裁都市でサトル君を助けて以来いいムードだったというのに、急転直下の展開に私は失望よりも困惑の方が大きかった。サトル君の変調の理由が全く検討付かなかったからだ。
リオとは普通に会話出来ているのに、私とだけはぎくしゃくしてしまう理由。
「もしかして……」
「やっぱり何かミスしてたんですか?」
口を開いた瞬間失礼なことを言い放つリオ。
「どうしてリオは私が失敗した前提で話すの?」
「今までの経験からです」
「……とにかく、私分かったの! サトル君がおかしくなっている理由!」
もうこれしかないというほどドンピシャの理由に思い当たった私は興奮しながらリオに話すが。
「……何の手がかりも無い状況ですからね。ユウカの戯れ言に付き合ってもいいでしょう」
リオは塩対応だ。
まあでもこの名探偵ユウカの見事な推理を聞けば『素敵!』と態度を翻すだろう。
「それでユウカの考える理由とは何ですか?」
先を促す言葉に私は自信満々に答えた。
「独裁都市の時に颯爽と助けに来た私を見て、サトル君は私のことが大・大・大好きになっちゃったんだよ! だから私と話すときも意識しちゃってるんだって!!」
「…………」
リオは無言で頭を抱えている。
きっと私の考えの素晴らしさに感銘を受けたのだろう。
「好きな人の前で緊張するなんて、サトル君もお茶目なところがあるよね!」
「……どちらかというとサトルさんの様子は照れているというよりは、陰がある感じでしたが」
「それはあれだよ! 『陰のある男はカッコいい』ってことで私の気を引こうとしてるんだよ!」
「はあ……ひとまず謝ってください。サトルさんはあなたほど単純な人じゃないです」
リオは何だか不服そうだ。
……あ、そうか。私とサトル君がいい感じになると、三人で旅している以上リオが仲間外れみたいになってしまう。独りぼっちになるのが嫌なのだろう。
「大丈夫だよ、リオ。もしサトル君と付き合うことになっても、親友であることには変わりないから!」
「……一応ありがとうと言いましょうか。そしてよく分かりました」
「でしょ? サトル君の変調の理由は……」
「そうではなくて、ユウカ。あなたがすごい浮かれていることに」
リオがビシッと私を指さす。
「浮かれるってこんな感じ? 『竜の翼』」
「狭い部屋なのに翼を出さないでください! ああもう、そうやってノリが軽いのが浮かれている証拠ですよ!!」
「はーい」
リオに怒られて、私は翼を引っ込める。
「ユウカが浮かれるのも分かります。ようやくサトルさんと上手く行きそうだったんですから。今まで応援してきた私も本当なら手放しで賞賛したいところです」
「でしょ!」
「ですが。だからこそ一転して今の状況に陥ってしまったことに危機感を覚えているんです。よっぽどの理由があるはずですから、対処を誤ればサトルさんとの関係はご破算ですよ」
「だからその理由はサトル君が私のことを好きになったからじゃないの?」
私の再三の言葉にリオは考え込む。
「正直急な変調という点だけを見ると、状況からしてユウカの考えも有力なのが悩ましいところなんですよね……」
「ほら!」
「いえ、惑わされないでください、私。この単純野郎に引っ張られています。サトルさんの今の状況を見るに違うのは明らかです」
リオが自分の頭を握りこぶしで叩いて正気に戻るように努めている。私が人を堕落させる何かのように扱われていて酷い話だ。
「そんなに私の意見を否定するなら、リオの方こそ何か意見を言ってみせてよ」
「そうですね……ユウカの嘘がサトルさんにバレたとしたら今の状況も分かるんですが」
「嘘……っていうと、私が魅了スキルにかかっているという嘘?」
「はい。過去のトラウマから人に裏切られることを極端に恐れているサトルさんですから、ユウカが信頼できる人物だと思った矢先に騙されていることに気付いたらショックを受けるでしょう」
「それは……いつか打ち明けないといけないと思っているけど……」
「ええ分かっています。ですがユウカも不自然な点ばかり晒していますから、前回も魅了スキルの命令を無視して助けに行きましたし。サトルさんが自力で気付くのはあり得る可能性です」
「そうは言うけど、今まで何だかんだバレなかったのに、そんな急に露呈するかな?」
「……やっぱり延々と考えても埒が明きませんね。よし、分かりました。私が直接サトルさんに話をします」
決心したようにリオが立ち上がる。
「……でも、大丈夫かな。サトル君、私が昼ご飯一緒に食べようって誘っても、まだ学校に慣れなくてなって断るし、放課後一緒に遊ぼうとしてもちょっと復習したいって……明らかに避けられてるし」
「大丈夫なはずです。ユウカと違って私とは普通に話せていましたし」
「おおっ! じゃあ、任せるからね! もしサトル君が私のこと大好きで止まらないって言ってたらこっそりと教えてね」
「こっそりと教えるだけでいいんですか?」
「というと……?」
「私ならサトルさんからユウカに告白するように仕向けることも可能です」
「……リオ様っ!!!!」
私は現人神の顕現に拝み倒す。
「苦しゅうない、苦しゅうない。やっぱりユウカも女の子ですからね。告白は男の子からされたいでしょう」
「はい、その通りです!」
「何かユウカと話していると本当にサトルさんがユウカのことを好きで避けているのだと思い始めてきました。となればサクッと付き合わせて祝福することにしましょう!」
翌日。昼のこと。
「ちょうど良かった。俺もリオと話をしたいと思っていたんだ」
「話とは……?」
学園の食堂にて、待ち合わせをしたサトルとリオ。
「ユウカは本当のところ魅了スキルにかかってないんじゃないか?」
「…………」
現実はそう甘くないのだった。




