112話 結婚式7 回想
「良かったですね、ユウカ」
遠く戦場となった神殿前の広場で飛び上がった親友ユウカの姿。その脇にはどうやらサトルさんともう一人姫様も抱えている様子。
とりあえず間に合ったようでリオこと私は安堵します。
思えば長い道のりでした。
サトルさんの手紙により独裁都市を追い出された私たちが再び独裁都市に戻ることに決めたのが四日前。
私たちが独裁都市にいることを悟られてはいけないと人目を避けて進み出したのですが、思った以上に監視の目は厳しいものでした。
単純に詰め所から広域を監視しているところもあれば、農民の家にカモフラージュした監視所などあげればキリがありません。私たちのためだけにこれだけの準備を出来るとは思えないので、おそらく以前から敵に侵入を警戒しているのでしょう。
ユウカの『千里眼』や私の探知魔法、隠蔽魔法をフル活用して監視の目にこそ引っかかりませんでしたが、中心街に辿り着くのに二日かかりました。
こうして目的の第一段階はクリアしましたが、第二段階であるサトルさんとの接触のために情報収集をしなければなりません。中心街での活動拠点が欲しいところでしたが、私たちが滞在していた部屋にサトルさんの手紙が届いたことからしておそらく宿屋は全てマークされていると考えました。
そこで私たちが頼ったのは独裁都市に入って初めて入った飯屋の店員です。ユウカのファンであるというその女性の部屋に泊めさせて欲しいとお願いすると二つ返事で了承がもらえました。
そうして私たちは情報収集に……移るまでもなく、その店員さんから衝撃的情報を手に入れます。
『姫様とサトルさんが結婚ですか!?』
『サトル……って名前は知らないけど、ユウカさんと一緒にいた少年が、パレードの時に姫様に一目惚れしたことで結婚するって、今独裁都市中で話題になっていますよ』
『それは……』
私はその時点でサトルさんからの手紙の真意を二通り考えていました。
一つはサトルさんが敵の策略によって私たちを追い払うように手紙を書かされたというのと、もう一つはサトルさんが姫様と本気で一緒に生きることを選んだため私たちが邪魔になったというものです。
二つと言いながらも、サトルさんの性格からしてほぼ前者で決め打っていたのですが……結婚式と聞いて私の中で揺らぐものがありました。
まさか本当にサトルさんは姫様と……いえ、結婚式を開くことが敵の策略である可能性が…………いや、そんな馬鹿馬鹿しい可能性あるはずが……。
私はフラットに考えられているでしょうか。ユウカの恋が破れて欲しくないと無意識に考えが寄っていたのだとしたら私もまだ未熟で……。
『何迷っているの、リオ』
『……え?』
『ここでごちゃごちゃ悩んでもしょうがないでしょ。全部サトル君の口から説明してもらうまで、私は納得するつもりはないよ』
『ユウカ……』
『結婚式は二日後だったっけ。わざわざどこにいるか場所を明かしてくれるのはありがたいね』
『……ですね。ではその日に会いに行きましょうか』
『場合によってはその場からサトル君を連れ去ることになるかも』
『完全に男女の役割が逆じゃないですか、もう』
ユウカの頼もしさのおかげで私も腹をくくりました。
そして結婚式当日。
中心街の警備はかつてないほどに厳しいものとなっていました。私たちの姿が見つからない方がいいのは相変わらずのため、監視の目を縫って結婚式会場である神殿前広場を目指します。
結婚式が始まるころになって何とか広場前に私たちはたどり着きましたが、広場の周囲は穴無く監視の目がありました。
とはいえここまで来れば強行突破すればいいだけの話なのですが……そこで見張っていた人物の姿で私は入り組んだ事態となっていることを理解しました。
『あいつらに全部任せてサボろうと思ってたのに……マジで来たわけ? はぁ、めんど』
『エミさん……あなたが出張っているという事は、この結婚式にもまた駐留派が絡んでいるようですね』
クラスメイトの一人。ギャルのエミは私たちの姿を見て迷惑そうに声をあげます。
『うわっ、本当に来たよ。ハヤトのアドバイスも当たるもんやね』
『リリ。あなたもそちら側なの?』
『そやでー。いやあ本当は感動の再会って事で、久しぶりにユウカの胸に飛び込みたいところだけどね』
『久しぶりも何も一度も許したこと無いでしょ』
その隣にいるのはこれまたクラスメイトの一人、リリ。スキンシップが激しい彼女にユウカは少し警戒しています。
『それで何の用? 出来ればあんたたち帰ってくれない? 今なら見逃すからさ』
『見逃すって追いかけるのが面倒なだけでしょう』
『残念だけど退くつもりは無いから。サトル君ともう一度会うためにもここは押し通らせてもらうよ』
エミの勧告にもユウカは意志を曲げるつもりはありません。
『そんなにもサトルのことを思っていて健気やね。って、虜やから当然か。これが魅了スキルの効果なら……ますます欲しゅうなってきたわ』
『……? 何言ってんの? サトルを殺してこいつらを魅了スキルの支配から解き放つのがカイの目的でしょ』
『えっ、あ、ああ、そうに決まってるで!!』
リリとエミの会話から駐留派の内部事情が一部透けて取れました。
カイさんはサトルさんの魅了スキルに執着しています。そのおこぼれに預かろうとする人たちと、カイさんに騙されたまま協力している人たちがいる……というところでしょうか。
そのとき結婚式が行われている広場の方から悲鳴が聞こえてきて、中から逃げるように観客が出て来ました。
『中で始まったみたいね』
『この悲鳴……あなたたち中で一体何を……!?』
『まっ、ウチらもネビュラに在籍している以上、仕事はしないといけないってことで。邪魔するなら排除せんとってことや、悲しいことにな』
『中にいるサトル君も危ない状況と見て良さそうね』
私と隣のユウカは戦闘態勢に入ります。
対峙するエミとリリもクラスメイトであり、召喚の際に力を授かったことから異世界の基準において達人レベルの力を持っているでしょう。しかし、魔導士の私と竜闘士のユウカの敵ではありません。
まあそれは2対2ならの話ですが。
『話には聞いていたが、こんな少女が竜闘士だってのか?』
『デブ……タケシさんが言ってただろ』
『ああ、油断するな』
エミとリリの後ろに控える十数人の柄の悪い男。
おそらくネビュラの一般構成員でしょう。彼らも加勢するとなると……少々手間がかかりそうですね。
『まあ、それでもやるしかありません。『吹雪の一撃』!!』
『そうだね。『竜の闘気』!!』
私は敵のいる一帯に氷塊の雨を降らせ、ユウカが広範囲に衝撃波を放ちます。
『ああもう、デタラメ過ぎるでしょ! 『雷速駆動』!!』
『はいはーい。防げなかった分は自分で守ってよー。『赤の大花弁』!!』
エミは高速移動を開始して、リリの魔法によって生み出された大きな花びらが私たちの攻撃が構成員に届くのを防ぎます。
こうして元クラスメイトとの戦いが始まり――。
そして現在。
「くそっ……」
口汚い言葉と共に沈む粗野な男。これで構成員は全員倒しました。
「残るはあなたたちだけですね」
「だっる……」
「はあもう、これじゃゾクゾク出来ひん!!」
エミとリリは肩で息をしながら私を睨みつけます。
この場にユウカの姿はありませんでした。
戦いは人数こそ劣るものの地力で勝る私たち優勢で推移して、構成員が一人また一人と沈んでいきました。
しかし私たちの目的は彼らの圧倒ではなく、広場にたどり着きサトルさんを助けることです。
そのため。
『ここは私に任せて、ユウカだけでも先に行ってください!!』
『リオ……うん、ありがと!!』
と、一度は言ってみたかったセリフを受けてユウカは飛び立ち……どうやら遠目に見た姿からしてサトルさんを助けることに成功したようです。
ユウカを見つめる安堵の表情から一転、冷酷な表情で私は未だに立ちふさがる二人のクラスメイトに通告します。
「それで二人ともまだやるつもりですか? 通してくだされば手荒なことはしませんが」
「面倒でも……カイに頼まれた事よ! 投げ出すつもりは無いわ!!」
エミが意外なガッツを見せます。
「んじゃま、ウチも頑張らんといけんってことか」
リリもそれに呼応するようです。
「大体さっきまで暴虐無尽に暴れていたユウカはこの場を去った! あんただけなら勝てるはず!」
「そうや、そうや!!」
エミの言うことも理解は出来ます。
先ほどまでユウカと肩を並べて戦っている間、私はサポートに徹していました。そちらの方が効率がいいから選択した戦法ですが……そのためメインで戦っていたユウカが抜けて、私一人ならば御せるはずだと思ったのでしょう。
ですが――。
「私も甘く見られたものですね」
思えば私はこの異世界に来てからずっと本気で戦ったことがありませんでした。
ドラゴン討伐のときはユウカのサポート、ネビュラ支部を制圧したときは敵が弱すぎて、武闘大会ではサトルさんのお守り。
これから先、宝玉を巡って熾烈な争いに巻き込まれるでしょう。ならば……。
「あなたたちを練習台とさせてもらいます」
「舐めくさって……あんたには魅力的じゃないって侮辱された借りもあるし、まとめて返させてもらうわよ!」
火のついたエミとリリ相手に始まる第二ラウンド。
こっちは任せてください。その代わり、ユウカ。あなたもしっかりやるんですよ。
遠く親友が上手くやってることを願いながら、私も応戦を始めました。




