108話 結婚式3 開幕
「それでは新郎新婦の登場です!」
神殿正面玄関の大扉が開けられて、俺とホミは結婚式会場である広場に出る。
結婚式の開幕だった。
「「「姫様ー!!」」」
広場には多くの人が集まっているようで、登場した瞬間から大盛り上がりで出迎えられる。
「大人気だな、ホミ」
俺は隣を歩くホミに視線だけ向ける。
「サトルさんも少しくらい目立って、私への注目を減らしてください!」
「それは無理な注文だな」
自慢じゃないが目立つなんて無縁な人生を送ってきた自負がある。
神殿から広場中央の鐘のある位置まで赤い絨毯が敷かれて区切られた通路が出来ており、新郎と新婦はそこを歩くように言われている。
通路の脇には等間隔で近衛兵が周囲の観客に対して警戒をしながら立っていた。
それもそのはず。祝福ムードが目立つ会場だが、どうにもこちらに悪感情を向けている観客がちらほらと見かけられる。
現在姫様は策略によって、バカなことで税金を巻き上げている愚かな権力者という評価が付いている。
それでも祝福の場だから関係ないよねと思う人もいれば、俺たちを苦しめている癖に自分一人だけ幸せになろうとしているのかと怒る人もいて当然だ。
だが、まあ彼らは直接的には関係ないだろう。
不満を持っても結局は市民だ。俺たちを害しようと直接的な行動に移すような人がいるとは思えないし、ネジが外れたやつがいたとしても近衛兵が排除してくれるだろう。
表向き権力者であるホミから近衛兵の警備を排除することはオルトとナキナでも出来ない。
だから俺たちを殺すためにその近衛兵をも上回る大戦力をぶつけてくるだろうことは想定できるが…………流石にどこにいるのかは分からないな。まあ見つけたところで何か出来る訳じゃないし、まだ会場の外にいる可能性もあるか。
広場の中央にたどり着く。そこにはオルトがいるはずだったが…………。
「あれ?」
「どうしたんでしょうか?」
俺とホミは小声でやりとりする。
というのも目の前にいるのがオルトじゃなかったからだ。
やつは司祭として女神教における結婚式を取り仕切ることが出来るそうだ。
大巫女、この都市のトップの結婚式であるからこそ神父の中で一番偉いオルトに今回役目が回るのはある意味当然で、そう話に聞いていたのだが……。
「オルト様とは連絡が付かないため急遽私が代理に入った」
俺たちの動揺が見て取れたのか、代理の神父が小声で伝える。
「…………」
どういうことだ……?
俺たちへの襲撃に巻き込まれることを恐れて役目を降りたのか……いや、そんなこと計画段階から分かっていることだ。そのつもりなら最初から役目に就かなければいい、断る理由なんて忙しいからとかでも通るだろう。
無駄に混乱させて結婚式の進行に問題が起きて困るのはやつらも一緒だ。
だとしたら……この事態は偶発的なものか?
思えばナキナも先ほどからずっと姿を見せていない。二人が結婚式とは直接関係ない何かをしていて、そこで何かあったからオルトが来れなくなった……としたら。
「それではこれより婚礼の儀を執り行う!」
「………………」
だとしても……関係ないか。
そうだ、オルトとナキナが何をしていようと、今の俺に出来るのはこの流れに乗ることしかないんだ。だったら考えるだけ無駄だ。
その後、女神教における婚礼の儀が進んでいく。事前にホミによって指導された通りの作法で俺は進めていく。
そして儀はクライマックスを迎える。
「新郎新婦、永遠の関係を願って、共に鐘を鳴らしてください」
広場中央に備え付けられた鐘。
そこから伸びる紐を俺とホミは一緒に握り。
カーン、コーン。
澄み渡った鐘の音が広場に響き渡る。
どうやら上手くホミとタイミングを合わせることが出来たようだ。
「それでは新郎新婦、誓いのキスを」
言われて俺はホミと向かい合う。
会場も空気を読んでしーんと静かになる。
これがあることは分かっていた。
練習でも実際にはしていない、ぶっつけ本番。
だが、本当にするのか?
これは強制された結婚式だ。
俺は参加させられただけで……本気でホミと結婚することを決めて臨んだ訳じゃない。
いや、ここまで婚礼の儀を進めておいて今さら何だとは思うが……この先に進めば戻れないだろうことは俺でも分かる。
俺は……本当にホミと永遠の関係を誓うのか?
「サトルさん……愛しています」
ワガママな姫の仮面を捨てて、俺だけに聞こえるように愛を囁くホミ。
迷っている俺に対して、ホミの目には覚悟が灯っている。
俺はその言葉にどう答えていいか分からず。
「その結婚、ちょっと待ったーー!!」
瞬間、静寂な会場に声が響き渡った。
反射的にその声の方を向く。もしかしたらという期待も込めて。
しかし、そこにいたのは。
「俺たちから税を巻き上げておいて、自分だけ幸せになろうってのは虫が良すぎるんじゃねえか!? ああんっ!?」
会場に乱入してきた武器を持った粗野な男たちだ。
その中に俺と同年代の少年の姿を見つける。確信は無いが見覚えのある顔で、クラスメイトのはずだ。
だとしたら……ネビュラに所属した駐留派か!?
だとしたらやつらはこの都市の民ではないはずだが、口上からして姫に不満を持った者による犯行と見せかけるつもりなのだろう。そちらの方が自然だから。
「許せねえ……許せねえよ! 滅茶苦茶にしてやる!」
不満が爆発したという演技で、ついに計画が始動する。
「な、何だ!?」
「あいつらヤバくない!?」
「に、逃げろっ!!」
武装した男たちは最初に声を上げた集団で全てではなく、様々な箇所から別々に会場入りしたようだ。
その姿を見てパニックになる会場の観客たち。
祝福の場から一転、阿鼻叫喚の地獄絵図と陥るのだった。




