103話 ネビュラの事情
昨日は投下できず申し訳ありませんでした。
また今日から通常運行です。
俺の名前はタケシ。仲間からはデブと呼ばれている。
ある日突然異世界に召喚されて、女神とやらに渡世の宝玉を集めるように告げられた。
その後紆余曲折あって、一緒に召喚されたクラスメイトたちとパーティーを組んでこの異世界を旅することになった。
このパーティー決めが重要だということは馬鹿にでも分かるだろう。
女と組むことが出来れば旅路は華やかなものになる。もし野郎だけで組んでしまえばそれは地獄だ。
だから俺は必死にクラスメイトの女子にアタックした。
しかし結果は全敗。
俺は余った男子三人、残り物を集めたパーティーを組むことになった。
不満だった。
宝玉を集めるために八つのパーティーに分かれてそれぞれ進んだのだが、そんなこと誰がやる気になるというのか。パーティーに女子でもいれば、良いところを見せようと頑張っただろう。
折角異世界に来たというのに何だこのモブみたいな扱いは。クラス召喚のテンプレとしてクラスメイトハーレムが出来るものじゃないのか。いつも俺を馬鹿にしていたやつらを力で見返す展開じゃないのか。
パーティーメンバーである他の二人も同じ思いだったようで、文句を言い合うばかりの日々だったところに――やつは現れた。
『久しぶりだね、三人とも』
カイ。イケメンなだけで人生の勝者だというのに、勉強もスポーツも出来て、この異世界で授かった力も他とは一線を画す力があって、天は二物も三物も与えるものだと妬んだものだ。
彼女であるギャルのエミさんを連れて、先に旅立ったと聞いていたので会ったときは驚いたものだ。
やつは語った。サトルとかいう冴えないクラスメイトが持つ魅了スキルで、ユウカさんとリオさんが支配されていることに憤りを感じていると。二人の解放のために俺たちに力を貸して欲しいとも。
悩んだ。
確かに魅了スキルとかいう男の夢みたいなスキルを持ったサトルは気に食わなかった。だが、それは目の前のカイも同様だった。イケメンというだけで女があちらから寄ってくる存在。そんなやつに力を貸すのも癪だったのだ。
他の二人も同じ気持ちだったようで、返事を渋っていると、カイはエミさんに席を外すように言ってから俺たちに向き直った。
そのときの顔は覚えている。爽やかな雰囲気から一変、まるで別人のように肉食獣が牙を剥いたような獰猛さが現れていたからだ。
『君たちには僕の本当の狙いを教えてもいいだろう』
『本当の狙い?』
『ああ。エミがいる手前、行儀のいいことを言ったが、僕はサトルを魅了スキルを持つ彼を支配して、女に好き勝手命令させる道具にしようと思っている』
『っ……!?』
『三人とも顔つきが変わったな、その意味は分かっているか。そうなれば好きなだけ女を支配することが出来る。当然僕だけでは余るだろう。
だから僕に協力すればそのおこぼれに預からせてやる。ユウカは、僕が今まで出会った最高の女は譲れないが、他のやつならいくらでもくれてやる』
『…………』
『返事は……聞くまでも無さそうだな。これより君たちは同志だ』
そうして俺たちは使命を捨て、カイに協力することに決めた。
「それから巡り巡って今はこんなことしてるんだからなあ……」
独裁都市、中心街内の廃墟の一つ。
そこが俺たちネビュラ構成員の仮設支部だった。
カイのやつはどのようにしたのかは不明だがネビュラの幹部となっていた。
そのため仲間となった俺たちもネビュラの一員となった。
ネビュラは大陸一犯罪者集団だけあって組織力、情報収集能力は凄まじかった。力こそあるものの異世界に来たばかりの俺たちが同じ事をしようとしたら膨大な時間がかかっただろう。
そのバックアップを受ける代わりに、俺たちはネビュラの仕事を手伝うというギブアンドテイクの一環でこんなところにいるのだ。
現在この支部にはクラスメイトが俺を含めて四人とネビュラの一般構成員である異世界人が数十ほどいる。元々パーティーメンバーだった二人とは別行動で、この支部にいるクラスメイトの中で男は俺一人だけだ。
それだけ聞くと女に囲まれてうらやましいと思われるかもしれないが、その三人というのが癖の強いやつらばかりだった。
「ちょっと邪魔。退け、デブ」
その一人、仮設支部長であるエミさんがぼんやりと立っていた俺に冷たく言い放った。
別に俺は隅に立って道を塞いでいるわけではないので、あっちが避ければいいだけの話なのだが、その手間すら面倒なのだろう。
「す、すいません」
理不尽な言動に俺は一も二もなく従った。逆らって癇癪を起こされては面倒だからだ。
カイもよくこんなやつを彼女にしているよな……いや、見てくれだけはいいからか。高飛車だからこそ屈服する姿は絵になるだろう。犯されてひいひい鳴く妄想で何回か抜いたことはある。
異世界に来て俺も『鍛冶師』の職スキルを手に入れ常人以上の力を手に入れたのだが、エミの力はそれ以上だ。力づくはやり返されるので妄想だけに留めている。
「本当に惨めね」
その様子を見ていたネネカさん、メガネをかけたクラスメイトの女子が話しかけてくる。
「あ……ネネカさん」
「でも本当に惨めなのはあっちよね。カイ様のためって……馬鹿じゃないの? カイ様の本当の気持ちは私に向いているのに」
俺のことなんてどうでも良かったのだろう。エミさんを蔑む言葉を口にしながらその場を去った。
カイは俺たちクラスメイトを勧誘する形で仲間にしてきたようだが、その方法には二種類ある。
一つは俺のように魅了スキルを手に入れた際のおこぼれに預からせてやるという交渉。男子は基本的にこっちだ。
もう一つは女子に対して、自分がモテることを理解しているカイが甘言を弄して巧みに誘ったパターンだ。ネネカさんとエミさんもこっちに入るのだろう。
そのため駐留派の女子のほとんどはカイにぞっこんであり、それぞれが一番愛されているのは自分だと勘違いしてギスギスしている。本人はおそらく扱いやすい駒たちだとしか思っていないだろうが。
「アンタも大変ねー」
この支部にいる最後のクラスメイトの女子、リリさんが話しかけてきた。
「見ていたのか」
「まあね。にしても二人ともあんな腹黒イケメンのどこがいいのか……あ、イケメンのところか」
セルフツッコミでカイを揶揄するリリさん。
彼女は例外的存在であった。女子でありながらカイにたぶらかされて仲間になったのではなく、魅了スキルのおこぼれに預かろうとしているのだから。
だが、彼女の嗜好を知って納得した。
「にしてもエミは良いねー、あの高飛車な態度を屈服させて顔がグチャグチャになるまで犯してみたいと思わん? カイが捨てるなら私がもらいたいわー」
「……どうして女のおまえに心底から同意出来るんだろうな」
「はっはー、何を今さら。ウチらは同志やん」
彼女はレズだった。
男よりも女の方が好きなため、女を好きに出来るカイの野望に賛同しているというわけだ。
「だがエミは駄目だろ。サトルは一度、魅了スキルをクラスメイト全員にかけてリオとユウカにしか成功させていない。それ以外は魅力的ではないという判定だから命令できないってことだ」
「そんなん分かってるって。でも、カイに捨てられて傷心のエミなら魅了スキルなんて無くても楽勝よ。慰めながら男なんて信用できないわよねーって誘導すればコロッとね。男のあんたには出来ない方法よ」
「ぐぬぬ……」
「女だから突然抱きしめたりスキンシップしてもちょっと怒られるくらいで済むし着替えも見放題。どやっ、うらやましいだろー」
このおっさん思考の持ち主が何故女なのか。……くそっ、俺だって『性別変化』なんてスキルをこの異世界で授かっていれば……いやだが男という立場だからこそ意味があるわけで……。
「まあおふざけはここまでにして……ハヤトから伝言よ」
「何て言ったんだ?」
一転、真面目な雰囲気になるリリさん。俺も馬鹿な考えを頭から追い出す。
ハヤト。最近になってネビュラに合流した軽薄という言葉が似合う男だ。カイの親友ということや、職『盗賊』による盗みスキルの練度の高さから、ネビュラ内でも重宝されていて破竹の勢いで出世している。
「難しいことは現場判断に任せるから頑張れ、とさ」
「何の指示にもなってねえ……!」
現在状況は複雑化している。
というのも俺たちの野望のために必要なサトルが、ネビュラに仕事を依頼した独裁都市中枢に捕まっているからだ。
しかもどういうわけか竜闘士のユウカさんと魔導士のリオさんという最強の護衛が独裁都市内にいないということで千載一遇のチャンスでもある。
その身柄を譲って欲しいくらいなのだが、サトルは次の計画である結婚式における重要人物となっているため聞いてくれないだろう。
力ずくで奪おうにも、ナキナという近衛兵長の力はカイと同等で敵わないため不可能。
結婚式では姫の殺害はマストだがサトルは生死を問わないとある。しかし、大規模の戦闘に巻き込まれて何の力も持たないやつが死んでしまう可能性も考えられる。
交渉してどうにかサトルの身柄を譲ってもらうか、ナキナをどうにかしてこの段階で強奪するべきなのか、結婚式でどうにか確保するべきなのか……上に判断を仰いだ結果が、先の返答というわけだ。
「本当はハヤトじゃなくてカイに判断を仰ぎたかったけど、どうにも別の任務で忙しいってさ。結婚式には間に合わなさそうやね」
「そうか……」
カイさえいればナキナを正面から突破できる。強奪も楽にこなせたはずだ。
野望達成のために入ったネビュラなのに、その任務のせいで大チャンスを逃すとは……まあツキがなかったと思うしかない。
「じゃあどうする。二人で強奪するのも難しいだろ」
魅了スキルを支配する計画は、情報漏洩を避けるためクラスメイトの同志にしか教えられていない。ネビュラ本体は知らない計画のため構成員に協力させることが出来ない。
「ウチもあんたも異世界の一般人基準からしたら十分強いけど、クラスメイトの中じゃ下から数えた方が早いしねー」
リリんの言うことは癪だがその通りだった。
「仕方ない。大枠は計画通りに動くしかないだろ。結婚式でサトルを確保する。生死を問わないらしいし、俺たちがもらっても構わないはずだ」
「そうやね…………って、あっ思い出した。ハヤトの伝言もう一つあって、ユウカとリオには気を付けろ、だって」
「二人に……?」
その二人については独裁都市が魅了スキルを逆利用して追い出したと聞いている。その後は警戒網に引っかかっていないらしく、独裁都市内にいるのはあり得ないはずだ。
「ハヤトは武闘大会のときにサトルたちと一時行動を一緒にしていたでしょ。そのときに思ったのが、三人の関係はどうも魅了スキルによって強制されたものだけではない……と勘ぐっているらしくてね」
サトルは二人に魅了スキルをかけている。あんな上物の女を支配しているんだ。もうその身体は楽しみ尽くしているだろう。俺ならそうする。
ご主人様と性奴隷だとしか考えられないのに、魅了スキル以外の関係とはどういうことだろうか。
「意味は分からないが……忠告なら受け取っておくか。これから結婚式までの三日、中心街内の警戒を強める。それと結婚式時も周辺警戒班にクラスメイトを入れて邪魔しに来たら即座に対応できるようにする。そんなところでいいだろ」
「うんうん、それがいいな! じゃあ支部長のエミに具申よろしくなー」
「はあ? 待て、まさか俺に押しつけるつもりで最初から……」
「ウチは忙しいねん。それじゃあな!」
勝手なことを言ってリリさんは離れていく。
「……クソが」
自分の思うがままにならないと不満に思うエミだ。俺が意見しただけで顔をしかめるだろう事は予想が付く。
そんな厄介事を俺に押しつけた。……結局のところ、あいつも俺のことを下に見ているんだ。
「死ね、死ね、死ね」
何もかもが気にくわない。俺を見下すやつ全員消えればいい。
元の世界でもそうだった。イケメン税にブサイク救済法にデブ保護法……俺の素晴らしい考えを世の中は受け入れなかった。
ノートに書いていたその案を、勝手に奪って教室中に聞こえるように読み出したあの馬鹿は末代まで呪うと決めている。
めげずに啓蒙しようと書いたネット掲示板でも総すかんだった。煽り、罵倒、嘲り……俺と同じような立場のやつが集まっているとこならと思ったが、どうやらまだやつらにこの考え方は早かったようだ。
そんなときに異世界に来たのに、そこでもこんな目にあっている。
何でも望みが叶うんじゃないのか? 何で俺はこの世界でもあんなやつらに媚びへつらわないといけないんだ。
みんな俺より馬鹿なくせに。
俺には何の落ち度もない。悪くない。
全部全部、世界が悪い。
「どうしたっすか」
声をかけられる。振り向くとそこにいたのはネビュラの一般構成員の一人だった。
一般構成員とはつまり異世界人であり、こんな犯罪者集団にいることから社会のはみ出し者である。アウトローな界隈の掟、力こそが全てな世界で生きてきた。
そのため一般以上の力を持っている俺を慕っている者がほとんどだ。
目の前の男なんか歳が30は過ぎているのに、半分ほどしかないガキである俺のことを敬ってくれている。
「あー……ちょっと支部長に作戦変更の意見をしないといけなくてな」
「そりゃ大変っすねー。支部長がキレてないところ見たこと無いっすよ」
「傍にカイがいない限りあいつはああだよ。だからブルーになっててな」
「何なら俺が代わりに言っておきましょうか?」
大変さを分かっていながら、この提案をしてくれる。何ともありがたいが……。
「説明に手間がかかりそうだからな。まあ俺が行くしかないんだよ」
「そうっすか……」
「代わりといっちゃ何だが、今度飲みに行こうぜ。作戦でも終わったらさ」
「おっ、いいっすね! あんたがする元の世界の話とやらは何とも面白いからな!」
「そこまで期待されるほどじゃないと思うが……」
あまりそういう文化が異世界にないのか親しみが無いだけなのか、ライトノベルとかの話をするだけでめっちゃ盛り上がってくれるんだよな。
「何人か誘っておいてもいいっすか?」
「ああ。俺の奢りだって事で集めといてくれ」
「奢り!? また太っ腹っすね!!」
「ははっ、それは見たとおりだ」
体脂肪の詰まった腹を自分で軽くたたいてみせる。
「違いないっすね」
「おいおい、そこは否定するところだぞ」
「っと、すいませんっす!」
「まあ気にしてないが……そういうことだ。じゃあ俺は行くぞ」
「頑張ってくださいっす! 俺は応援してるっす!」
見送られながら、俺は支部長エミの姿を探しに行く。
「………………」
俺だって……世界が優しく接してくれれば、優しく返すくらいのことは出来るんだ。
だから優しくない世界が悪いんだ。
あっちが譲歩すれば、こっちだって譲歩するのに。
どうして俺ばかりが差し出さないといけない。
「いかんいかん……」
エミの姿を見つけたため、首を振って思考を切り替える。
全力で相手が求める言葉を差し出してようやく罵倒程度で済む相手だ。集中しなければ罵詈雑言の上、こちらの話を聞いてもらえないだろう。
気は進まないがやるしかない。
全ては計画を成功させるため、あいつらと旨い酒を飲むためだ。




