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春の春菜の二年坂  作者: とめきち
9/20

ー年の瀬ー壱ー

 年末を迎えた花見の小路は、華やかに彩られ、いよいよ押し迫った印象を受けます。


 菜乃菊姐さんのイケズも、(こた)えなくなったこのごろは、軽く受け流すこともできるようになりました。

 下足番の金蔵さんは、「毎度のことやさかい、気にせんときや。」と言います。

 まあ、そんなもんやろね。

 とにかく、祇園小唄とほかに三つは舞もマスターして、人前で舞っても恥ずかしくないくらいにはなりました。

 ある日、ウチが玄関周りの掃き掃除をしていると、金蔵さんも居てはらへんし、浄美さんも居てはらへんのに、お客さんがありました。

 しょうがないので、ウチが対応に出ることにしました。

「おいでやす、旦那はん。あいにく、お母さんは外出してますのやけど。」

「ああ、それは残念だな。どのくらい時間がかかるかな?」

「へえ、御茶屋組合の会合どすさかい、あと小一時間はかかると思います。」


「そう?どうしようかな。」


 イントネーションは、関東の人らしいけど、お母さんの知り合いでしょうか。

 年の頃なら、三十五・六、ダークスーツに身を包み、コートはカシミヤです。

 髪をぴしりと分けて、苦み走った感じがすてきなおじさまです。

 鼻の下のゲーブル髭もすてき。(藤竜也タイプどすやろか?)

 背は百八十を少し下がるくらいで、筋肉質な印象を受けます。

「えっと、上がってお待ちにならはりますか?あんまり、おもてなしも、できしまへんけど。」

「そうだな、お茶でもいただけるかい?」

「へえ、お茶屋どすさかい、お茶しかおへんけどよろしおす?どうぞ、お上りやして。」

 ウチは、先に立って座敷に案内しました。

 お母さんのお客さんやったら、あんまり不調法もできしまへんので。

 お客さんに、座布団を勧めると、お茶を煎れに出ました。ちょっとイケズかもと思いましたが、抹茶をたてて出すことにしました。

 関東のお人やさかい、抹茶はどうかなと思いましたが、お客さんは喜んでくれたようです。


「これは、君がたてたの?」

「へえ、あんまり上手やおへんのやけど、お母さんのお客さんどすさかい、いま出来る一番上等なのんをお出ししました。」

「それが、茶の湯の心と言うものかもしれないね。」

 お客さんは、おいしそうにお茶を飲み干さはって、お代わりを所望しはりました。

 もう一度、お茶を点てて持って行くと、ウチのことを興味深そうに、のぞき込みました。

「君は、仕込みさん?」

「へえ、そうどす。この秋からお世話になってます。倉橋みどりと申します。旦那(ダン)はん、よろしゅうお頼の申します。」

「そう、僕は大瀧英一郎と言います。東京で小さな会社をしていましてね、今日は商談で来たんですよ。それで、昔お世話になった、女将さんにご挨拶に来たんです。」

「そうどすか。それは、わざわざご丁寧に、おおきに。大瀧さんは、どんなお仕事をしてはるんどす?」

「僕ですか?まあ、金融関係を少しね。」

「はあ、銀行さんどすか?」


「まあ、そんなものかな。おっと、電話だ。ちょっと失礼。」

「へえ、どうぞ。」

 お客様が仕事の話になったときは、舞子はすぐに控えることと、千代菊さんお姐さんから教わっていましたので、すぐに黙って控えました。

 大瀧さんは、電話口で少し目つきが鋭くならはりました。

「ああ、それはだめですよ。ええ、条件の緩和は認められません。あなたも、何年住宅金融をしてらっしゃるんですか。いま、サハリンは天然ガスで、潤っていますが、この先何十年も保証されているわけではないでしょう。ましてや、前回の募集で何人集まりました?四十九?では、残りは危なくないですか?保証人三人の枠は、緩和してはいけません。回収ができなくなりますよ。…そうです。日本と同様に考えてはいけませんよ、そちらのメンタリティをもっと考慮に入れて、ええ、そうです。」

 なんや、難しいお話のようどす。

「だから、その条件で借り入れできない人には、貸さなければいいでしょう。損をするために、あなたに行ってもらっている訳ではありませんよ。そうです、もう一度その条件で進めてください。…そうです、わかりましたね。」

 ウチは、黙って電話が終わるのを待ちました。

「そうじゃない、不良債権を増やすなと、言っているのですが、わかりませんか?では、あなたは引き上げなさい。ええ、柳葉君に行ってもらいますから。…そうですか?では、そのように。」

 やっと、電話は終わりました。


「サハリンに派遣した社員からでした。国によって、メンタルな部分は違いますね。」

「大瀧さんは、外国にもたくさん出かけはるんどすか?」

「年に数回程度ですよ。」

「よろしおすなあ。ウチ、海外に出たこと、おまへんにゃわ。」

「そうですか?まあ、仕事で出かけるのは、あまり楽しいものではありませんよ。」

「そうどすやろか?景色も、日本とは違いますやろ?」

「そうですね、でも、うちは片田舎が多いですから、あまり華やかでもありませんしね。さみしいものです。」

「そんなもんどすか?」

「そうですよ。特に今は、サハリンと言って、ロシアの一番東が多いですから。」

「なんや、寒そうどすなあ。」

「今は、寒いでしょうね。北海道より北ですし。」

「ひゃ~、そら極サムどすなあ。」

「あはは、極さむかあ。そうですね、マイナスなん十度なんて、世界ですね。」

「うひゃ~、ウチ・凍ってしまいます~。」

 ウチは、ぐりぐりメガネを、持ち上げて聞きました。


「ほかには、どこに行かはるんどす?」


「そうですね、アフリカの北とか、インド・パキスタンなどにも行きますよ。」

「ほえ~インドどすか?お釈迦様の国どすなあ。」

「そうですね、今は電子部品やパソコン関係の会社が、たくさんありますよ。昔の、遅れた印象は、もうありませんね。」

「そうどすか?ビルとか、建ってはりますのん?」

「ええ、たくさんね。」

「ヨーロッパやアメリカには、行かはりませんのどすか?」

「そうですね、チェコやハンガリーには行きますよ。古い都市ですから、きれいですね。」

「うわ~モルダウどすか?」

「君は変わった娘だね。」

「そうどすか?」

「店だしは、いつごろになりそう?」

「へえ、あと一年くらいは、かかると思いますけど。」

「そうなの?言葉がちゃんとしているから、もうすぐかと思ったよ。」



「へえ、ウチはすぐそこで産まれましたよって、言葉の壁はあらしまへんのどす。」

「へえ、純粋な京都産?それは、かえって珍しい舞妓さんになるね。」

「そうどすやろか?もともとはこれが本当の、舞子ちゃんやと思いますけど。」

「そうだね。でも、最近は遠くから舞子になりたくて、やってくるのではない?」

「そらそうどすなぁ。近くの仕込みちゃんも、とれはったのは静岡どすさかい。」

「そうだろ?今は、どこもそうだもの。」

 そこへ、からりと音を立てて、格子戸が開きました。

「ただいまー。あらまあ、大瀧の若旦那(わかだん)はん。ようおこしやすぅ。まあ、みどりちゃんがおもてなししてはったん?琴江はんは?」

「へえ、いま用事で出てはります。ほなら、お母さんが帰ってきはりましたので、ウチは失礼します。」

 時刻を見ると、大瀧はんが来はってから、かれこれ一時間。ウチは、お抹茶の茶碗を引いて、座敷を出ました。

「ありがとう、みどりちゃん。楽しかったよ。」

「そうどすか?ウチも楽しおした。ほな、ごゆっくり。」

「ありがとう。これから京都に来る楽しみが増えたよ。」

 toウチは、にっこり笑って、襖を閉めました。


 大瀧の若旦那はん、また京都に来てくれはると、うれしいなあ。

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