ー激痛と異変ー壱ー
十一月のある日、異変はウチを襲いました。
皆が寝静まった午前二時、下腹部を襲う激しい痛みに目が覚めました。
「うう、なんやこれ?痛い…いたたたた!お・お母さん!お母さん!」
異変に一番に気がついてくれたのは、お隣の部屋の千代菊さんお姉さんでした。
「ど・どないしたん、みどりちゃん!」
「痛い!痛い!どないしょ!痛いわ、小夜ちゃん。」
あまりの痛みに余裕がない、思わずお姉さんを小夜ちゃんと呼んでしまうほど。
千代菊さんお姉さんは、おろおろとするばかりで、ウチのそばに座り込んでしまいました。
「ど・どないしょ、どないしょおおお。」
しかたありませんよね、中学出たばかりの女の子ですから。
そのうち、部屋の明かりがぱっと点きました。
騒ぎを聞きつけた、お母さんがやってきました。
「どないしたん?みどりちゃん、どこが痛いんや?」
「おかあさん、おなか痛い!」
ウチは、脂汗を流しながら、布団の中から答えました。
「おなか?なんぞ悪いもんでも食べたかいなあ?どれどれ?」
お母さんが布団をめくってみると、一面真っ赤な血だらけ。
「!」
お母さんは、鋭く目を光らせました。
「ひいい!」
千代菊さんお姉さんは、あまりの様子に悲鳴を上げました。
そのくらい、ウチの布団は血まみれで、あとで見て気分が悪くなるくらいでした。
「千代菊ちゃん、救急車呼んで!大急ぎやで!」
「へ・へえ!」
千代菊さんお姉さんは、あわてて、転げるように部屋を飛び出して行きました。
あ、階段踏み外した?
がたがたがた!
どっかんと音がします。
「なんやぁ?どないしはったん?」
やってきたのは、菜の香さんお姉さんでした。
「ひっ!みどりちゃん!どないしたん!」
「菜の香ちゃん、タオル絞って持ってきて、これは大事やさかい、救急車が来るまでに、できることはしておこ。菜の菊ちゃん、そこに隠れてへんと、着替え出して、こんな血だらけで外に出られへん。」
菜の菊さんお姉さんは、襖の影からこっそりと出てきて、ウチのタンスから、寝間着の浴衣を出してくれはりました。
「そうやな、それがええわ。ああ、菜の香ちゃん、タオルおおきに。」
菜の香さんお姉さんから、絞ったタオルを受け取ったお母さんは、ウチの下半身をぬぐって、着替えさせてくれはりました。
「こう言うときは、女ばっかの家というのも、悪うはないもんやね、男はんよりなんぼ役に立つやらわからへん。」
やがて、救急車がやってきて、ウチは初めて救急車言うもんに乗ったのでした。
車の中でも、ウチのおなかは錐で揉まれるみたいに痛んで、脂汗を流しながら我慢をしようと思うのですが、とてもできませんでした。
「う~う~」
「痛いか?もう少しの辛抱やで、すぐ、お医者に着くよってな。」
「へ、へえ、おかあさん…」
「ええんや、しゃべったらあかん。」
そう言って、お母さんはウチの背中をなぜてくれました。
「おかあさん…おかあさん…」
ウチは、涙を流しながら、口から漏れてくるのはお母さんという言葉だけでした。
実の母を呼んでいるのか、松本屋のお母さんを呼んでいるのか、自分でもわからなくなっていました。
「ああ…透吾ぼんやあ…」
すうっと目の前が暗くなって、ウチは気を失ったようです。
遙か前方から明るい光がやってきて、ウチを通り抜けていきました。
「なんや、明るいなあ。」
そう言いながら前を見ると、ウチの前には色とりどりの花々が咲き乱れて、ずっと先まで続いています。
花を踏まないように、気をつけながら歩いていくと、川幅が五メートルくらいの、小さな川が現れました。
「ああ、川やあ。」
ホンマにそんな感じ、なんの疑いも、疑問も感じず、あるがままを受け入れてしまう。
ウチが、その川に足を入れようとすると、その前方に母の姿が見えました。
「ああ、お母さん。」
その隣には、友美ちゃんの優しい姿も見えます。
「あ、友美ちゃんやあ。」
不思議なことに、二人がそこに居てることに、なんの疑問もありませんでした。
二人は、そこから手の甲をこちらに向けて、さかんに押し戻そうとしています。
「なんや、会いに行ったらあかんの?」
その声を聞いて、二人は頷きます。
「そうかあ、ほなまたねえ。」
二人に手を振って、もと来た道を戻りました。
二人は、満足そうに頷いていました。
…と、突然現れた、黒い穴に足が吸い込まれると、真っ逆さまに落ちてしまいました。