永遠の別れ2の②
「疋田君、君はそれを知ってどうする?」
但馬は笑みを浮かべながら尋ねた。
「報告します」
「何処に?」
「もちろん、国の組織、原子力委員会にです」
「その委員会が、君の報告を無視たらどうする」
「そんなことはあり得ません。こんな重要な事項を無視するなんて考えられません」
それを聞いた但馬は笑みを絶やすことなく答えた。
「世の中は君の思い通りには動かないのだよ。それを頭に叩き込んだ上で、よかろう、知りたければ教えてやる。ただし、この事はあくまでも内密に頼む。国家機密事項でトップシークレットだからね。疋田君、約束できるかね」
これ以上押し黙っていれば、疋田は新聞社や週刊誌にこの情報を明かすだろう。世間に知れればセンセーショナルな事件として取り上げられ、マスコミ連中が鵜の目鷹の目で詮索しだすのが目に見えている。
国内どころか海外からも事件解明に色々と圧力がかかるかもしれない。そうなれば我々の組織自体が明らかにされ、計画がとん挫する。
それだけは避けねばならない。
下手な嘘は疋田に通用しない。この際この男に事実を知らせようと但馬は判断した。
国家機密の四文字を聞かせれば少しは自分の行動に慎重さが増すだろう。
変わらなければ最後の手を使うまでだ。
疋田は俯き加減に何か考えている様子だった。
大きく深呼吸した後、疋田は頷き答えた。
「わかりました。約束します」
「よし、我々の秘密を教えよう。私に付いてきたまえ」
但馬は部屋の出入り口の真向かいにあるドアに向かった。そのドアにも厳重なロックが施してある。但馬はドアにあるアルファベットのボタンを押しコードネームをインプットした。ロックが外れる音がする。次に但馬は右手の人差し指を、ドアに付いている丸いタッチパネルに押し付けた。
再度ドアロックが外れる音がした。
そのドアもしっかりと、二重にロックされていた。
但馬がドアを開けると、目の前に銀色に輝く金属の壁が立ちはだかっていた。
但馬は開いたドアの裏にある赤いボタンを押した。
突然銀色の壁が引き戸のように開き始めた。
エレベーターだ。
「これは・・・?」
わざわざドアの中にエレベーターを潜ませている細工に、疋田は驚いた。
「君達従業員が使うエレベーターでなく特別な地下に通じるエレベーターだ。放射性汚染物の貯蔵庫のすぐ下に直で通じている」
「貯蔵庫の下にも地下倉庫があるのですか?一体そこに何があるのですか」
「見ればわかるさ」
エレベーターの箱が地下に到着した。
扉が開いた。
球場ドームのような半円形の空間が目の前に広がった。その中央に建物が鎮座している。
四、五階建てのビルのようにも見えるが、窓が一つもない。ビルの屋上辺りに何本かの排気塔のような管がドームの天井を貫くように聳えている。
「これはいったい何の建物ですか?」
「これはMO3だ」
「MO3??なんですか。初めて聞く建物だ」
「高速増殖炉だ」
「すでに稼働し、廃棄物を再処理して次世代燃料を再製した。そこにドラム缶があるだろう」
建物の横に無造作に二十本のドラム缶が置かれてあった。
「再処理のためにここに移動したわけですか」
「日本はこの装置がある限り原発エネルギーをほぼ、半永久的に使用できるわけだ」
「あれはプルトニウムですね」
「そうだな。私はここの管理者で科学者じゃないから詳しいことは知らん」
「あれを原料にして核兵器もできるわけですね」
但馬はその言葉を聞き不愉快な顔になった。
「何が言いたいのだ?」
「これは、高速増殖炉ですよね。その設備は、数年前に国会で廃止と決まり、今後も造らないと決定されたじゃないですか。それがなぜここにあるのですか」
「だから国家機密だと言ってるじゃないか」
「国家機密なら、何をしてもいいのですか?…一体誰がこの設備を作れと命じたのですか。首相ですか?軍ですか?この日本で一体誰がこんな馬鹿げた物を作れと命じたのですか!」
「いいか、疋田君。君が教えろと言ったから素直に教えたのだ。それを根掘り葉掘り疑問を投げかけて、いい加減にしろ!誰が命令したのか私にだって分からん。それが機密事項というものだ。いいか。これは絶対に口外してはならんぞ!約束を反故にするな」
「機密事項という名目なら原爆でさえ、こっそり造れるということですか」
「原爆?何を言ってるのだ。この話はもうこれっきりだ。二度と繰り返すな。今ここで見たことは全て口外は許さん。分かったか」
但馬は鬼の形相で疋田に迫った。
「もう一度約束しろ。ドラム缶の数の不一致は金輪際口に出すな」
疋田は目をつむり、への字に口を曲げたまま頷いた。
「それがお前にとって、賢い選択なのだ」
疋田は部屋を出るまで一言も発することなく始終無言だった。それが余計に但馬の神経を逆なでた。
それ以上に気がかりなのは、但馬が一番隠したい事実を疋田は言い当てたのだ。
原爆。
あの男は結局、消えてもらうしかないようだ。と、但馬は心に決めた。
再び、ブザーが鳴った。
「今度は誰が来た?」但馬は憮然とした顔で尋ねた。
「俺だ。奥村隆だ」
マイクから聞こえるのは公安部に所属している奥村だった。
「奥村か。一体何の用だ」
「愛想のない奴だな。要件は中で話す。部屋に入れてくれないか」
奥村と但馬は同じ組織の仲間だが、特に二人は学生時代から昵懇の間柄だ。
ドアが開き奥村が部屋に入ってきた。
部屋の中を初めて見るそぶりで見まわし始めた。
「どうした、直々に面会に来て。なにか重要な要件でも起きたのか?」
「うん、ミスターXがお前に会いたいらしい」
「Xが俺に?」
「ああ、何かへまでもやらかしたか?」
そう言いながら奥村は前方のドアを注視した。
ドアにボタン式のロックが掛かっている、それを不思議そうな表情で眺めた。
「別に。部下の一人が何かを嗅ぎつけたぐらいかな」
「部下の一人?さっきこの部屋から出てきた体の大きい若者か?」
「ああ、出会ったのか?」
「うん、部屋の外で待ってるときにね」
「いずれ始末するつもりだ。少し知りすぎた男だ」
「なるほど」
一瞬だが奥村の瞳が金色に輝き始めたのを但馬は見逃さなかった。
「目をどうかしたか?」
「目?」
「お前の瞳が急に金色に輝いた」
「金色に俺の目が輝いた?おいおい、そっちこそ眼医者で見てもらった方がいいぞ。白内障にでもなったんじゃないか?」
「俺はまだ三十代の若さだって医者が驚いていたぐらいさ。白内障になるような老人と一緒にするな」
「それより、Xがお待ちかねだ。早く支度しろ。タクシーを待たせてある」
「この近くにおられるのか?」
「ああ」
「病気で入院しているという話を聞いたが」
「Xは神出鬼没の不死身の男さ。早くしてくれ。俺は外で待っている」
奥村はそう告げ部屋を出た。
「Xが一体俺に何の用なのだ」そう呟きながら但馬は机の引き出しを開けた。そこからコルト45を取り出し、左肩のガンホルダーに差し込んだ。
通用門のところに黒のタクシーが止まっていた。
どうもいつもと違う。普通なら公用車を使うはずだ。
但馬は首を傾げた。
奥村はドアを開け但馬を後部座席に乗せた。
奥村自身は前の助手席に座った。
「おい、なぜ前に座るんだ。隣に座れよ。取って食いやしないぜ」但馬は助手席の奥村に言った。
「うん、運ちゃんに道を教えないとね」
車はユックリと発進した。
「俺にもうすぐ孫ができるんだ。奥村の方はどうだ。お前に似ない一人息子のハンサムなたっちゃんは身を固めたのか」
「うん、そろそろだと思うんだが」そう言いながら奥村は運転手の方に目配せした。
突然、前席の背もたれ部分から透明な板が、せり上がり後部座席と前席を分断した。
「なんだ!どういうことだ」目の前に突然現れた透明な板を見て但馬はのけぞった。
「少し眠ってもらう。先は長いからね」
但馬の足元からシューという音がし始めた。
但馬は銃を取り出し奥村の後頭部に向けながら、片方の手でドアを開けようとしたがビクともしない。
「何の真似だ。奥村、車を止めてドアを開けろ!」
「ここで撃っても弾は跳ね返りお前さんの体に当るのが関の山だ。目の前の板は最新鋭の防弾ガラスだ。
45口径の銃じゃかすり傷も付かないぜ」
「奥村、お前…一体、…」但馬の体から力が抜け、強力な眠気が襲い始めようとしていた。




