第1話 役立たず研究者は追放される
はじめまして、久遠野シノです。
研究で世界を変えるファンタジーを書いてみたくて、この作品を始めました。
追放された魔法解析士が、辺境で研究所を作り、魔法体系そのものを変えてしまう物語です。
よろしくお願いします!
「レオン・アルヴェル。君を本日付で王立魔法研究所から除籍とする」
淡々と告げられたその一言に、会議室の空気がわずかに緩んだ。
長机を囲む研究員たちの何人かは視線を逸らし、何人かは露骨に安堵の息を吐いている。まるで厄介者がようやく片付いたとでも言いたげだった。
正面に座る所長ガルド・ヴァレンは、書類の束を指先で整えながら続ける。
「理由は言うまでもないだろう。王国は今、北方諸侯との緊張状態にある。求められているのは、実戦で役立つ攻撃魔法、防衛魔法、軍用魔道具だ。にもかかわらず君は、何年も“魔法の構造解析”などという役に立つかもわからん研究に予算を使い続けた」
予算、と言っても微々たるものだ。
壊れた魔道具を買い集め、安い紙とインクを使い、夜更けまで一人で術式を書き写していた程度。研究所にとって大した負担ではない。だが、目障りだったのだろう。
「反論は?」
ガルドの声は形式的だった。どうせ聞く気などない。
レオンは静かに答えた。
「あります」
会議室が少しざわつく。
この場で大人しく頭を下げるとでも思っていたらしい。
「魔法を感覚でしか扱えない現状こそ、王国にとって最大の損失です。いま使われている術式は、なぜ発動するのか誰も説明できない。なぜ威力に個人差が出るのかも、なぜ暴発するのかも、なぜ魔力効率が悪いのかも、まともに解明されていない」
数人の研究員が眉をひそめた。
それは彼ら自身への批判でもあるからだ。
レオンは続ける。
「仕組みを理解できれば、同じ魔力量で十倍の成果も出せる。暴発も防げる。誰でも一定品質の魔法を使えるようになる。戦場で本当に必要なのは、才能ある一部の魔術師ではなく、再現性のある技術です」
言い終えた直後、鼻で笑う声がした。
「夢物語だな」
発したのは、軍用術式部門の主任研究員カイルだった。若くして出世街道に乗った男で、いまは所長のお気に入りでもある。
「魔法は理屈じゃない。才能だ。現に君は、優秀な魔術師ですらない。実戦でまともな結果も出せないくせに、紙の上の理論だけで世界を語る」
「理論がなければ、改良はできない」
「改良? 君の研究は何一つ現場を救っていないだろう」
その言葉に、会議室の空気がまたガルド側へと傾いた。
ここで何を言っても無駄だ、とレオンは悟る。
彼らは最初から結論を決めていた。
戦争を前に、成果の見えない研究者を切り捨てる。責任者として分かりやすい判断をしたいだけだ。
ガルドが書類を差し出した。
「退職金代わりに、辺境開発局への紹介状を用意してやった。感謝したまえ。研究がしたいのなら、せいぜい田舎で趣味の延長でもやることだ」
レオンはしばらく書類を見つめ、それから受け取った。
「……わかりました」
あっさりと引いたことで、むしろ相手が拍子抜けした顔をする。
だがレオンに未練はなかった。
この場所には、魔法を前へ進めようという意思がない。
あるのは権威と前例だけだ。
ならば、出ていくのは悪い話ではない。
「最後に一つだけ」
レオンは扉の前で振り返った。
「あなた方は魔法を使っているんじゃない。偶然、発動に成功しているだけです」
誰かが息を呑んだ。
「その偶然が、いつか王都を止めます」
返事は待たず、レオンは会議室を後にした。
◇
王都を出る荷馬車は、夕暮れの街道をゆっくり進んでいた。
荷物は少ない。
衣類が二着、研究ノートが十七冊、壊れた魔道具がいくつか。それだけだ。研究員としての人生は、驚くほど軽かった。
御者台の揺れに身を任せながら、レオンはノートを開く。
びっしりと書き込まれた術式、補助線、魔力の流れの仮説、発動時の観測記録。誰にも理解されなかった、自分だけの積み重ねだった。
「……偶然、か」
自嘲気味に呟く。
この世界の魔法は、発動する。
だが、誰もその内側を見ていない。
詠唱すれば火が出る。魔力を流せば結界が張られる。先人の残した型をなぞれば結果が出る。だから誰も、そこから先を考えようとしない。
けれどレオンには見えていた。
術式が組み上がる瞬間、魔力の流れがどこでねじれ、どこで無駄に熱を失い、どこで過剰な出力が逃げているのか。
まるで複雑な歯車の噛み合わせを見るように、魔法の構造そのものが視えるのだ。
この力に気づいたのは十歳の頃だった。
初めて火球魔法を教わったとき、教師の術式に三箇所の無駄を見つけた。言ったところで相手には意味が伝わらず、変な子ども扱いされたが、その後自分で式を組み替えた火球は、通常の半分の魔力で同等の威力を出した。
それ以来、レオンは確信している。
魔法は才能ではない。
少なくとも、才能だけではない。
理解できれば、変えられる。
荷馬車が辺境の町アストラの入口に着いた頃には、空はすっかり暗くなっていた。王都とは比べものにならないほど小さな町だが、人の気配は多い。冒険者、商人、農民、兵士。北方の魔物被害が増えたせいで、街道の中継地として活気が出ているらしい。
「お客さん、ここまでだよ」
「ああ、ありがとう」
宿を探そうと荷物を降ろした、そのときだった。
ぎゃああっ、と甲高い悲鳴が夜気を裂く。
広場の方から人々が逃げてくる。
その合間を縫うように、灰色の影が石畳を駆けた。
牙猪――低級魔物だが、突進力だけは侮れない。しかも一頭ではない。二頭、いや三頭。荷車をひっくり返しながら広場を荒らし、衛兵たちが応戦しているが、焦って術式を組んでいるせいで魔法が散っている。
「くそっ、当たれ!」
若い衛兵の放った火弾が、牙猪の背をかすめて石壁を焦がした。
術式の回路が粗い。魔力が途中で拡散して、狙いも威力も死んでいる。
レオンは無意識に一歩前へ出ていた。
こんな辺境ですら、魔法は“感覚”で使われている。
ならば――証明する好機だ。
彼は空中に指を走らせ、最小限の術式を描いた。
火球魔法。王都で最も基本的とされる式だ。だが、そのままでは使わない。
第一回路を簡略化。
第二節の魔力流量を圧縮。
熱変換部を再配置。
末端で逃げる余剰を固定。
構造が、透けて見える。
どこをどう直せば最適になるのか、答えは最初からそこにあった。
「《フレイム》」
短い詠唱とともに生まれた火球は、普通のそれよりも一回り小さい。
だが次の瞬間、一直線に加速した火が先頭の牙猪の額を撃ち抜いた。
轟音。
牙猪の巨体が石畳を滑り、後方の二頭を巻き込んで吹き飛ぶ。
燃え上がったのは魔物だけで、周囲の建物にはほとんど被害がない。熱量が一点に集中していた。
広場が、静まり返った。
「……は?」
衛兵が間の抜けた声を漏らす。
逃げていた人々も足を止め、倒れ伏す牙猪とレオンを交互に見ていた。
三頭目がうなり声を上げて飛びかかる。
レオンはもう一度、同じ術式を組んだ。今度はさらに一節だけ修正する。
「《フレイム》」
火球は弧を描き、牙猪の脚を撃ち抜いた。バランスを崩した魔物の頭を、衛兵の槍が貫く。
戦闘は終わった。
「お、おい……今の、王都式か?」
衛兵の一人が震えた声で尋ねてくる。
レオンは燃え残りを見下ろしながら答えた。
「違う。少し直しただけだ」
「少し……?」
信じられない、という顔だった。
当然だろう。同じ火球魔法で、ここまで威力も精度も変わるなど、彼らの常識にはない。
ざわめきが広場に広がっていく。
「誰だ、あの人」
「研究員って格好じゃないか?」
「いまの魔法、見たことないぞ」
そのとき、人垣の向こうから落ち着いた男の声がした。
「面白いものを見せてもらった」
現れたのは、上等な外套をまとった壮年の男だった。護衛を数人従えているところを見るに、ただの通行人ではない。
「私はこの町を預かる辺境伯代理、アルド・セイファートだ」
男は倒れた牙猪と焼け跡を一瞥し、まっすぐレオンを見る。
「君、研究者だろう?」
レオンは一瞬だけ目を細めた。
「……そうだ」
「なら話が早い。いまの魔法を、もう一度見せてもらえるかな」
その声には好奇心と確信が混ざっていた。
王都の連中とは違う目だ、とレオンは思う。成果を見る目だ。
アルドは微笑み、静かに言った。
「もし君が行き場を失っているなら、この町に残るといい。研究する場所くらいは用意できる」
広場のざわめきがさらに大きくなる。
レオンは手の中の研究ノートを見下ろし、それから目の前の辺境伯代理を見た。
王都では価値がないと切り捨てられた研究。
だが、この町なら――試せるかもしれない。
魔法を、技術に変える研究を。
レオンはゆっくりと口を開いた。
「条件がある」
「聞こう」
「俺の研究には口を出さないことだ」
アルドは愉快そうに笑った。
「いいだろう。成果さえ出るなら、私は口を挟まない主義だ」
その言葉を聞いた瞬間、レオンの胸の奥で何かが静かに動き出した。
王都を追放された研究者に、ようやく実験場が与えられたのだ。
レオンは夜空を見上げる。
頭上には、王都よりもはるかに鮮やかな星が広がっていた。
――ここから始めよう。
誰も理解していない魔法を。
誰にも止められない技術へと変えてやる。
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次回から研究所と魔法研究が始まります。
引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです!




