第九話「葛藤と共に」
翌朝、俺達は終末の谷に来ていた。
此処を抜ければいよいよジン王国最東端の港町「ハーディーズ」である。
山々の間の細い道を、八人で闊歩していく。
それにしてもレダスが居るのは心強い。
何せこのゲーム「アルテマサーガ」のクリエイターだからな。
何処にどんな敵が居るかは知り尽くしているはずだ。
喩え生態系に多少の変化はあっても、終末の谷を越える事は、彼と一緒なら容易なはず、だったーー。
「また顔色曇ってる。ソラは笑顔が足りないよ。もっと笑お?」
確かにクレラの笑顔はこの上なく魅力的だが……。
それに笑っていれば結構人生なんとかなるって言うしな。
俺は意図的に口角を上げた。
「んー、ちょっと不自然?」
と首を傾げるクレラ。
彼女は大人びた十六歳だ。
だが俺の笑えない事実の背景を存じ上げていないのか。
この話はいずれする事になるのだろうか。
まあいい……笑顔の練習をするのも悪い気はしない。
「この先ではハーピーが出没します。幻術にご注意を」
ターバンを着けた黒人レダスが注意を促す。
ハーピーって一般的には翼の生えた女性で眠らせてくるヤツだよな?
幻術ってなんだ?
俺達が身構えながら進んでいくと対象は現れた。
小柄な女性に黒い羽。
早速飛びながら子守唄を歌ってくる。
駄目だ……この効果には抗えない。
幻術……っ……?
気づけば俺は真っ暗闇の世界にいた。
手首を鎖で繋がれ、不気味な祭壇の上だった。
「笑おうよ」
何処からか少女クレラの声がした。
その声は確かに俺の不安を打ち消したと言える。
笑顔ーー。
いつからか忘れ去られていた。
運命の人だと感じさせるクレラは、それを思い出させてくれるのか。
その時アレサンドロの鎧が鈍く光った。
銀色のトゲトゲしい鎧は此処に来て俺を励まそうとでも言うのか。
(クレラちゃんはアスカだけでなくホワイトロックにも声をかけるつもりだよ。それだけじゃない草原の一軒家のマリナにも、ソーイアロの娘エリザベスにも、隙あらば声がけするつもりだった)
「そんな……何で……!?」
(本人も自由を望むんじゃないかな。あのタイプは型にはまらないよ。まあ運命の人だと思うんならクレラちゃんを信じてみな。きっと笑顔も取り戻せるだろう)
「ありがとう……アレサンドロ」
俺はこの幻術を打ち砕く!
祭壇の上で前方を睨みつけた。
不器用な俺にクレラちゃんが齎したかった事。
本人も多少は傷つく覚悟でその道を選んだはずだ。
その覚悟に比べればこんな幻術大したことねーよ!
俺が目を覚ました時、俺はクレラとアスカに見守られていた。
どうやら誰一人欠ける事なく、ハーピーとの戦闘は終わっていたようだ。
アスカちゃん……結構優しいよな?
それにクレラはホワイトロックさんにも俺を紹介するつもりなのか……。
もしかして彼女、俺の傷ついた過去を知ってる?
バカ言え此処はゲームの世界だぞ?
運命の人とは見えない糸で引き合うとでも言うのか。
俺は上体を起こした。
幻術の後なので気分が悪い。
ホワイトロックさんの弓矢がハーピー戦では重宝したそうだ。
彼女はまだ肝心の裏魔法を披露していないが、いずれ目の当たりにする事になるだろう。
恋愛面から見てもスペックは高い。
真っ白な髪も似合ってるし、いつかクレラのサポート関係無しでも振り向かせたい。
あれ?俺も彼女複数にいつの間にか同意してる?
クレラに失礼なんじゃないか。
そんな気持ちも無いわけではない。
複数の彼女を持たせようとする彼女の真意とは。
だがそれならクレラの我儘も多少は聞いてあげないとな。
彼女は賢い子だ。
自分で他の男との関係にも線引きはするだろう。
女の子に執着しない強い男性。
その為にも自然な笑顔は必須だった。
見ててくれアレサンドロ、そしてソーイアロ。
アンタらの人間性を俺は超えてみせる。
優劣なんかそう易々と付けるべきじゃないかもしんねーが俺はクレラの彼氏候補としてこの道を乗り越えてやる。
時にはカチンと来ることもあるだろう。
理不尽にもぶつかるだろう。
それでも引き返したくはなかった。
他人だった俺に大剣を手に入れる手助けをしてくれ、アスカ達にも引き合わせてくれた。
そして辛いのはクレラ達ヒロインズだって同じだ。
いや寧ろ俺が居るのは天国だ。
立ち上がった俺はクレラ、アスカ、そしてホワイトロックを見つめた。
ヒロインズはこれから増える事はあるのか。
まだハッキリと決まった事ではない。
いや、俺の良心がクレラ一人を選ぶと言い張る可能性も無きにしもあらずだ。
俺まだ十七だしな。
取り敢えずは複数の彼女候補を持つ存在として、自分を高めようという所存だ。
「ソラも歌上手いよな?」
ハープの音を操るレインが言った。
ハーピーのような特殊効果は、俺は発揮できそうにないが……。
「まあ多少はな」
バンドのボーカルとして一年半以上練習してきた。
中学のラグビー時代に磨いた根性で一人カラオケなどで練習していた。
肝っ玉が座ってくれば歌も変わるかもしれない。
そういった意味ではアルテマでの冒険は俺への試練と言えた。
いつかクレラ達とも別れる事になるのかー。
それまでには想いを伝えないと。
俺達は再び終末の谷を歩き出した。
(ん?上空に人影が!アレ、アニキじゃないか?)
金色の空飛ぶライオンに跨るアニキ、ナギサ、そしてゴブリン。
ナギサも良い笑顔してそうだよなーってアニキ、アーディスを旅立ったんだ。
弟子にしてもらえて良かったなナギサ。
レダスらも上空のアニキ達に気づいたようで、方角は同じ東だった。
港町ハーディーズ。
そこでアニキは船に乗るはずだ。
一緒の船に乗りたいけど彼らの方が一足早く着きそうだ。
それにしてもアニキ、ハーピーの歌声もシャットアウトしちゃうんだろうなー。
「終末の谷の中程にまで来ましたね。ここらで休憩にしましょう」
アニキ達を見送った後レダスが言った。
ゲームクリエイターが黒人の身なりをしてこの世界アルテマに溶け込んでいるのが彼だが、黒魔法に分類される念力以外にも色々技を隠し持っていそうだった。
正午まであと一時間くらいか?
俺は今のうちにパーティの皆と仲を深めておこうと思った。
レダスが正式に仲間に加われば最高だし、無口なクロウとも打ち解けていたかったんだ。
終末の谷というあまり日が差し込まない狭い道を進んできた俺たちだったが、此処に来てようやく広めの空間に躍り出たのである。
「昨夜レインから聞きました。ソラ君はバンドのボーカルなんですか?」
「あ、まあね」
「私はアルテマサーガの音楽担当の者でした。バンド界の重鎮とも仲がいい」
これは思わぬ接点と言った所だった。
レダスに出会えたのは運命的と言っても過言ではない。
「私のコネでインディーズバンドとしてやっていきますか?」
願ったり叶ったりだった。
クレラ達は何の話か理解できずにいる。
彼女たちはインディーズバンドといった単語とは無縁だろう。
それなら何としてでも魔王を倒して元の世界に戻らないと!
その時クレラの存在が頭をよぎった。
アスカちゃんやレイン達だって。
一生会えなくなるのは寂しいな。
「レダスさん(本名なんて言うか知らねーけど)一緒に最後まで旅を続けてくれ。俺はアンタのサポートが必要だ」
レダスは頷いた。
昨日今日と一緒に行動して俺を認めたと言ったところか。
何にせよこれでパーティは八人になった。
聞けばレダスは状態異常攻撃を多用するようだった。
槍による攻撃で「ポイズンスピア(毒突き)」みたいな具合だ。
あの太い腕だし威力も高いだろう。
「ん?どうしたアスカちゃん」
「クレラがアンタの事認めてるの何となく分かった気がする。いや、別に……私はそうは思わないけど!ただ……ずっと傍に居たい……かな」
お、おう……。
可愛らしい事この上ないが、この子レダスさんとの会話聞いてなかったな。
「か、勘違いしないでよね!私はクレラを信用してるだけだからぁ!」
(……俺はアスカちゃんとは永遠には一緒に居られない、ってハッキリ言えるわけねーよなぁぁぁ)
俺が頭を抱えていると先程アスカと話していたホワイトロックさんが来た。
この人は俺を恋愛対象と見ている可能性は低い。
少なくとも現時点では……。
「ソラ、異世界人だからって壁作る事無いからね!」
優しい〜。
ホワイトロックさんの裏魔法の威力はあの冥道クロス斬りをも凌駕するのだろうか。
レダスの本気もまだ目の当たりにしてないし、レインのハープもかなりの性能だ。
レイン。
一見おふざけキャラかと思いきや面倒見がよく芯が通っている感じがした。
この人とリーダーの座を取り合う形になるのか。
いや、俺は若過ぎる。
レインボーの髪色はそれだけでユニークこの上ないが、ハウルに勝るとも劣らないカリスマ性を有していた。
つまりオーラ、存在感。
二十二歳の若さでこれは現実世界のバンドメンバーに加えたいぐらいだ。
「一気に港町まで行ってまうべきやと思うでー。またハーピーが出てくるかも分からんし」
この人ホントにゲームのキャラだよな?
なんて人間味溢れる人なんだろう!
「では、そろそろ行きますか」
レインの提案をレダスが受け入れ、八人は再び出発した。
クロウと言葉を交わしておきたいなー。
入れ墨に関心がないわけでもない。
高校生であるうちは無論彫らないが、かっこいいと思う人がいるのも納得できる。
翼も生えてるしカッケー。
俺はクロウの横に並んだ。
「港町を過ぎればジン王国から離れる事になる。気引き締めていくべ」
それだけ言うとクロウはまた黙ってソッポ向いてしまった。
一日に二言までしか喋れない呪いにでもかかっているのとでも言うのか。
いや今の俺のは冗談だけど、もっと仲良くなりたいんだよな〜。
見るとハーピーの死体が無惨にも転がり落ちていた。
まだ新しい……アニキの仕業だな。
レダスも仲間に加えた事だし、いつか彼もパーティに加えたい。
この大剣を完璧に使いこなし、鎧の性能に頼らずとも強敵を倒せるようになったらその時は再度立ち合おう。
冥道クロス斬り。
あれは大剣ソーイアロが真価を発揮した瞬間だった。
そしてセレナから貰った首飾りもある。
どういう効果があるか知らねーがなんか期待しちゃうんだよなー。
終末の谷を越えれば港町ハーディーズ、そして船での移動だった。
このファンタジー世界の大自然を堪能するのもいいが、常に死も付き纏う。
そう言った意味ではアレサンドロの鎧ほど頼もしいものはなかった。
クレラもロッドをゲットした事だしこの八人なら銀竜に乗ったハウルに勝てる気すらしてくる。
だが仲間の死は避けながら旅がしたいのも事実だった。
ゲームのキャラにしては作り込まれてる彼らとは、確かな絆が芽生えつつあったのだ。
フォックスが近寄ってきた。
過去二度の戦闘で俺に補助魔法を施した男だったが、仮に彼がリーダーだと威圧感がある。
やはりレインに委託すべきだろう。
伸び伸びと結束の力を発揮するにはレインの方がいい。
「大剣ソーイアロにアレサンドロの鎧か。今度はハイディスの加護でも受けるのか?」
加護が何か存じ上げなかったが、俺は苦笑いを浮かべた。
フォックスも良い装備が欲しいのだ。
だが仮に装備無しだと何もできないと絶望に追い込まれても自分を信じられるかどうかーー。
そこで力になるのがやはりクレラの存在だった。
今の俺は……独りじゃない。




