2.アンナという娘
翌朝城の一室で目を覚ましたアルフレッドの前にはルークと1人の娘がいた。
「無事目覚めてよかった」
「ああ、世話をかけたな」
「フレッドが来てくれなかったら俺は死んでた、感謝してる」
「元々うちの若い者の失態だからな」
アルフレッドとルークは士官学校時代からの友人だ、非公式の場では敬語を使わない。その後の状況を説明してからルークが娘を紹介する。
「アンナだ、信頼できる人間だ。食事や飲み物はこいつから渡された物以外は口にしないでくれ。俺や親父に用がある時もアンナに伝えてくれればすぐ来る」
「アンナです。精一杯お世話させていただきます」
「ああ、頼む」
「俺は現場に戻る、アンナよろしくな」
ルークが去るとアンナが朝食のワゴンを運んできた。
「毒味は済んでいます。動くと傷が開くそうなので今日はベッドの上でお召し上がり下さい」
アンナはテキパキとベッドの上に小さなテーブルをセットし、ナプキンを広げて食事を並べていく。
「素朴な料理でお口に合いますかどうか」
「いやうまそうだ、いただくよ」
昨日の朝から何も口にしていない。果実を絞った水、温かいスープ、焼き立てのパンをアルフレッドは綺麗に平らげた。
昼と夜とアンナはやってきて、甲斐甲斐しくアルフレッドの世話を焼いた。媚びることなく淡々とした仕事はアルフレッドに好ましく思える。
服装はエプロンをした村娘なのに、言葉使いは丁寧で所作は美しくまるで王宮のメイドのようで興味が湧いた。
「貴方の言葉は綺麗だな、失礼だがこの土地の者とは思えないくらいだ」
「私はこちらの生まれです、ただ3年ほど王都の貴族の家におりましたので」
「それなら納得だ、どこの家に仕えていたのかな?」
「トーリア伯爵家です」
「なるほど、レーゲンスブルク閣下の妹君が嫁いだ家だな」
アンナは食器の片付けが終わると礼をして部屋を出ていった。アルフレッドはもう少し話していたいと思ったが、仕事の邪魔になると引き留めるのを諦めた。
◇ ◇ ◇
「どうだ失礼なくやってるか?」
翌日、朝食を運ぶ途中でアンナはルークに呼び止められる。
「大丈夫よ。それに閣下は向こうから話しかけてくれるの、思ったより気さくな方なのね」
「それはお前が平民にしか見えないからだろうな。フレッドは貴族令嬢嫌いだ、黙ってろよ」
「心配しなくても、メイドか村娘と思われてます」
アンナはシャーロットの日常の姿だ。敵の多いレーゲンスブルク家で攫われる危険が大きいのはシャーロット、そのため辺境伯領にいるときは庶民の服装でいる。それに領では馬での移動が多いので、ドレスなど着てはいられないのだ。
アルフレッドの朝食が終わり、アンナは茶をいれなおした。
「寝てばかりいるのも退屈だな」
アルフレッドはベッドの上で両腕を伸ばしている。
「明日から医療師が付いて、散歩が始まるそうですから今日まで我慢なさってください。城から本でも借りてきましょうか?」
「いや、アンナと話している方がいい」
「閣下が楽しめるような話題は持ってませんが」
「辺境の暮らしは大変かな?」
「王都に比べると自由かと、辺境の女は逞しく仕事も色々あります。ただ戦の時はいつも不安です」
「辺境の民が安心して暮らせるよう、我々がもっと頑張らないといけないな」
「王族でありながら先陣を切る閣下は頑張りすぎでは?」
「ははは、側近がいつも嘆いているようだ」
最初は遠慮していたアンナだったが、アルフレッドが屈託なく話しかけてくるので、だんだん打ち解けて2人の距離は縮まっていった。そしてアルフレッドの介護も不要になると、こんな申し出があった。
「アンナは馬に乗れるかな?」
「もちろんです、この土地での足ですから」
「では案内してもらおう」
アルフレッドが愛馬の脚ならしをしていると、栗毛の馬に乗ったアンナが近づいてきた。
「閣下の馬は、素晴らしくて見惚れてしまいます」
「そうか褒められたぞ、ノアール」
「ノアール、ルーク様を救ってくれてありがとう」
護衛の目の届く範囲でとの条件があったので、2人は一番近い村を抜け、川沿いに進み見晴らしのよい丘に馬を走らせた。丘からは要塞のようなレーゲンスブルク城と、城下の街が見渡せる。
しばらく無言でいたアルフレッドが口を開いた。
「アンナは婚約者がいたりするのか?」
「いいえまだです。下級の騎士とご縁があればとは思っておりますが」
「そうか…」
アルフレッドはまた黙り込み、話を変えた。
「明日のパーティは貴方も出るのだろうか」
「はい、そのつもりです」
「では、その時にまた話せるな」
「はい、私も明日お話したいこともありますし」
何か言いたげなアルフレッドにアンナは重ねて、明日と伝えた。