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第12話 第一夜


 樹の下を目指しての第一夜である。


 消えかけた焚き火のそばに独りで座っていた。ドーマとミフユはぐっすりと眠りこけている。出会ったばかりのあたしをそんなに信用して良いのだろうか。


 起きているのはあたしとシュバルツのみ。


 むかしはヒトの旅連れはイヌだったという。本物のイヌを見たことはないが、ウサギに負けず劣らず気高いイキモノだったらしい。

 人に代わって夜の獣を見張ってくれてもいたのだとアリアは言っていた。イヌにしか見えぬ女神。イヌのような女神という意味じゃない。イヌにしか見ることができない女神のことだ。ギリシアだかローマだかいう世界の話では、夜中、人もないのに吠えるイヌは、彷徨さまよう夜の女神に吠え立てているのだという。


 こんな夜中に独りで起きているのには理由がある。さっきまで眠っていたのだが、不意に目が覚め、瞬間、手を口元にやった。我ながらよく間に合ったと思う。闇の中で吐いたのはどろりとした体液で、血液か胃液かあるいは何か別の何かか。何であったか見たくないと思って、そのまま古着で拭き取って放り捨てた。

 見たくないものは見ない。あたしはそうして生きてきた。みたくないものはみなくてよいものなんだ。誤解のないように言っておかなければならないが、ドーマに殴られたり、自動二輪でこけたりしたからじゃない。もっと別の何かだ。何かでない何か。


 揺れる炎を眺めながら、冷たい水を口に含んだ。死滅したトシの瓦礫の中でこそ、穏やかな時間が流れる。光のない廃墟の奥で火にあたりながら喉を潤おす水のなんと旨いことか。腹に満ちる安らぎと愛しさと。


 まさに然り、アーメン。


 あたしを照らすのは月と兎と炎だ。何者も恐れることはない。アリアが聞かせてくれた歌にある悲しい斧、闇のフランシスカ。おまえは死せるウサギを越えていがねばならないノダ。

 ああ、シュバルツ、シュバルツ、あたしの可愛い人。どうかそんな目で見ないでおくれ。そんな美しく真っ黒い目であたしを映さないで。あたしはただのウソツキなのだから。

 炎は何者をも食い尽くす化け物だという。だが、本当は、何もかも貪り食う化け物は時間だったのではないか。


 炎は時間であり、時間は炎である。


 あたしは本当は怖い。毛布にくるまって、アリアとムッターに絵本を読んでもらいたいんだ。あの頃となにも変わっていない。優しいだけじゃ生きていけない。でも、優しくなければ生きている資格がないんだ。


 古いエーガで聞いたうろ覚えの言葉を口に出して悲しくなったあたしは、いつのまにかすすり泣いていたらしい。


 ……泣いているのか?


 焚き火の向こうで半身を起こしたドーマのシルエットが問いかけてくる。


 うるさい!向こうを向いてろ! と手近な小石を投げつけ、焚き火を足で踏みにじってやった。チクショウ、なぜ消してしまったんだ。赤い服の男など火あぶりにしてしまえば良い。それが救いであり原点であるのだから。


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