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憎悪の戦士  作者: 不覚たん
青い風編
22/35

石人

「そいつは正式な依頼なのか?」

 水を受け取ったヤンが、顔を洗い流した。

 カラシにやられている。

 若い研究者は何度もうなずいた。

「もちろんだ! ゴーレムが暴走したときのために、あらかじめ予算もとってある……。お願いだ、あいつを止めてくれ!」

 この研究者の顔はイサキオスもおぼえている。

 前にエーテルを渡した男だ。

「いいぜ。やる。デカのは得意なんだ」

 守護神ガーディアンのようなものだろう。

 しかし自力で倒したことはないのだが、このときのイサキオスは戦闘の勝利に興奮していた。

 エイミーも興奮している。

「ええ、やってやりますとも!」

 骨をカタカタ鳴らしながらメイスを振り回した。

 危ない。


 ヤスミーンは溜め息をついた。

「父上の感想をうかがいたいのですが」

「俺はパスだ。お前がやれ」

「はい?」

「モンスターは専門外だ」

 それだけ告げると、回れ右してホールを出てしまった。

 他の冒険者たちも「ゴーレムはちょっと」と消極的だ。


 イサキオスとしては誰が去ろうと構わない。ひとりでもヤるつもりだ。これに勝てないようでは、神の軍勢にも勝てまい。

 ヤスミーンがコホンと咳払いをした。

「後方支援で構わなければ参加できます」

「歓迎するぜ。あんたは頼りになりそうだ」

 参加者はたったの三名。

 ゴーレム退治の始まりだ。


 遺跡を奥に進むと、研究者の遺体が飛び散っていた。ゴーレムを止めようとしたのか、あるいは逃げ遅れたのか、とにかくグチャグチャに散らされていた。

 巨大なホールだ。

 機材や書物が散乱する中、人の二倍はあろうかという石の巨人が構えていた。


 研究者が声をひそめた。

「そういえば、自己紹介がまだだったね」

「あとでいい」

「私は大学で准教授をしているアルバート・スローティン。ゴーレムの弱点は、背面のエーテル管だ。君たちが戦っている間に、私は資料をかき集める。できるだけ時間を稼いでくれ」

「時間? そんなもの気にしなくていい。俺が倒すからな」


 イサキオスが近づくと、ゴーレムはゆっくりと向きを変えた。

 巨大な球根から手足が生えたような外観だ。胴体と頭部が一体化している。背面は見えないが、エーテル管とやらがついているのだろう。

「俺が正面から仕掛ける。エイミーは背後から弱点をついてくれ」

「分かりました」

「ヤスミーンは気づいたことがあったら教えてくれ」

「はい」

 かくしてイサキオスはハルバードを構え、慎重にゴーレムへと近づいた。

 形状を見る限り、岩石の拳で殴るくらいしか攻撃手段がないのだろう。よく見ていれば回避できる。

 そう考えていた。

 が、胴体がガバリと開き、岩石の柱が突き出してきた。

 正面から直撃を受けたイサキオスは壁までぶっ飛ばされ、そのまま動けなくなってしまった。


「ガッ……ハッ……」

 すべての感覚が遮断。

 口と鼻から大量の血液が出た。

 あばらが折れ、内臓もぐちゃぐちゃになっている。

 普通の人間なら即死だろう。

 しかし体は回復を始めた。のみならず、回復するにつれて激痛が走った。もがいたせいで口からさらに血液が漏れる。

「ゲヒッ……ヒハッ……」

 次第に視界が明瞭になり、音も聞こえるようになった。


「うわあああっ! 人殺しっ! 人殺しっ!」

 エイミーが高速でゴーレムの攻撃を回避しながら、メイスをぶち当てていた。

 格闘センスが高い。

 が、エーテル管への攻撃ではないから、ゴーレムはダメージを受けていない。


 イサキオスはなんとか立ち上がり、ハルバードを手にゴーレムへ近づいた。

「エイミー! エーテル管だ!」

「わああああっ! 生き返った!」

「死んでねぇよ……」

 どう考えても動く骸骨のほうがおかしい。

「もう同じ攻撃は食らわねぇ。俺が引き付けるから、あんたは背後を頼むぜ」

「はい!」


 するとヤスミーンが指示を飛ばしてきた。

「待って! そのままエイミーさんが攻撃を継続! イサキオスさんは背面へ!」

 おそらくはそれが正しい。

 エイミーはゴーレムの攻撃を回避できているだけでなく、反撃まで繰り出している。とんでもなく体が軽いのだ。

 イサキオスが背後に回ったほうがいい。

「分かった! それでいくぞ!」

「はい!」


 球根の裏側には、入り組んだ金属のチューブが張り付いていた。エーテルはそこを循環し、ゴーレムの動力源となっているのだろう。


 いざ仕掛けんとハルバードを構えたとき、イサキオスは違和感に襲われた。

 体は回復している。動ける。

 なのだが、手が変色していた。

 いや、鱗だ。トカゲのような肌になっている。頭を打ったせいで目がおかしくなっているのかとも思ったが、手以外は普通の皮膚に見えたから、手だけが変異してしまったのだろう。


 体が回復するたび、魂を要求される。

 そして魂を失えば、怪物になる。


 イサキオスは獣のような笑みを浮かべ、ハルバードを握り直した。

 これから神と戦おうというのだ。怪物になるくらいがちょうどいい。

 大地を蹴り、ゴーレムの背面へハンマーを振り下ろした。ガァンとホール中に音が響いた。ゴーレムが振り返りざまに裏拳を放つ。身をかがめて回避し、エイミーと入れ替わってまた背面へ回り込む。

 エイミーの動きはダンスのように軽やかだった。

 イサキオスはエーテル管へ、ふたたび戦鎚の一撃。ガォンと鈍い音がした。

 感情があるのかは不明だが、ゴーレムは慌てているように見えた。またイサキオスのほうへ向き直り、胴体から柱を放った。

 ハルバードで受けた。

 あまりの威力で、イサキオスは床を転がされた。だが、武器は手放さない。


 しかしエイミーがしくじった。

 ゴーレムの拳を食らい、バラバラにされてしまったのだ。

「ひっ」

 いきなり白骨死体が出てきたせいで、ヤスミーンが息をのんだ。


 死んでしまったのだろうか。

 あるいは復活するのか。

 それはイサキオスにも分からない。

 が、このゴーレムは意外と動きが速い。ひとりで背面に回り込むことはできない。

「ヤスミーン、おとりを頼めるか」

「えっ?」

「次の一撃で必ず仕留める。だからあいつの注意を引き付けてくれ」

「ム、ムリです!」

「得意の戦術でなんとかしろ。任せたぞ」

「ちょっと!」

 本当にムリかもしれない。

 イサキオスはそれでもいい。とにかく壁際に沿って移動して、ゴーレムの背後に回り込むのだ。


 だが背後から接近すると、ぐるんと向きを変えられてしまった。

「こいつ……」

 一対一で背面に回り込むのはムリかもしれない。

 となると、何度も瀕死になりながら、正面突破するしかないようである。


 ふと、カップが飛んできて、カツンとゴーレムにぶつかった。

 ゴーレムは向きを変えない。

「無視しないで! こっちよ! こっち! ここに天才戦術家がいるわ!」

 反応ナシ。

「ダメだ、もっと近づけ」

「ムリよ!」

「おいそっちの学者! なにか策はないのか!」

 するとコソコソ資料を集めていたアルバートが、うるさそうに顔を向けた。

「あったらこっちが知りたいよ!」

「お前が作ったんだろ!」

「私は動かしただけだ! 作ってない! いや、だが待てよ……。足元を見ろ! エーテルが漏れてる!」

 彼の言葉通り、傷ついたエーテル管から、青く輝く液体が漏れ出していた。

 イサキオスはゴーレムの攻撃を警戒しつつ、こう尋ねた。

「こいつを使えるのか?」

「もっと暴れさせるんだ! そのうちエーテルが切れる!」

「了解!」

 イサキオスは駆け出して、ゴーレムの右へ右へと回り込んだ。

 ゴーレムも向きを変える。

 槍を突き出すと、拳で殴り返してくる。そのたびにエーテルが飛び散る。

 するとエイミーも復帰した。

「危ないわ! 死ぬところだった!」

「もう死んでるだろ!」

「所説あります!」

 埋葬されたくないだけだ。

 ともあれエイミーが復活したことで、イサキオスは背後をとることができた。

「これで終わりだーッ!」

 ハンマーがエーテル管に直撃し、ガゴンと一部が外れた。そこからエーテルが噴出すると、プシューと空気の抜ける音がして、いきなりゴーレムの動きが止まった。

 エイミーが奇妙な動きで挑発するが、もう反応がない。

 勝ったのだ。


 イサキオスは盛大に息を吐き、どっとその場に腰をおろした。

「クソ、全身が痛ぇ……」

 ハンマーで殴ったときの衝撃もすごかった。きっと腕の骨にヒビが入ったことだろう。だが、それもすぐに治る。

 エイミーが近づいてきた。

「勝てちゃいましたね!」

「あんた、意外とやるな」

「ビール造りで鍛えられてますから!」

 力こぶを作るようなポーズ。

 だが筋肉はない。


 ヤスミーンも近づいてきた。

「よく倒せましたね。途中、なんだか妙なものを見た気がするのですが……」

「忘れてくれ。見間違えだ」

 イサキオスもエイミーも、普通だったら即死レベルの攻撃を受けた。なのだが、すでに完治している。

 変異しかけていた手も、徐々に人間の皮膚に戻ってきた。


 資料を抱えたアルバートも、おそるおそるといった様子でやってきた。

「えーと……。あ、そうだ。サインをするよ。あとで大学に請求してくれ。2000リブラ支払われる予定だ。うまいこと分け合ってくれるといいんだが。もしこいつが外に出てたら、大学の威信に傷がつくところだったよ」

 その場で書かれたサインを、イサキオスは笑って受け取った。

「大丈夫だ。割り算でなんとかする」

「え? ああ……」

 彼は割り算ができない。


 *


 その後、大学で報酬を受け取ったイサキオスは、ヤンの自宅を訪れた。

 まだ家具は増えていない。

 だがヤンが酒瓶を抱えていた。

「おう、未来の英雄が来なすったぞ。お前も飲むか? 祝杯をあげよう」

 だがイサキオスが返事をする前に、ヤスミーンが立ちはだかった。

「父上。これらはすべて私の稼ぎによるものです。無駄遣いはおやめいただきたく思います」

「カタいこと言うなよ。お前だってこいつには世話になったろ?」

「一杯だけですよ」

「もちろんだ。俺のぶんが減っちまうからな! ガハハ!」

 娘の稼ぎで酒とは、いいご身分である。

 イサキオスは革袋を渡した。

「こいつはあんたの取り分だ」

 ヤスミーンはしかし受け取らなかった。

「なんのことでしょう? 私はただ傍観していただけです。あなたみたいに命をかけてません」

「それが戦術家ってもんだろ。あんたが受け取らないなら、父親に渡す」

「いえ、私が受け取ります」

 ヤンが受け取れば、大部分が酒代に消えることになる。


 イサキオスは腰をおろし、カップに注がれたビールを一口やった。

「しかし知らなかったぜ。2000リブラを三人で分けたいって言ったら、大学のヤツらムリだって抜かしやがった。割り算ってのも万能じゃないらしいな」

「……」

「悪いが俺が1リブラ多くもらうことになったぜ。大学まで行った手間賃だ」

「え、ええ。結構です。ぜひそうなさって……」


 ヤンがぼそりとつぶやいた。

「なあ、ヤスミーン。こいつに算術でも教えてやったらどうだ?」

「えっ?」

「気の毒なことに、最低限の教育さえ受けてないらしいぞ」

「お断りですね。私のハイレベルな授業についてこられるとは思いません」

 勝手なことを言っている。

 イサキオスはしかし腹を立てたりしない。

「構わないぜ。人にはそれぞれ得意なことがあるんだ。だからこそ俺は、あんたの頭脳に敬意を払ってる。その金が証拠だ」

 ヤスミーンは、するとおそらく初めて含みのない笑顔を見せた。

「私もあなたに敬意を払っているからこそ、お金の受け取りを拒否したのです。ま、父上に渡されるとなると話は別ですが」

 屈託のない笑みだ。

 どんな人間であれ、笑っているほうがいい。イサキオスは素直にそう感じた。


(続く)

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