石人
「そいつは正式な依頼なのか?」
水を受け取ったヤンが、顔を洗い流した。
カラシにやられている。
若い研究者は何度もうなずいた。
「もちろんだ! ゴーレムが暴走したときのために、あらかじめ予算もとってある……。お願いだ、あいつを止めてくれ!」
この研究者の顔はイサキオスもおぼえている。
前にエーテルを渡した男だ。
「いいぜ。やる。デカのは得意なんだ」
守護神のようなものだろう。
しかし自力で倒したことはないのだが、このときのイサキオスは戦闘の勝利に興奮していた。
エイミーも興奮している。
「ええ、やってやりますとも!」
骨をカタカタ鳴らしながらメイスを振り回した。
危ない。
ヤスミーンは溜め息をついた。
「父上の感想をうかがいたいのですが」
「俺はパスだ。お前がやれ」
「はい?」
「モンスターは専門外だ」
それだけ告げると、回れ右してホールを出てしまった。
他の冒険者たちも「ゴーレムはちょっと」と消極的だ。
イサキオスとしては誰が去ろうと構わない。ひとりでもヤるつもりだ。これに勝てないようでは、神の軍勢にも勝てまい。
ヤスミーンがコホンと咳払いをした。
「後方支援で構わなければ参加できます」
「歓迎するぜ。あんたは頼りになりそうだ」
参加者はたったの三名。
ゴーレム退治の始まりだ。
遺跡を奥に進むと、研究者の遺体が飛び散っていた。ゴーレムを止めようとしたのか、あるいは逃げ遅れたのか、とにかくグチャグチャに散らされていた。
巨大なホールだ。
機材や書物が散乱する中、人の二倍はあろうかという石の巨人が構えていた。
研究者が声をひそめた。
「そういえば、自己紹介がまだだったね」
「あとでいい」
「私は大学で准教授をしているアルバート・スローティン。ゴーレムの弱点は、背面のエーテル管だ。君たちが戦っている間に、私は資料をかき集める。できるだけ時間を稼いでくれ」
「時間? そんなもの気にしなくていい。俺が倒すからな」
イサキオスが近づくと、ゴーレムはゆっくりと向きを変えた。
巨大な球根から手足が生えたような外観だ。胴体と頭部が一体化している。背面は見えないが、エーテル管とやらがついているのだろう。
「俺が正面から仕掛ける。エイミーは背後から弱点をついてくれ」
「分かりました」
「ヤスミーンは気づいたことがあったら教えてくれ」
「はい」
かくしてイサキオスはハルバードを構え、慎重にゴーレムへと近づいた。
形状を見る限り、岩石の拳で殴るくらいしか攻撃手段がないのだろう。よく見ていれば回避できる。
そう考えていた。
が、胴体がガバリと開き、岩石の柱が突き出してきた。
正面から直撃を受けたイサキオスは壁までぶっ飛ばされ、そのまま動けなくなってしまった。
「ガッ……ハッ……」
すべての感覚が遮断。
口と鼻から大量の血液が出た。
あばらが折れ、内臓もぐちゃぐちゃになっている。
普通の人間なら即死だろう。
しかし体は回復を始めた。のみならず、回復するにつれて激痛が走った。もがいたせいで口からさらに血液が漏れる。
「ゲヒッ……ヒハッ……」
次第に視界が明瞭になり、音も聞こえるようになった。
「うわあああっ! 人殺しっ! 人殺しっ!」
エイミーが高速でゴーレムの攻撃を回避しながら、メイスをぶち当てていた。
格闘センスが高い。
が、エーテル管への攻撃ではないから、ゴーレムはダメージを受けていない。
イサキオスはなんとか立ち上がり、ハルバードを手にゴーレムへ近づいた。
「エイミー! エーテル管だ!」
「わああああっ! 生き返った!」
「死んでねぇよ……」
どう考えても動く骸骨のほうがおかしい。
「もう同じ攻撃は食らわねぇ。俺が引き付けるから、あんたは背後を頼むぜ」
「はい!」
するとヤスミーンが指示を飛ばしてきた。
「待って! そのままエイミーさんが攻撃を継続! イサキオスさんは背面へ!」
おそらくはそれが正しい。
エイミーはゴーレムの攻撃を回避できているだけでなく、反撃まで繰り出している。とんでもなく体が軽いのだ。
イサキオスが背後に回ったほうがいい。
「分かった! それでいくぞ!」
「はい!」
球根の裏側には、入り組んだ金属のチューブが張り付いていた。エーテルはそこを循環し、ゴーレムの動力源となっているのだろう。
いざ仕掛けんとハルバードを構えたとき、イサキオスは違和感に襲われた。
体は回復している。動ける。
なのだが、手が変色していた。
いや、鱗だ。トカゲのような肌になっている。頭を打ったせいで目がおかしくなっているのかとも思ったが、手以外は普通の皮膚に見えたから、手だけが変異してしまったのだろう。
体が回復するたび、魂を要求される。
そして魂を失えば、怪物になる。
イサキオスは獣のような笑みを浮かべ、ハルバードを握り直した。
これから神と戦おうというのだ。怪物になるくらいがちょうどいい。
大地を蹴り、ゴーレムの背面へハンマーを振り下ろした。ガァンとホール中に音が響いた。ゴーレムが振り返りざまに裏拳を放つ。身をかがめて回避し、エイミーと入れ替わってまた背面へ回り込む。
エイミーの動きはダンスのように軽やかだった。
イサキオスはエーテル管へ、ふたたび戦鎚の一撃。ガォンと鈍い音がした。
感情があるのかは不明だが、ゴーレムは慌てているように見えた。またイサキオスのほうへ向き直り、胴体から柱を放った。
ハルバードで受けた。
あまりの威力で、イサキオスは床を転がされた。だが、武器は手放さない。
しかしエイミーがしくじった。
ゴーレムの拳を食らい、バラバラにされてしまったのだ。
「ひっ」
いきなり白骨死体が出てきたせいで、ヤスミーンが息をのんだ。
死んでしまったのだろうか。
あるいは復活するのか。
それはイサキオスにも分からない。
が、このゴーレムは意外と動きが速い。ひとりで背面に回り込むことはできない。
「ヤスミーン、囮を頼めるか」
「えっ?」
「次の一撃で必ず仕留める。だからあいつの注意を引き付けてくれ」
「ム、ムリです!」
「得意の戦術でなんとかしろ。任せたぞ」
「ちょっと!」
本当にムリかもしれない。
イサキオスはそれでもいい。とにかく壁際に沿って移動して、ゴーレムの背後に回り込むのだ。
だが背後から接近すると、ぐるんと向きを変えられてしまった。
「こいつ……」
一対一で背面に回り込むのはムリかもしれない。
となると、何度も瀕死になりながら、正面突破するしかないようである。
ふと、カップが飛んできて、カツンとゴーレムにぶつかった。
ゴーレムは向きを変えない。
「無視しないで! こっちよ! こっち! ここに天才戦術家がいるわ!」
反応ナシ。
「ダメだ、もっと近づけ」
「ムリよ!」
「おいそっちの学者! なにか策はないのか!」
するとコソコソ資料を集めていたアルバートが、うるさそうに顔を向けた。
「あったらこっちが知りたいよ!」
「お前が作ったんだろ!」
「私は動かしただけだ! 作ってない! いや、だが待てよ……。足元を見ろ! エーテルが漏れてる!」
彼の言葉通り、傷ついたエーテル管から、青く輝く液体が漏れ出していた。
イサキオスはゴーレムの攻撃を警戒しつつ、こう尋ねた。
「こいつを使えるのか?」
「もっと暴れさせるんだ! そのうちエーテルが切れる!」
「了解!」
イサキオスは駆け出して、ゴーレムの右へ右へと回り込んだ。
ゴーレムも向きを変える。
槍を突き出すと、拳で殴り返してくる。そのたびにエーテルが飛び散る。
するとエイミーも復帰した。
「危ないわ! 死ぬところだった!」
「もう死んでるだろ!」
「所説あります!」
埋葬されたくないだけだ。
ともあれエイミーが復活したことで、イサキオスは背後をとることができた。
「これで終わりだーッ!」
ハンマーがエーテル管に直撃し、ガゴンと一部が外れた。そこからエーテルが噴出すると、プシューと空気の抜ける音がして、いきなりゴーレムの動きが止まった。
エイミーが奇妙な動きで挑発するが、もう反応がない。
勝ったのだ。
イサキオスは盛大に息を吐き、どっとその場に腰をおろした。
「クソ、全身が痛ぇ……」
ハンマーで殴ったときの衝撃もすごかった。きっと腕の骨にヒビが入ったことだろう。だが、それもすぐに治る。
エイミーが近づいてきた。
「勝てちゃいましたね!」
「あんた、意外とやるな」
「ビール造りで鍛えられてますから!」
力こぶを作るようなポーズ。
だが筋肉はない。
ヤスミーンも近づいてきた。
「よく倒せましたね。途中、なんだか妙なものを見た気がするのですが……」
「忘れてくれ。見間違えだ」
イサキオスもエイミーも、普通だったら即死レベルの攻撃を受けた。なのだが、すでに完治している。
変異しかけていた手も、徐々に人間の皮膚に戻ってきた。
資料を抱えたアルバートも、おそるおそるといった様子でやってきた。
「えーと……。あ、そうだ。サインをするよ。あとで大学に請求してくれ。2000リブラ支払われる予定だ。うまいこと分け合ってくれるといいんだが。もしこいつが外に出てたら、大学の威信に傷がつくところだったよ」
その場で書かれたサインを、イサキオスは笑って受け取った。
「大丈夫だ。割り算でなんとかする」
「え? ああ……」
彼は割り算ができない。
*
その後、大学で報酬を受け取ったイサキオスは、ヤンの自宅を訪れた。
まだ家具は増えていない。
だがヤンが酒瓶を抱えていた。
「おう、未来の英雄が来なすったぞ。お前も飲むか? 祝杯をあげよう」
だがイサキオスが返事をする前に、ヤスミーンが立ちはだかった。
「父上。これらはすべて私の稼ぎによるものです。無駄遣いはおやめいただきたく思います」
「カタいこと言うなよ。お前だってこいつには世話になったろ?」
「一杯だけですよ」
「もちろんだ。俺のぶんが減っちまうからな! ガハハ!」
娘の稼ぎで酒とは、いいご身分である。
イサキオスは革袋を渡した。
「こいつはあんたの取り分だ」
ヤスミーンはしかし受け取らなかった。
「なんのことでしょう? 私はただ傍観していただけです。あなたみたいに命をかけてません」
「それが戦術家ってもんだろ。あんたが受け取らないなら、父親に渡す」
「いえ、私が受け取ります」
ヤンが受け取れば、大部分が酒代に消えることになる。
イサキオスは腰をおろし、カップに注がれたビールを一口やった。
「しかし知らなかったぜ。2000リブラを三人で分けたいって言ったら、大学のヤツらムリだって抜かしやがった。割り算ってのも万能じゃないらしいな」
「……」
「悪いが俺が1リブラ多くもらうことになったぜ。大学まで行った手間賃だ」
「え、ええ。結構です。ぜひそうなさって……」
ヤンがぼそりとつぶやいた。
「なあ、ヤスミーン。こいつに算術でも教えてやったらどうだ?」
「えっ?」
「気の毒なことに、最低限の教育さえ受けてないらしいぞ」
「お断りですね。私のハイレベルな授業についてこられるとは思いません」
勝手なことを言っている。
イサキオスはしかし腹を立てたりしない。
「構わないぜ。人にはそれぞれ得意なことがあるんだ。だからこそ俺は、あんたの頭脳に敬意を払ってる。その金が証拠だ」
ヤスミーンは、するとおそらく初めて含みのない笑顔を見せた。
「私もあなたに敬意を払っているからこそ、お金の受け取りを拒否したのです。ま、父上に渡されるとなると話は別ですが」
屈託のない笑みだ。
どんな人間であれ、笑っているほうがいい。イサキオスは素直にそう感じた。
(続く)




