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憎悪の戦士  作者: 不覚たん
青い風編
17/35

赤鼻の傭兵

 イサキオスは男にナイフを手渡し、こう尋ねた。

「あんた、敵が見えてるのか?」

「まさか。こんなに暗いんだぞ?」

「じゃあなぜ?」

 すると男は、懐の水筒から酒をぐびりとやった。

「この辺は前に来たことがある。あっちに茂みがあって、んであっちが森だ。あそこは少し高くなってる。そうするとだな、矢を射かけるのにいいのは、あそことあそこ、そんであそこら辺。たぶんな」

「よく分かるな」

「まあ分かるんだよ。哀しいことにな。ここらは何度か戦場になってる。俺もかつて傭兵として参加したんだ」

 元傭兵ということだ。

 男はどっと腰をおろし、また酒をやった。

「あー、だが、思ったほど稼げなくてな。傭兵隊長は給料をハネやがるし、そもそも領主の支払いも渋い。だったら冒険者のほうがマシだと思ったんだ。ミゲルの野郎、金の支払いだけはキッチリしてっからな」

 すると草をむしって風向きを確認し、なにやら思案顔になった。

「お前、名前は?」

「イサキオス」

「変わった名前だな。俺はヤン。赤鼻のヤンで通ってる」

 聞いたことのない名前だ。

 きっと仲間内でしか通じない呼称なのだろう。


 すると、ヤンがいきなりナイフを投げ飛ばした。

 どっと重たいものの倒れる音。

「へへへ、当たりやがった」

「やっぱり見えてるんだろ?」

「足音が風に乗って聞こえてきたんだ。遠くからじゃ当たらないもんだから、近づいてきたんだろ。マヌケな野郎だ」

 ヤンは重い腰をあげ、ふらふらと死体へ近づいた。

 ナイフを抜いて自分の衣服で拭き、イサキオスへ返却。

「悪いな。洗おうと思ったんだが」

「もう使わないのか?」

「こいつからもらうよ。もう必要なさそうだからな」

 死体はクロスボウを所持していた。矢もいくらか残っている。


 ヤンはぐっと腰をのばした。

「さて、ここからどう行くのが正解だと思う?」

「暗くてよく見えない」

「素直なヤツだな。ま、思い込みでアレコレ言わないだけマシか。もちろん見えない。だが、さっきのマヌケが来たのはあっち。馬車に矢が撃ち込まれたのもあっちから。となると答えは?」

「あっちだ」

「ご名答。こっちは風下だが、なるべく静かに行くぞ。デカい声で会話するのも禁止だ」

「ああ」

 だがヤンは、まったく声をひそめていなかった。近くに敵がいないと判断しているのだろう。

 歩きながら、ヤンはクロスボウの矢をしげしげと見つめた。

「こいつは頭をこすると火が出るタイプだな。最新式だ。ただの賊じゃねぇぞ」

「じゃあ誰なんだ?」

「あの娘っ子らは、隣の領地に売られる予定だった。だから現地のギルドが一枚噛んでるはずだ。金を払うのが惜しくなって強奪したか、あるいは別のギルドに情報が漏れて横取りされたか。いずれにせよロクな連中じゃねぇさ」

 ふと、一条の光が見えた。

 馬車が木にぶつかりでもして、御者の死体が草原に投げ出されたのだろう。そこから光が伸びている。少女たちがいるのもそこだ。

「へへへ、日頃の行いがいいと、神が味方しやがるぜ。行こう」

「ああ」

 神は味方ではない。そう反論しかけたが、イサキオスはぐっと飲み込んだ。いまは思想や信条について論争している場合ではない。


 しばらく進むと、屋敷に遭遇した。

 かがり火が焚かれているから、離れていてもすぐ見えた。見張りもいる。有力者の邸宅かもしれない。

 ヤンはやれやれと溜め息をついた。

「おそらく盗賊ギルドのアジトだな。いや、幹部の別荘か。どっちでも同じようなもんだが。お前ならどう攻める?」

 そんなことを聞かれても、イサキオスにはアイデアなどない。

「火でもつけるか?」

「いいアイデアだが、そのやり方だと中の娘っ子も死んじまうな」

「じゃあどうする?」

「俺なら無茶な戦いはしないね。いっぺん引き返して、ミゲルに事情を説明する」

 戦わないということだ。

 イサキオスはふんと鼻を鳴らした。

「歩いて帰るのか?」

「そうだ。酒もなくなっちまったことだしよ。だが、このまま帰るのはシャクだな。記念に一発くらい撃っておくか」

「おいおい……」

 するとヤンはクロスボウを構え、目を細めて狙いをつけた。少しふらふらしている。

 トリガーを引くとバネがあがり、矢が射出された。かと思うと見張りの一人が倒れた。

「お、当たっちまった。愛してるぜ、女神さまよ」

「女神って誰だよ?」

「なんでもいいから一番の美女を思い浮かべろ。そいつの十倍はキレイな女だ」

「……」

 そう言われても、イサキオスは幼馴染のリリスしか想像できなかった。もはや病気といっていい。

 ヤンはクロスボウに矢を装填し、ふたたび構えた。しょぼしょぼした目で狙いをつけ、二発目の発射。また見張りに命中させた。

「えーと、つまりどういうことだ? 見張りがふたりとも死んじまった。つまり堂々と近づいてもバレねぇってことだ。じつに驚きだ……」

「行くのか?」

「もちろんそうなる。女神さまも祝福してるぞ」

「そんなわけあるか」

 イサキオスの反論に、ヤンは苦い笑みを浮かべた。

「お前はシラフだからそんなことが言えるんだ。酒が足りねぇよ。酒はなぁ、なんというか……とにかくイイんだよ」

「分かったから行こうぜ」

「大事な話だぞ」


 盗賊ギルドも、まさか自分たちが襲撃されるとは思っていなかったのだろう。警備はおざなりだった。

 ドアを開くと、エントランスは無人。

 ふたりは声のするほうへ近づいていった。


「いいか? お前らは売られたんだ。遅かれ早かれ慰みものになる。ここで慣らしておいたほうがいいと思うぜ? なにせこのネロさまは優しいからな。従順な女には特にな」

 男の声がする。

 少女たちのすすり泣く声も。

「おいおい。そんなメソメソしてたらいい思い出にならないだろ? 笑えよ。悪い子にはお仕置きだぞ? ん?」

 とんだゲス野郎だ。

 笑い声もするから、仲間たちも全員同じ部屋に集まっているらしい。


 ヤンは肩をすくめた。

「楽しそうだな。俺たちも混ぜてもらおう」

「正気か?」

「バカ野郎。この俺がシラフに見えるのか?」

 もちろん見えない。

 イサキオスだって、このまま帰るつもりはない。ないが、しかし正面突破するつもりもなかった。

 なのにヤンが、計画もナシにコンコンとノックした。


「なんだ! いま重要な会議の最中だぞ!」

 お楽しみに水を差されたとでも思ったのだろう。男がイラ立たしげな態度でドアから顔を出した。その額にクロスボウが炸裂。床へ崩れ落ちた。

 やや遅れて、少女たちの悲鳴。

 いきなり始まってしまった。

「は? どこの組織だ!?」

 ヤンが悠長にクロスボウの再装填を始めたので、イサキオスはハルバードを構えて室内に突入した。

「女を返せ!」

「だからどこのモンだって聞いてんだよ!? ヒドラか? それとも番犬か?」

「イサキオスだ!」

 男たちは目をパチクリさせた。

 期待と異なる回答だったのだろう。

「オラァ」

 じれた下っ端がナイフを構えて襲い掛かってきた。

 ネロが「待て」と制するが、すでに遅かった。イサキオスの突き出した槍が、胴体に深々と突き刺さっていた。

 引き抜くと、男は膝から崩れ落ちた。

 残り四名。

「バカ野郎が! 相手が誰かも分かンねーのに仕掛けんなボケ!」

「けどネロさん、こいつ、話通じねーですよ!?」

「根気よく聞け」

「……」

 部下も困惑している。

 だからイサキオスは重ねてこう応じた。

「イサキオスだ」

「それはもう聞いた。こっちはどこの差し金か聞いてんだ」

「雇い主の名前は言えない」

「雇われてる? ヒドラか?」

「女を返せ! そうすれば見逃してやる!」

 すると男たちは面食らった顔をして、それから大笑いした。

「見逃す? 俺たちがブラック・ワイバーンだと知ってて言ってんのか?」

「誰だ?」

「どうやら知らねぇようだな。ここらを仕切ってる盗賊ギルドだよ。テメーは、絶対に手を出しちゃならねぇ相手を敵に回したってワケだ」

「女を返す気はないってことだな?」

「こいつ、ちっとも理解してねぇな……」

 盗賊ギルドのことなど知らない。だいたい、イサキオスには一般常識さえ備わっていないのだ。常人に通じるかもしれない脅しが、彼には通じない。

「ネロさん、やっちまいましょうぜ」

「仕方ねぇ。ぶっ殺せ」

 ナイフを手にしたチンピラ三名が、イサキオスを取り囲んだ。しかし最初に踏み込むのは危険だと分かっているらしく、他のメンバーを先に行かせようと互いに牽制している。

 イサキオスから仕掛けた。

 まっすぐに突き込み、槍による一撃。これはひらりと回避されてしまった。しかし構わず横へぶん回した。

「ぐがぁっ」

 斧がチンピラの胴体へ食い込んだ。

 イサキオスはもともと度胸のあるほうではなかった。なのだが、魔女との契約で再生能力を得て、しかも守護神ガーディアンに何度も半殺しにされてきた。命の奪い合いというものに対して、感覚が麻痺していた。

「ネロさん、こいつヤバいですよ!」

「うるせぇ! とっととヤれ!」

「うわあああっ!」

 やぶれかぶれの突撃。

 イサキオスは槍で貫いた。そして側面へ回り込もうとしていたもうひとりを、ハンマーでぶちのめした。

 戦闘不能。

 残り一名。

 するとネロは、あろうことか少女のひとりを人質に取り、ナイフを突きつけた。

「止まれ! 止まらねぇとこいつを殺す!」

「……」

 リリスの顔が思い浮かんだ。

 守ろうとした少女が、目の前で死体にされる。

 そう思うと体が固まって動けなくなった。

「そうだ、おとなしくしてろよ? いいか? この場はお前の勝ちってことにしといてやる。だが、おぼえておけ。ブラック・ワイバーンにケンカを売って生き延びたヤツはびゃっ」

 ネロの頭部に矢が突き刺さった。

 少女は悲鳴をあげることさえできず息を飲み、その場に崩れ落ちた。

「どうにも話が長ぇな。おい、娘っ子ども。喜べ。おうちに帰る時間だ」

 ヤンだ。

 クロスボウを肩に担ぎ、自慢の赤鼻を指でぽりぽりかいている。

 イサキオスはようやく我に返った。

「いたのか?」

「いたのか、じゃねぇだろ。つめてぇな。お前の戦いぶり、見せてもらったぜ。自分が傷つくことをまったく恐れてねぇ。イヤな戦い方だよ」

「褒めてるんだよな?」

「違う。あんなやり方、誰も幸せになれねぇよ。やめたほうがいい」

「……」

 イサキオスは、自分の弱さを自覚している。いまだって圧倒的に有利な武器で戦ったから勝てた。捨て身で挑まなければ、守りたいものを守れない。

「勝てたんだ。なんだっていいだろ」

「いずれ分かるさ。死ななけりゃの話だがな」


(続く)

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