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憎悪の戦士  作者: 不覚たん
青い風編
16/35

チェンジ

 翌日、別の農家もやってきて、大量の麦と野菜を置いて行った。

 そのとき連れてきた犬の足を回復魔法で治療してやったところ、大喜びで帰っていった。

 修道院の存在が、徐々に認知されている。


 一方、しかし修道院がまったく問題なく運営されているとは言い難かった。

「エイミー、悪いんだが夜中に走り回るのをやめてもらえないだろうか」

 昼食時、イサキオスはそう切り出した。

 昼食とはいえ、エイミーは食べない。一緒に座っているだけだ。

「うるさいですか?」

「うるさいっていうか、骨の音が響くからよ」

「でもでも! 私、昼はずっと地下にこもりっきりだから……」

「まあ、その辺は分からねぇでもねぇんだが。こっちはサバイバル生活が長くて、敏感になってるから」

「はい。じゃあ骨が鳴らないよう注意します……」

 しょげてしまった。

 見かねたアラクネが溜め息をついた。

「待ってください。エイミーさんは悪くありませんよ。イサキオスさんが神経質なだけです」

「なんだと……」

「ちょっとカタカタ鳴るくらいなんです? 気にしすぎなのでは?」

「外の世界じゃ、そういう音に気づけるかどうかが生死を分けるんだ。お前みたいに屋根のあるところで暮らしてたヤツには分からねぇと思うがな」

「だいたい、あなた切れても生えてくるんですから、いいじゃありませんか」

「ふざけんな。とんでもなく痛ぇんだぞ」

 勘違いしている。治るから痛くないというわけではない。

 なぜかシドが腕をさすってきたが、イサキオスは無視してエイミーに向き直った。

「とにかく、夜中に走るのは禁止だ。俺たちも走らねぇ。これなら平等だろ?」

「……」


 *


 昼食後、イサキオスはひとりで街へ来た。

 なんとなく、アラクネの稼ぎをアテにしたくなかったのだ。それでバケツ酒場を訪れた。


「ちょうどよかったな。いま新しい仕事が入ってきたばかりだ」

 隻眼のミゲルはそう切り出した。

「内容は?」

「隣の領地まで、キャラバンを護衛して欲しい。移動は馬車。帰りも歩く必要はない」

「なにを運ぶかは聞かないほうがいいんだろうな」

「ご名答。額は200リブラ。ただし参加できるのはひとりだけだ。本当は枠がふたつあったんだが、すでにひとつ埋まっちまったからな」

 つまり、見ず知らずの誰かと一緒に仕事をするということだ。魔女を同行させることはできない。

「どんなヤツなんだ?」

「自称クロスボウの名手って触れ込みだが……。まあ、よくいる冒険者だ。うちでは三回仕事を受けて、そのうち二回を成功させてる」

「一回は失敗してるのか?」

「失敗は誰にでもあるさ。あー、それと、前回ヒントを出したにも関わらず、まだ理解していない可能性があるから教えておくぞ。今回も裏で襲撃の仕事が来てる。ただ行って帰ってくるだけの仕事じゃない」

「バラして平気なのか?」

「平気さ。どっちにしろ俺の利益は変わらんからな」

 表情ひとつ変えずにそんなことを言う。

 イサキオスは席を立った。

「分かった。引き受ける。どこへ行けばいい?」

「街の外に馬車が停まってる。そこで合言葉を言え。『ワタリガラス』だ。間違えるなよ」

「ああ」


 *


 小さな馬車が停まっていた。

 馬は一頭。

 御者がひとり。

「なにか用か?」

 不愛想な御者に、イサキオスはこう応じた。

「カラスだ」

「ワタリガラスだったと思うが。まあいい。後ろから乗れ。すぐ出発する」


 後ろへ回りドアを開いた。

 その瞬間、イサキオスは顔をしかめた。

 クロスボウを携えた冒険者がひとりと、手足を縛られ怯えた表情の少女たちが乗せられていた。

「おい、なんだこれは?」

 クロスボウの男は肩をすくめた。

「誰に聞いてるんだ?」

「誰でもいい。なんのつもりだ?」

「おいおい。雇い主の事情を詮索するなんて、トーシロのやることだぜ。あんた、この仕事は初めてかい?」

「二回目だ」

「じゃあ俺のほうが先輩だな。いいか、トーシロ。ひとつ教えておいてやる。俺たちはただの労働者だ。なにも考えるな。考えるのは上の仕事だ」

 イサキオスが渋っていると、御者も後ろへ身を乗り出した。

「やる気がねぇならとっとと失せろ! こっちは急いでんだ」

「やるかバカ野郎!」

 ワゴンのドアを閉め、イサキオスはそのまま引き返した。


 *


 イサキオスはふたたびバケツ酒場へ乗り込んだ。

「仕事をキャンセルさせてくれ」

 ミゲルはおそらくこうなると分かっていたのだろう。余裕の笑みだ。

「お気に召さなかったようだな。普通ならキャンセル料を取るところだが、今回は特別に免除してやろう。それで? キャンセルだけして帰るつもりか?」

「襲撃の仕事があったよな? 枠はいくつ空いてるんだ?」

「ひとつだな。料金は75リブラ。金払いが渋いのは許してくれ。じつにケチな客でな」

「やるよ」

 この返事に、ミゲルはニヤリと笑った。

「いいだろう。日が暮れてから馬車が出る。合言葉は『シープ・ドッグ』。ちゃんと覚えられるか?」

「大丈夫だ。問題ない」

「おっといますぐ行くなよ。先発の馬車がまだ待ってる。行くなら教会が鐘を鳴らしてからだ。それまでどこかで暇をつぶすんだな」


 *


 金を節約したかったイサキオスは、噴水広場へやってきた。

 そこで教会の鐘の鳴るのを待つのだ。

「神々の森を守るため、義勇兵を募集する!」

 教皇庁の弁士がまだ演説を続けていた。よほど人が集まらないらしく、声をからしている。

 花売りの少女が近づいてきた。

「お花……お花はいりませんか?」

 今日もしおれた花を売り歩いている。

「悪いが金がない」

 すると少女はうつろな表情で向こうへ行ってしまった。

 あの馬車に乗せられていたのは、おそらくはこういう境遇の少女たちであろう。きっとどこかへ売られるのだ。いくら金のためとはいえ、そんなふざけた仕事に加担するつもりはない。


 やがて鐘が鳴ったので、イサキオスは街の外へ向かった。

 馬車が停まっていた。

「なんとかドッグだ」

「シープ・ドッグだぞ。モグリじゃないだろうな?」

「違う。乗ってもいいか?」

「後ろへ回れ」

 かくして後ろからワゴンのドアを開くと、中に三人の冒険者が座っていた。すべて中年男性。金額が金額だけに、どいつもやる気がなさそうだ。

「あんたが最後か。よろしくな」

「ずいぶんデカい武器だな。乗るのか?」

「ガハハ」

 最後のヤツは、あろうことか酒を飲んでいる。

 ハルバードは入らなかったので、馬車の上に括り付けた。


 やがて馬車が動き出した。

「しかしツイてねぇよな。たったの75リブラだとよ。俺もあっちの仕事がしたかったぜ」

「200リブラだもんな。ちょっと出遅れただけでこのザマだ」

 この男たちは、仕事の内容などどうでもいいらしかった。大事なのは金額だ。

 イサキオスは黙っていた。


 先発した馬車には、二名の護衛がいる。

 対する後発は四名。

 数の上では有利。

 しかし士気が低かった。それにどいつもロクな武器を持っていない。


「おい、若いの。ずいぶん無口だな。この仕事は初めてか?」

「二回目だ」

「なら新人ってことだな。先輩からの忠告だ。敵を見つけたら、お前が最初に突入しろ。それがルールだ。返事は?」

「ああ、そうするよ」

 言われずとも最初に仕掛けるつもりでいた。

 こんな連中などアテにしていない。

 男は満足したのか「素直じゃねぇか」とふんぞり返った。


 先発の馬車は、どこかで休憩をとるはずだという。

 そこを襲撃し、少女たちを回収する。

 護衛と御者の命を奪ってもいいが、少女たちを傷つけてはならない。そういう契約だ。


 酒を飲んでいた男が眠りに落ち、他の二名も完全に気を抜いていた。

 もちろんイサキオスもうんざりだ。すでに会話もなく馬車に揺られているだけ。眠るのが正解であろう。


 ふと、馬車の速度が落ちたかと思うと、御者が不安そうな顔で振り返った。

「なにかおかしい。この先で火の手があがってる」

 すでに日は没している。

 だからなにかが燃えているのはイサキオスにも見えた。

 この先は道である。ずっと道だ。燃えるようなものはないはず。


 到着して見ると、先発の馬車が燃やされていた。御者も護衛もすでに死体となっており、少女たちはどこかへ連れ去られていた。何者かに横取りされたらしい。

 御者が舌打ちした。

「クソ、先を越されたな」

 これに男の一人が肩をすくめた。

「じゃ、仕事は終わりってことでいいのか?」

「そんなワケあるか。追うんだよ」

「どうやって?」

「こうするんだ」

 御者はふところから宝石を取り出し、夜空へ掲げた。すると宝石が発光し、ある一方向を指し示した。

 探知のアイテムだ。

「あっちだ。馬車に戻れ。あとを追うぞ」

「ったく、たいした大仕事だぜ」


 馬車は道を逸れ、草原を走りだした。

 きちんと整備された道と違い、ガタガタ揺れる。

「おいおい、これじゃあケツがふたつに割れちまうぜ」

「ガハハ!」

 中年たちもテンションがあがっている。

 イサキオスも特に警戒した。

 横取りした連中は、追走されていることを知らないはずだ。あまり急いでいないかもしれない。意外とすぐに追いつく可能性がある。


 トッと音がした。

 なにかがワゴンに突き刺さったらしい。かと思うと、パキリと小さな音がした。その後もパキパキとかすかに音を立てている。そこへまたトッと音がした。

 不審に思った男のひとりが、ワゴンから身を乗り出して御者に尋ねた。

「おい、なんか変じゃないか? おい。なあ……あれ?」

 御者はぐったりしていた。頭部に矢が刺さっている。

「死んでるぞ! つーかこの馬車、燃えてねぇか?」

 火矢だ。

「おい馬車止めろ!」

「どうやって!?」

「馬を殺せ! 馬を!」

 男たちはパニックになっていた。

 イサキオスはドアを開き、身を乗り出して屋根の上へあがった。

 ワゴンの側面に刺さった火矢にあぶられ、木が焦げている。遠からず大炎上するだろう。腰のナイフでロープを切ってハルバードを回収し、イサキオスはそのまま大地へ降り立った。もちろん派手に転んで各部にダメージを負ったが、もげていないからじっとしていれば回復する。

「クソ、すげぇ痛ぇ……」

 馬車はかなりのスピードが出ていた。

 同乗していた冒険者たちは、もしかすると大変なことになるかもしれない。


 などと思っていると、酒飲みの冒険者がふらふらやってきた。

「若ぇの、なかなかやるじゃねぇか。いい度胸だ。ん? まさか死んでねぇよな?」

「生きてる。寝てれば治る」

「ガハハ! そりゃいい」

 見たところ男は無傷だ。髪のないつるつるした頭で、表情は酒のせいか眠たげ。うだつのあがらなそうな風体の男だ。

 イサキオスが立ち上がろうとすると、男は手で制した。

「まだ寝てろ。射手がひそんでる」

「あんたは?」

「俺には神の加護がある。それも、とびきり美しい女神だ。たぶんな」

 するとヒュンと矢が飛来した。

 男は「うーん」とふらつきながら回避。わざとなのか偶然なのかは分からない。

「おっと、いかん。武器を置いてきちまった。若ぇの、なんかねぇか?」

「ナイフしかない」

「そいつでじゅうぶん。安心しろ。あとで返す。ちゃんと洗ってからな。ガハハ!」

 しゃがんだ男の頭上を、矢が通り抜けた。


(続く)

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