裏と表
枯れ木と生木の区別もつかなくなっていたので、適当に集めてキャンプを始めた。シドの魔法のおかげで火はついたものの、白い煙がもうもうとあがった。
「パンがあるぜ。食えよ」
「うん……」
イサキオスの差し出したパンを、シドはびくびくしながら受け取った。あれだけ魔法を使いこなせているのに、他人が怖いらしい。
「なんだこのパン。ちっともカタくねぇな。まさか腐ってねぇよな?」
「大丈夫……のはず……」
「まあそうだよな」
口へ運ぶと、ほとんど抵抗なく噛み切れた。
しっとりしていて、ほのかなあまみもある。
「うめぇ。あの女、天才だったのか」
「あの女……?」
「仲間の修道女だ。性格はアレだが、そのほかはたぶん優秀なんだと思う。文字も読めるしな」
するとシドは、ぎょっとした顔でイサキオスを見た。
「文字……読めないの……?」
「いや、少しは読める。自分の名前くらいはな。あとはパンとビール、プディング……。複雑じゃなきゃ読める。いいだろ、別に」
「いい……けど……」
シドは両手でパンを持って、少しずつ齧っている。小動物のようだ。
「ピクルスもあるぜ」
「いらない……」
「水は?」
「飲む……」
水筒を突き出すと、シドは何度も拭いてから口にした。
返却されたイサキオスはやや渋い表情だ。
「ま、レミが治るまで我慢してくれ。あの婆さんが言った通り、俺は紳士だからな」
「うん……優しい……」
「ふん」
ジョークも皮肉も通じそうにない。
イサキオスは焚き火を少しいじり、周囲の暗闇を見回した。特に気配はない。遠くから響くフクロウの鳴き声が、心を落ち着かせてくれる。
しかしイサキオスが視線を戻すと、シドが不気味な笑みを浮かべていたので、思わずぎょっとした。
「なんだ? なにかおかしいか?」
「うん……」
「なんだよ? 言えよ?」
すると彼女は、さらにニタリと口元をゆがめ、こう応じた。
「レミ、きっと試験に合格できないと思う……」
「そうか? まあ、さっきは確かに危なかったが……」
「違うの。半分はレミに実力がないせい……。もう半分は、あなたが弱いせい……」
図星を突いてくる。
しかしイサキオスが弱いことと、レミの試験と、なにの関係があるというのだろうか。
「俺が強ければ、あいつが合格するってのか?」
「ううん……。レミも弱いからダメ……」
「そいつはどうしようもないな」
「ふたりとも弱いのに、お互いを守ろうとしてた……。おかしい……」
シドはくすくすと笑った。
イサキオスだって強くなりたいと思っている。そのための修行もした。それでも、圧倒的な才能の壁を超えられなかったのだ。だから魔女と契約した。怪我が修復する。その代わり、魂を失う。おかげで身体の内側がよくないもので満たされている感覚がある。
魔物になってしまう前に、神を殺さねばならない。
イサキオスは、だからこう言い返してやった。
「お前がピンチになっても守る。そういうもんだ。目の前で死なれたくねぇからな」
「えっ……。ボクを……守る……?」
「もしもの話だ」
「ホントに? ボクのこと……守ってくれる……?」
「そうなったらな」
「もし世界が終末を迎えて……魔王が襲ってきても……守ってくれる……?」
「終末? ま、まあもしそのときはな。その代わり、俺がピンチになったらお前が守るんだぞ」
「うん……」
座りながら少し跳ねている。なにかに興奮しているらしい。
イサキオスは溜め息をつき、焚き火に背を向けて横になった。
「もう寝る。お前も休んでくれ」
「うん……」
*
朝、イサキオスは頬をつつかれて目を覚ました。
満面の笑みのシドが覗き込んでいる。
「えへへ……朝……だよ……?」
「おう……」
妙になれなれしい。
すでに火がおこされ、トカゲが串焼きになっていた。
「よかったら食べて……?」
「ほう、こいつは豪勢だな。パンもあるぞ」
「食べる……」
「さすがにカタくなってやがるな」
「えへへ」
シドはずっと笑っている。
朝食を終え、ふたりは森を進み始めた。
刺客の気配はない。
「ね、その荷物……」
シドが、イサキオスの腰巾着に顔を近づけた。
「触るなよ。危ないものかもしれないから」
「うん……。でもね……魔力の感じがする……」
「魔力?」
となると薬品類ではないということだ。財宝でもない。
遺跡が見えてきた。
石の積み上げられた巨大な建造物だ。しかしほとんど朽ちており、だいぶ草木に浸食されていた。
「えーと、ここか。クソ、こんな地図で着けたのが奇跡だぜ」
イサキオスが苦情を口にしていると、遺跡の奥からローブの青年が現れた。刺繍の入った高級そうなローブだが、しかし砂埃でだいぶ汚れている。ここで生活しているようだ。
「やれやれ。やっと荷物のご到着だ」
「こいつを渡すように言われた」
「結構」
男は袋を受け取るや、中から小瓶を取り出した。透明な瓶だ。内部の液体が青色に発光している。
彼はそれを太陽にかざして見せた。
「こいつがなんだか分かるか? エーテルさ」
「悪いが、こっちは学がないんだ。説明されても分からない」
「理想的な運び屋だな。気に入ったよ。ミゲルに伝えておいてくれ。この調子で荷物をよこさないと、いつまで経っても作業が終わらんとな」
「こんなところになにがあるんだ?」
「その質問はすべきじゃないな。だが、教えてやる。今日は気分がいい。中にゴーレムがいる。そしてエーテルで動く。動くはずなのだ。私の理論が正しければな。ともかく、エーテルがなかったせいで作業が進まなかった。私の才能を空費させたというわけだ。いいか、くれぐれもミゲルに伝えておいてくれよ? エーテルを、すぐに、何度でも送ってくるように、と」
「伝えておくよ」
「結構。ではこのサインを受け取ってくれ。ミゲルが報酬に変えてくれるはずだ。ケチな領主や教皇庁と違って、大学は報酬を渋ったりしないからね」
どうやら大学の人間らしい。
イサキオスは手をヒラヒラ振り、遺跡をあとにした。
シドがぐっと近づいてきた。
「ゴーレムだって……ボク、興奮しちゃう……」
「ただの石のバケモンだろ?」
「おっきいの好きなの……」
「そうか」
なら守護神のことも気に入るかもしれない。
*
日が暮れる前に街へ戻ることができた。
イサキオスはバケツ酒場へ向かうと、まっすぐミゲルの席へやってきた。
いつ来ても薄暗い。
「荷物は届けた。これがサインだ」
するとミゲルは満足げに笑みを浮かべ、革袋に入った銀貨をテーブルに置いた。
「ぜひ受け取ってくれ。数ヶ月ぶりの荷物で、彼らもずいぶん満足していたことだろう」
「まだ足りない様子だったが」
「次もあんたが引き受けてくれると嬉しいんだがな」
「もっといい仕事を回してくれるって話だ」
これにミゲルは肩をすくめた。
「そう焦るなよ。だいたい、こっちだって情報をつかんでないんだ。いきなり800リブラ出されたところで、なにも教えてやれない」
「いつならいいんだ?」
「そのときになったらちゃんと知らせる」
「じゃあ次の仕事は?」
「荷物運びだ。100リブラ」
「話が違うぞ」
「なら別の仕事もある。150リブラ」
「内容は?」
イサキオスはつい身を乗り出した。金が欲しくてたまらない。
ミゲルはフッと笑った。
「近々、西の遺跡に荷物を運ばれる予定になってる。そいつをぶんどってここまで持って来て欲しい。運び屋の生死は問わない。どうだ?」
「おい、それって……」
ミゲルは大袈裟に両腕を開いて見せた。
「勘違いするな。俺たちは、依頼主から来た仕事を、あんたら労働者に斡旋してるだけだ。イヤなら受けなくていいんだぜ」
「少し考えさせてくれ」
「慎重なのは悪いことじゃない。だが、仕事をしないヤツは信用しない。それだけだ」
*
その後、イサキオスはまともな酒場に入り直し、シドにレモネードを飲ませた。
「わあ、おいしい……」
足をバタつかせて喜んでいる。
本当ならレミに飲ませるはずだったのだが。
そう考えるとイサキオスは自己嫌悪におちいりそうだった。
ビールを一口やりつつ、今回の仕事を思い返した。
ミゲルは、あるものには荷物の運搬をやらせ、あるものにはその襲撃をやらせていた。
どちらの仕事が成功しようが、上前をハネて儲かる仕組みだ。
ともあれ、隠すことなく事実を伝えてくれたのは、今回の仕事を成功させたからだろう。少なからず信頼を得たということだ。
*
修道院に戻ると、アラクネが出迎えた。
「んんっ!? 誰ですかその子は! 聖女さまは!?」
目を丸くしている。
イサキオスはハルバードを壁に立てかけ、どっと椅子へ腰をおろした。
「あいつの代わりだ。怪我させちまったからな」
「はい? 怪我? あなた、聖女さまを傷物にしたのですか? 信じられない!」
「たいした怪我じゃない。例の婆さんが治療してる」
「それでこの子が?」
シドはおずおずといった様子で入ってきた。
「あの……シドです……」
上目遣いでアラクネの機嫌をうかがっている。
そのアラクネは、値踏みするようにいろんな角度からシドを見た。
「ずいぶんかわいらしい子……。分かりました。私の修道院への滞在を許可しましょう。地下でちょっと個性的な仲間が働いていますが、驚かないでくださいね」
「はい……聞いてます……」
いきなりスケルトンに出くわしたら、なにが起こるか分かったものではない。もし稲妻を放たれたら、この修道院ごと崩壊しかねないのだ。
アラクネはガックリと肩を落とした。
「はあ、聖女さまとお会いできると思ってましたのに……」
「そう言うな。ところで腹減ったんだが、メシはあるか?」
イサキオスの態度に、アラクネはにわかに表情を消し、手を伸ばした。
「私はあなたのママになったつもりはないのですが」
「だがシスターではあるだろ? その手はなんだ?」
「仕事の報酬です」
「は?」
イサキオスの全財産を没収するつもりだ。
アラクネはつめたい目をしている。
「ひとりの財産は、家族の財産です。お金の管理は私がします」
「い、いや……これは計画に必要な金なんだ」
「なんの計画です?」
「情報屋に払うんだ。800リブラ」
「そういうことは事前に言っておいてください。いずれにせよ回収します。ご安心ください、あなたの帳簿につけておきますから。それとも、ここでパンとスープを供されるたび、あなただけお金を支払いますか?」
舌戦で勝てるわけがない。
「クソ、もってけ」
「まるで駄々っ子ですね。いいですか? 私は私腹を肥やすために言っているのではありません。この銀貨が、やがて800リブラに化けることだってあるのです」
「どういう意味だ?」
アラクネはふっと笑った。悪い顔をしている。
「まさか忘れていませんよね? 私たちはビールを造っているのですよ? そして堕落した冒険者たちは、昼間からビールを飲み続ける……。いくらあっても足りないくらい。そう。水で薄めてもなお、ね……」
密造酒をサバくつもりだ。
イサキオスが返事をできずにいると、アラクネはうっすら笑みを浮かべ、静かにメガネを押しあげた。
「お金、必要なんですよね? ならば私にお任せを。人はお酒をやめることができませんから。ふふふ……」
(続く)




