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憎悪の戦士  作者: 不覚たん
青い風編
15/35

裏と表

 枯れ木と生木の区別もつかなくなっていたので、適当に集めてキャンプを始めた。シドの魔法のおかげで火はついたものの、白い煙がもうもうとあがった。

「パンがあるぜ。食えよ」

「うん……」

 イサキオスの差し出したパンを、シドはびくびくしながら受け取った。あれだけ魔法を使いこなせているのに、他人が怖いらしい。

「なんだこのパン。ちっともカタくねぇな。まさか腐ってねぇよな?」

「大丈夫……のはず……」

「まあそうだよな」

 口へ運ぶと、ほとんど抵抗なく噛み切れた。

 しっとりしていて、ほのかなあまみもある。

「うめぇ。あの女、天才だったのか」

「あの女……?」

「仲間の修道女だ。性格はアレだが、そのほかはたぶん優秀なんだと思う。文字も読めるしな」

 するとシドは、ぎょっとした顔でイサキオスを見た。

「文字……読めないの……?」

「いや、少しは読める。自分の名前くらいはな。あとはパンとビール、プディング……。複雑じゃなきゃ読める。いいだろ、別に」

「いい……けど……」

 シドは両手でパンを持って、少しずつ齧っている。小動物のようだ。

「ピクルスもあるぜ」

「いらない……」

「水は?」

「飲む……」

 水筒を突き出すと、シドは何度も拭いてから口にした。

 返却されたイサキオスはやや渋い表情だ。

「ま、レミが治るまで我慢してくれ。あの婆さんが言った通り、俺は紳士だからな」

「うん……優しい……」

「ふん」

 ジョークも皮肉も通じそうにない。

 イサキオスは焚き火を少しいじり、周囲の暗闇を見回した。特に気配はない。遠くから響くフクロウの鳴き声が、心を落ち着かせてくれる。

 しかしイサキオスが視線を戻すと、シドが不気味な笑みを浮かべていたので、思わずぎょっとした。

「なんだ? なにかおかしいか?」

「うん……」

「なんだよ? 言えよ?」

 すると彼女は、さらにニタリと口元をゆがめ、こう応じた。

「レミ、きっと試験に合格できないと思う……」

「そうか? まあ、さっきは確かに危なかったが……」

「違うの。半分はレミに実力がないせい……。もう半分は、あなたが弱いせい……」

 図星を突いてくる。

 しかしイサキオスが弱いことと、レミの試験と、なにの関係があるというのだろうか。

「俺が強ければ、あいつが合格するってのか?」

「ううん……。レミも弱いからダメ……」

「そいつはどうしようもないな」

「ふたりとも弱いのに、お互いを守ろうとしてた……。おかしい……」

 シドはくすくすと笑った。

 イサキオスだって強くなりたいと思っている。そのための修行もした。それでも、圧倒的な才能の壁を超えられなかったのだ。だから魔女と契約した。怪我が修復する。その代わり、魂を失う。おかげで身体の内側がよくないもので満たされている感覚がある。

 魔物になってしまう前に、神を殺さねばならない。

 イサキオスは、だからこう言い返してやった。

「お前がピンチになっても守る。そういうもんだ。目の前で死なれたくねぇからな」

「えっ……。ボクを……守る……?」

「もしもの話だ」

「ホントに? ボクのこと……守ってくれる……?」

「そうなったらな」

「もし世界が終末を迎えて……魔王が襲ってきても……守ってくれる……?」

「終末? ま、まあもしそのときはな。その代わり、俺がピンチになったらお前が守るんだぞ」

「うん……」

 座りながら少し跳ねている。なにかに興奮しているらしい。

 イサキオスは溜め息をつき、焚き火に背を向けて横になった。

「もう寝る。お前も休んでくれ」

「うん……」


 *


 朝、イサキオスは頬をつつかれて目を覚ました。

 満面の笑みのシドが覗き込んでいる。

「えへへ……朝……だよ……?」

「おう……」

 妙になれなれしい。

 すでに火がおこされ、トカゲが串焼きになっていた。

「よかったら食べて……?」

「ほう、こいつは豪勢だな。パンもあるぞ」

「食べる……」

「さすがにカタくなってやがるな」

「えへへ」

 シドはずっと笑っている。


 朝食を終え、ふたりは森を進み始めた。

 刺客の気配はない。

「ね、その荷物……」

 シドが、イサキオスの腰巾着に顔を近づけた。

「触るなよ。危ないものかもしれないから」

「うん……。でもね……魔力の感じがする……」

「魔力?」

 となると薬品類ではないということだ。財宝でもない。


 遺跡が見えてきた。

 石の積み上げられた巨大な建造物だ。しかしほとんど朽ちており、だいぶ草木に浸食されていた。

「えーと、ここか。クソ、こんな地図で着けたのが奇跡だぜ」

 イサキオスが苦情を口にしていると、遺跡の奥からローブの青年が現れた。刺繍の入った高級そうなローブだが、しかし砂埃でだいぶ汚れている。ここで生活しているようだ。

「やれやれ。やっと荷物のご到着だ」

「こいつを渡すように言われた」

「結構」

 男は袋を受け取るや、中から小瓶を取り出した。透明な瓶だ。内部の液体が青色に発光している。

 彼はそれを太陽にかざして見せた。

「こいつがなんだか分かるか? エーテルさ」

「悪いが、こっちは学がないんだ。説明されても分からない」

「理想的な運び屋だな。気に入ったよ。ミゲルに伝えておいてくれ。この調子で荷物をよこさないと、いつまで経っても作業が終わらんとな」

「こんなところになにがあるんだ?」

「その質問はすべきじゃないな。だが、教えてやる。今日は気分がいい。中にゴーレムがいる。そしてエーテルで動く。動くはずなのだ。私の理論が正しければな。ともかく、エーテルがなかったせいで作業が進まなかった。私の才能を空費させたというわけだ。いいか、くれぐれもミゲルに伝えておいてくれよ? エーテルを、すぐに、何度でも送ってくるように、と」

「伝えておくよ」

「結構。ではこのサインを受け取ってくれ。ミゲルが報酬に変えてくれるはずだ。ケチな領主や教皇庁と違って、大学は報酬を渋ったりしないからね」

 どうやら大学の人間らしい。

 イサキオスは手をヒラヒラ振り、遺跡をあとにした。


 シドがぐっと近づいてきた。

「ゴーレムだって……ボク、興奮しちゃう……」

「ただの石のバケモンだろ?」

「おっきいの好きなの……」

「そうか」

 なら守護神ガーディアンのことも気に入るかもしれない。


 *


 日が暮れる前に街へ戻ることができた。

 イサキオスはバケツ酒場へ向かうと、まっすぐミゲルの席へやってきた。

 いつ来ても薄暗い。

「荷物は届けた。これがサインだ」

 するとミゲルは満足げに笑みを浮かべ、革袋に入った銀貨をテーブルに置いた。

「ぜひ受け取ってくれ。数ヶ月ぶりの荷物で、彼らもずいぶん満足していたことだろう」

「まだ足りない様子だったが」

「次もあんたが引き受けてくれると嬉しいんだがな」

「もっといい仕事を回してくれるって話だ」

 これにミゲルは肩をすくめた。

「そう焦るなよ。だいたい、こっちだって情報をつかんでないんだ。いきなり800リブラ出されたところで、なにも教えてやれない」

「いつならいいんだ?」

「そのときになったらちゃんと知らせる」

「じゃあ次の仕事は?」

「荷物運びだ。100リブラ」

「話が違うぞ」

「なら別の仕事もある。150リブラ」

「内容は?」

 イサキオスはつい身を乗り出した。金が欲しくてたまらない。

 ミゲルはフッと笑った。

「近々、西の遺跡に荷物を運ばれる予定になってる。そいつをぶんどってここまで持って来て欲しい。運び屋の生死は問わない。どうだ?」

「おい、それって……」

 ミゲルは大袈裟に両腕を開いて見せた。

「勘違いするな。俺たちは、依頼主から来た仕事を、あんたら労働者に斡旋してるだけだ。イヤなら受けなくていいんだぜ」

「少し考えさせてくれ」

「慎重なのは悪いことじゃない。だが、仕事をしないヤツは信用しない。それだけだ」


 *


 その後、イサキオスはまともな酒場に入り直し、シドにレモネードを飲ませた。

「わあ、おいしい……」

 足をバタつかせて喜んでいる。

 本当ならレミに飲ませるはずだったのだが。

 そう考えるとイサキオスは自己嫌悪におちいりそうだった。

 ビールを一口やりつつ、今回の仕事を思い返した。


 ミゲルは、あるものには荷物の運搬をやらせ、あるものにはその襲撃をやらせていた。

 どちらの仕事が成功しようが、上前をハネて儲かる仕組みだ。

 ともあれ、隠すことなく事実を伝えてくれたのは、今回の仕事を成功させたからだろう。少なからず信頼を得たということだ。


 *


 修道院に戻ると、アラクネが出迎えた。

「んんっ!? 誰ですかその子は! 聖女さまは!?」

 目を丸くしている。

 イサキオスはハルバードを壁に立てかけ、どっと椅子へ腰をおろした。

「あいつの代わりだ。怪我させちまったからな」

「はい? 怪我? あなた、聖女さまを傷物にしたのですか? 信じられない!」

「たいした怪我じゃない。例の婆さんが治療してる」

「それでこの子が?」

 シドはおずおずといった様子で入ってきた。

「あの……シドです……」

 上目遣いでアラクネの機嫌をうかがっている。

 そのアラクネは、値踏みするようにいろんな角度からシドを見た。

「ずいぶんかわいらしい子……。分かりました。私の修道院への滞在を許可しましょう。地下でちょっと個性的な仲間が働いていますが、驚かないでくださいね」

「はい……聞いてます……」

 いきなりスケルトンに出くわしたら、なにが起こるか分かったものではない。もし稲妻を放たれたら、この修道院ごと崩壊しかねないのだ。


 アラクネはガックリと肩を落とした。

「はあ、聖女さまとお会いできると思ってましたのに……」

「そう言うな。ところで腹減ったんだが、メシはあるか?」

 イサキオスの態度に、アラクネはにわかに表情を消し、手を伸ばした。

「私はあなたのママになったつもりはないのですが」

「だがシスターではあるだろ? その手はなんだ?」

「仕事の報酬です」

「は?」

 イサキオスの全財産を没収するつもりだ。

 アラクネはつめたい目をしている。

「ひとりの財産は、家族の財産です。お金の管理は私がします」

「い、いや……これは計画に必要な金なんだ」

「なんの計画です?」

「情報屋に払うんだ。800リブラ」

「そういうことは事前に言っておいてください。いずれにせよ回収します。ご安心ください、あなたの帳簿につけておきますから。それとも、ここでパンとスープを供されるたび、あなただけお金を支払いますか?」

 舌戦で勝てるわけがない。

「クソ、もってけ」

「まるで駄々っ子ですね。いいですか? 私は私腹を肥やすために言っているのではありません。この銀貨が、やがて800リブラに化けることだってあるのです」

「どういう意味だ?」

 アラクネはふっと笑った。悪い顔をしている。

「まさか忘れていませんよね? 私たちはビールを造っているのですよ? そして堕落した冒険者たちは、昼間からビールを飲み続ける……。いくらあっても足りないくらい。そう。水で薄めてもなお、ね……」

 密造酒をサバくつもりだ。

 イサキオスが返事をできずにいると、アラクネはうっすら笑みを浮かべ、静かにメガネを押しあげた。

「お金、必要なんですよね? ならば私にお任せを。人はお酒をやめることができませんから。ふふふ……」


(続く)

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