閃光の魔女
噴水広場で待っていると、花売りの少女が近づいてきた。
「お花……お花を買ってくれませんか?」
みすぼらしい恰好で、カゴいっぱいのしおれた花を売り歩いている。
あまりに幼い。背もイサキオスの半分くらいしかない。
ふと、幼馴染のリリスを思い出した。顔立ちはまったく違うのだが、彼女もどこか厭世的な表情をしていた。この世界に対して、あくまで空虚だったのだ。じつはイサキオスもほとんど相手にされていなかった。一方的に恋心のようなものを寄せていただけだ。
「いくらだ?」
「お金はいりません。その代わり、これを」
すると少女は、カゴの底から小袋を取り出し、イサキオスへ手渡した。触った感じでは、ごく堅い球体のようである。
「これが地図です」
「分かった。わざわざ悪いな」
「いいえ」
少女が立ち去ろうとしたので、イサキオスはつい呼び止めた。
「なあ、暮らしが大変なのか? もしつらかったら、街の外にある修道院に来てくれ。メシくらいなら用意できる」
「はい」
か細い声で返事をして、少女は行ってしまった。
もやもやしたものを抱えつつ、イサキオスは修道院に帰った。
レミが猛ダッシュで駆け寄ってきた。
「あーっ! やっと戻ってきた! いままでどこ行ってたのよ!? まさか女遊びじゃないでしょうね?」
「そんな金どこにあるんだよ」
「あったら行くの? 本気?」
「そんなこと言ってないだろ。それより、ちょっと付き合ってくれないか。出かけるところがある」
レミは地団駄を踏んだ。
「自分勝手! ちゃんと説明して!」
「街に行ってきたんだ。で、バケツ酒場で……」
「行ったの? バカじゃないの! で、なに? 有り金巻き上げられてすごすご帰ってきたワケ?」
「いや、仕事を受けたんだ。こいつを目的地まで運んでくれって」
「どうしようもないバカね! なんでそんな怪しい仕事受けるのよ! 衛兵に捕まったらどうするつもり?」
「衛兵ってよりは、盗賊に警戒したほうがいいだろうな。目的地はここだ。分かるか?」
イサキオスが地図を広げると、レミは斜めになって紙を覗き込んだ。
「えーと、こっちが北だから……」
「なぜ分かる?」
「この記号で分かるの。こっちが北。で、目的地は西だから……遺跡のあるところかな」
「一緒に来てくれないか?」
「もちろん行くわよ! あたしはあんたの護衛なんだから! なにかあったらばばさまに怒られちゃう」
「悪いな」
「終わったらレモネードおごりなさいよね」
「ああ」
100リブラのうち、2リブラの用途が決まってしまった。800リブラまでの道は遠い。
奥の部屋からアラクネも現れた。
「まさか、ふたりでお出かけですか? 私を置いて?」
「悪いが、エイミーだけ残しておくわけにはいかない」
「もちろんです。それに、彼女のビール造りには私のサポートが必要なようですから」
「自分じゃ飲めもしないのにな」
エイミーは食事をとらない。ビールも飲めない。ほとんど生前の執念だけで作業を始めていた。
アラクネは肩をすくめた。
「パンも焼いたので、持って行ってください。街で売られているものよりおいしいはずですから」
「なんでもできるんだな」
「やっと私の有能さに気づきましたね?」
「ああ、やっとな」
*
パンを受け取り、イサキオスとレミは西の遺跡へと出発した。
修道院は街の南にある。だから西へはまっすぐ向かえる。
「なあ、魔女ってのは飛べるんじゃないのか?」
「飛べるけど、簡単じゃないの」
「お前の姉は飛んでたぞ」
イサキオスがその話題を出した途端、レミは不機嫌そうに頬を膨らませた。
「あんなのと一緒にしないで! あいつ、魔法しか能がないんだから」
「でも助けられたぜ?」
「あんたはあいつの本性を知らないからよ。きっと裏で笑いものにしてるわ」
「笑われるくらいなんだよ。ひとりで蟹を始末したのに、1リブラも請求してこなかったんだぜ? きっと聖女だよ」
「そうね。聖女さまね。そのまま魔女を引退して欲しいくらいだわ」
よほど仲がよくないらしい。
広大な麦畑を抜け、森へ入った。
神の森とは違い、自然の森だ。いちおう道らしきものはある。あるが、どこへつながっているかは分からない。
「西だよな?」
「西だよ。あっちに太陽が落ちてるもん」
「そうだよな。ホント、お前がいてくれて助かったぜ。俺なんて地図さえロクに読めねぇんだからよ」
するとレミは急に元気を取り戻したらしく、いきなり胸を張った。
「そうよ! やっと理解したのね! あたしは優秀なの!」
「認めるよ」
それは本心だった。
ひとりではどれもうまく行かなかっただろう。
この態度に、レミは心配そうな表情を見せた。
「あら、殊勝ね。でもどうしたの? さっきだってアラクネにあんなこと言って」
「事実ってのを受け入れただけだ。俺は文字も読めなきゃ、パンだって焼けねぇ。もちろん割り算もな」
「人の気持ちも分からないし、礼儀だってわきまえてないわね。あと髪もボサボサ」
「復讐に必要のないものは、ぜんぶ諦めてきたからな」
「それにしたって文字くらい読めたほうがいいわよ」
「あと地図もな」
「どうやって生きてきたの?」
それを話すと長くなる。
だからイサキオスは、簡単に済ませることにした。
「死ななかっただけだ」
「……」
レミは一瞬沈黙したが、みるみる体を震わせた。
「ぴゃーっ! なにいまの! 『死ななかっただけ』だって! カッコつけちゃって! ウケる!」
「お前、そんなに笑うことないだろ。姉のこと言えないぞ……」
「違う! あんなのと一緒にしないで! あいつ、ヤギのときずっとケラケラ笑ってて……。いま思い出してもムカつく!」
おそらくヤギを使った儀式のことだろう。
日が暮れかけてきた。
地図が大雑把すぎて目的地がどこだか分からないが、それだけにうかつに移動できなかった。
「今日はここでキャンプにするか」
「じゃあ枯れ枝探しましょ」
「そうだな」
とはいえまだ春だ。焚き木にふさわしい枝はそうそう見つからないであろう。
パキリ、と、遠方で音がした。
何者かが枝を踏んだ。
イサキオスもレミも音の方向へ視線を向けた。が、すでに森は夕闇である。ほとんどなにも見えない。
「なあ、探知の魔法が使えるんだったよな?」
「それは教わってないって言ったでしょ」
「じゃあどんな魔法だったら使えるんだ?」
「いつも火をおこしてあげてる」
「ほかは?」
「杖で樹木を操れる……」
「あとは?」
「うるさい! 魔女の秘術をそうそう教えるわけないじゃない! あ、バリア! 魔法のバリアが使えるわ! なに、不満? じゅうぶんでしょ!?」
つまり杖なしでは、火炎とバリアしか使えないということだ。
イサキオスはしかし笑わなかった。
「なにかいる。バリアの準備をしておいてくれ」
「なにかってなに? どうせシカでしょ?」
だが、シカではなかった。
ピュウと甲高い口笛がしたかと思うと、四方から覆面の盗賊が襲い掛かってきた。
「きゃっ」
レミが怖がって身を伏せたので、イサキオスは遠慮なくハルバードを振り回した。その豪快な円軌道は盗賊たちを委縮させたが、斧部分が木に炸裂してしまい、カーンと小気味よい音を立てた。夜の鳥がバサバサと飛び去ってゆく。
「あっ……」
「なにやってんのよバカ!」
すると盗賊も「いまだやれ!」と突進を再開。
そんな彼らを強烈な熱風が襲った。
ごうと炎があがり、とっさに四人を同時に吹き飛ばした。三名の炎はすぐに消えたが、引火してしまった一名は大声でわめきながら地面をのたうった。
「魔法使いがいるぞ!」
「こしゃくな」
ひるんでいる隙に、イサキオスも斧を引き抜いた。
狭い場所でハルバードを振り回すのは得策ではない。短く持って戦わなくては。
ふと、カッと音がした。イサキオスのすぐ脇の樹木だ。ナイフが突き刺さっている。暗いのが幸いして敵が狙いを外したらしい。が、続けて別の樹木にナイフが刺さった。
「えっ? なに? なんの音?」
レミが混乱している。
が、声を出せば敵に位置を知らせてしまうことになる。
イサキオスは声をひそめた。
「投げナイフだ。バリアを使え」
「え、どっち?」
「どっちでもいい」
「ぎひっ」
レミが身をよじった。
飛んできたナイフが腕に突き刺さったのだ。
追撃が来る前に、イサキオスはレミを地面に引き倒した。
敵の声がした。
「やったか?」
「まだ一人残ってるぞ。気を抜くな」
目を細めても、それが人影なのか樹木なのか判断できなかった。
イサキオスは樹木を背にし、じっと息をひそめた。
すぐそこの地面では、レミが「痛い」と身をちぢこめている。アラクネを置いてきてしまったから、回復魔法による治療はできない。レミが自分で膏薬を使ったとしても、イサキオスほど簡単には回復しないだろう。
ズッと地面が隆起した。
イサキオスは思わず声をあげそうになったが、かろうじて飲み込んだ。
「あたしだよ」
もちろん魔女だ。
レミのピンチにはいつでも現れる。
「ババア、てめぇタイミングってもんが……」
「いいだろ、知らない仲でもあるまいし。はぁ。でも参ったね。あんたが刺されるならともかく、レミが刺されちまうなんて」
「皮肉ならあとで聞く」
「代わりを出すよ。護衛するって契約だからね」
宙空に光の魔法陣が描かれた。
とはいえ、こんな状態で発光などされたら、敵に居場所を知らせるようなものだが。
案の定、ナイフが飛んできた。が、それは魔女のバリアで弾き返された。さすがに魔法の扱いには長けている。ナイフの方向も見ずに障壁を展開した。
魔法陣からふっと降り立ったのは、ふわふわした栗色の髪の少女だった。フリルだらけの黒いドレスを着ている。
「シド、周りの盗賊どもを始末しな」
「はい……」
シドと呼ばれた少女は、おっかなびっくりと言った様子で返事をした。かと思うと、目を伏せたまま、体を動かすことなく魔力を放出した。
魔法の才能のないイサキオスにも、周囲がエネルギーに包まれたのが分かった。
かと思うと、閃光が走った。続いてピシャリと大気を切り裂く音。それが三回。
水を打ったような静寂が訪れ、ふっと魔力が消え去った。
稲妻だ。それも、なんの前触れもなく。
「終わったよ、ばばさま……」
「ふん。いい腕だ。位置も正確、きちんと息の根を止めて、しかも森を傷つけない。完璧だね」
「うん……」
もじもじしている。
この場が落ち着かないらしい。
すると老婆は魔法陣を描き、そこへレミを吸い上げた。
「しばらくレミと交代だ。あんたがこの男を護衛するんだよ」
「えっ……」
「大丈夫。こいつは意外と紳士だからね。口は悪いが、ファラよりはマシだろうさ」
「でも……」
「頼むよ、シド。あんたにしか頼めないんだ。分かるね?」
「はい……」
すると老婆はイサキオスへ目を向け、しかしなにも言わずふたたび土くれに戻った。
残されたイサキオスとシドは、しばらくその地面を見つめていた。
「シドって言ったか? 助かったぜ。礼を言う」
「うん……」
「枝を拾って戻ろう。今夜はここで一泊する」
「うん……」
ずっともじもじしている。イサキオスへ視線を向けてさえくれない。
だが、イサキオスは気にしなかった。
腕は確かなのだ。きちんと仕事をこなす人間ならば、性格がどうだろうが構わない。レミを危険にさらしてしまった自分よりはマシだ。
(続く)




