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憎悪の戦士  作者: 不覚たん
青い風編
14/35

閃光の魔女

 噴水広場で待っていると、花売りの少女が近づいてきた。

「お花……お花を買ってくれませんか?」

 みすぼらしい恰好で、カゴいっぱいのしおれた花を売り歩いている。

 あまりに幼い。背もイサキオスの半分くらいしかない。

 ふと、幼馴染のリリスを思い出した。顔立ちはまったく違うのだが、彼女もどこか厭世的な表情をしていた。この世界に対して、あくまで空虚だったのだ。じつはイサキオスもほとんど相手にされていなかった。一方的に恋心のようなものを寄せていただけだ。

「いくらだ?」

「お金はいりません。その代わり、これを」

 すると少女は、カゴの底から小袋を取り出し、イサキオスへ手渡した。触った感じでは、ごく堅い球体のようである。

「これが地図です」

「分かった。わざわざ悪いな」

「いいえ」

 少女が立ち去ろうとしたので、イサキオスはつい呼び止めた。

「なあ、暮らしが大変なのか? もしつらかったら、街の外にある修道院に来てくれ。メシくらいなら用意できる」

「はい」

 か細い声で返事をして、少女は行ってしまった。


 もやもやしたものを抱えつつ、イサキオスは修道院に帰った。

 レミが猛ダッシュで駆け寄ってきた。

「あーっ! やっと戻ってきた! いままでどこ行ってたのよ!? まさか女遊びじゃないでしょうね?」

「そんな金どこにあるんだよ」

「あったら行くの? 本気?」

「そんなこと言ってないだろ。それより、ちょっと付き合ってくれないか。出かけるところがある」

 レミは地団駄を踏んだ。

「自分勝手! ちゃんと説明して!」

「街に行ってきたんだ。で、バケツ酒場で……」

「行ったの? バカじゃないの! で、なに? 有り金巻き上げられてすごすご帰ってきたワケ?」

「いや、仕事を受けたんだ。こいつを目的地まで運んでくれって」

「どうしようもないバカね! なんでそんな怪しい仕事受けるのよ! 衛兵に捕まったらどうするつもり?」

「衛兵ってよりは、盗賊に警戒したほうがいいだろうな。目的地はここだ。分かるか?」

 イサキオスが地図を広げると、レミは斜めになって紙を覗き込んだ。

「えーと、こっちが北だから……」

「なぜ分かる?」

「この記号で分かるの。こっちが北。で、目的地は西だから……遺跡のあるところかな」

「一緒に来てくれないか?」

「もちろん行くわよ! あたしはあんたの護衛なんだから! なにかあったらばばさまに怒られちゃう」

「悪いな」

「終わったらレモネードおごりなさいよね」

「ああ」

 100リブラのうち、2リブラの用途が決まってしまった。800リブラまでの道は遠い。


 奥の部屋からアラクネも現れた。

「まさか、ふたりでお出かけですか? 私を置いて?」

「悪いが、エイミーだけ残しておくわけにはいかない」

「もちろんです。それに、彼女のビール造りには私のサポートが必要なようですから」

「自分じゃ飲めもしないのにな」

 エイミーは食事をとらない。ビールも飲めない。ほとんど生前の執念だけで作業を始めていた。

 アラクネは肩をすくめた。

「パンも焼いたので、持って行ってください。街で売られているものよりおいしいはずですから」

「なんでもできるんだな」

「やっと私の有能さに気づきましたね?」

「ああ、やっとな」


 *


 パンを受け取り、イサキオスとレミは西の遺跡へと出発した。

 修道院は街の南にある。だから西へはまっすぐ向かえる。


「なあ、魔女ってのは飛べるんじゃないのか?」

「飛べるけど、簡単じゃないの」

「お前の姉は飛んでたぞ」

 イサキオスがその話題を出した途端、レミは不機嫌そうに頬を膨らませた。

「あんなのと一緒にしないで! あいつ、魔法しか能がないんだから」

「でも助けられたぜ?」

「あんたはあいつの本性を知らないからよ。きっと裏で笑いものにしてるわ」

「笑われるくらいなんだよ。ひとりで蟹を始末したのに、1リブラも請求してこなかったんだぜ? きっと聖女だよ」

「そうね。聖女さまね。そのまま魔女を引退して欲しいくらいだわ」

 よほど仲がよくないらしい。


 広大な麦畑を抜け、森へ入った。

 神の森とは違い、自然の森だ。いちおう道らしきものはある。あるが、どこへつながっているかは分からない。

「西だよな?」

「西だよ。あっちに太陽が落ちてるもん」

「そうだよな。ホント、お前がいてくれて助かったぜ。俺なんて地図さえロクに読めねぇんだからよ」

 するとレミは急に元気を取り戻したらしく、いきなり胸を張った。

「そうよ! やっと理解したのね! あたしは優秀なの!」

「認めるよ」

 それは本心だった。

 ひとりではどれもうまく行かなかっただろう。

 この態度に、レミは心配そうな表情を見せた。

「あら、殊勝ね。でもどうしたの? さっきだってアラクネにあんなこと言って」

「事実ってのを受け入れただけだ。俺は文字も読めなきゃ、パンだって焼けねぇ。もちろん割り算もな」

「人の気持ちも分からないし、礼儀だってわきまえてないわね。あと髪もボサボサ」

「復讐に必要のないものは、ぜんぶ諦めてきたからな」

「それにしたって文字くらい読めたほうがいいわよ」

「あと地図もな」

「どうやって生きてきたの?」

 それを話すと長くなる。

 だからイサキオスは、簡単に済ませることにした。

「死ななかっただけだ」

「……」

 レミは一瞬沈黙したが、みるみる体を震わせた。

「ぴゃーっ! なにいまの! 『死ななかっただけ』だって! カッコつけちゃって! ウケる!」

「お前、そんなに笑うことないだろ。姉のこと言えないぞ……」

「違う! あんなのと一緒にしないで! あいつ、ヤギのときずっとケラケラ笑ってて……。いま思い出してもムカつく!」

 おそらくヤギを使った儀式のことだろう。


 日が暮れかけてきた。

 地図が大雑把すぎて目的地がどこだか分からないが、それだけにうかつに移動できなかった。

「今日はここでキャンプにするか」

「じゃあ枯れ枝探しましょ」

「そうだな」

 とはいえまだ春だ。焚き木にふさわしい枝はそうそう見つからないであろう。

 パキリ、と、遠方で音がした。

 何者かが枝を踏んだ。

 イサキオスもレミも音の方向へ視線を向けた。が、すでに森は夕闇である。ほとんどなにも見えない。

「なあ、探知の魔法が使えるんだったよな?」

「それは教わってないって言ったでしょ」

「じゃあどんな魔法だったら使えるんだ?」

「いつも火をおこしてあげてる」

「ほかは?」

「杖で樹木を操れる……」

「あとは?」

「うるさい! 魔女の秘術をそうそう教えるわけないじゃない! あ、バリア! 魔法のバリアが使えるわ! なに、不満? じゅうぶんでしょ!?」

 つまり杖なしでは、火炎とバリアしか使えないということだ。

 イサキオスはしかし笑わなかった。

「なにかいる。バリアの準備をしておいてくれ」

「なにかってなに? どうせシカでしょ?」

 だが、シカではなかった。

 ピュウと甲高い口笛がしたかと思うと、四方から覆面の盗賊が襲い掛かってきた。

「きゃっ」

 レミが怖がって身を伏せたので、イサキオスは遠慮なくハルバードを振り回した。その豪快な円軌道は盗賊たちを委縮させたが、斧部分が木に炸裂してしまい、カーンと小気味よい音を立てた。夜の鳥がバサバサと飛び去ってゆく。

「あっ……」

「なにやってんのよバカ!」

 すると盗賊も「いまだやれ!」と突進を再開。

 そんな彼らを強烈な熱風が襲った。

 ごうと炎があがり、とっさに四人を同時に吹き飛ばした。三名の炎はすぐに消えたが、引火してしまった一名は大声でわめきながら地面をのたうった。

「魔法使いがいるぞ!」

「こしゃくな」

 ひるんでいる隙に、イサキオスも斧を引き抜いた。

 狭い場所でハルバードを振り回すのは得策ではない。短く持って戦わなくては。

 ふと、カッと音がした。イサキオスのすぐ脇の樹木だ。ナイフが突き刺さっている。暗いのが幸いして敵が狙いを外したらしい。が、続けて別の樹木にナイフが刺さった。

「えっ? なに? なんの音?」

 レミが混乱している。

 が、声を出せば敵に位置を知らせてしまうことになる。

 イサキオスは声をひそめた。

「投げナイフだ。バリアを使え」

「え、どっち?」

「どっちでもいい」

「ぎひっ」

 レミが身をよじった。

 飛んできたナイフが腕に突き刺さったのだ。

 追撃が来る前に、イサキオスはレミを地面に引き倒した。

 敵の声がした。

「やったか?」

「まだ一人残ってるぞ。気を抜くな」

 目を細めても、それが人影なのか樹木なのか判断できなかった。

 イサキオスは樹木を背にし、じっと息をひそめた。

 すぐそこの地面では、レミが「痛い」と身をちぢこめている。アラクネを置いてきてしまったから、回復魔法による治療はできない。レミが自分で膏薬こうやくを使ったとしても、イサキオスほど簡単には回復しないだろう。


 ズッと地面が隆起した。

 イサキオスは思わず声をあげそうになったが、かろうじて飲み込んだ。

「あたしだよ」

 もちろん魔女だ。

 レミのピンチにはいつでも現れる。

「ババア、てめぇタイミングってもんが……」

「いいだろ、知らない仲でもあるまいし。はぁ。でも参ったね。あんたが刺されるならともかく、レミが刺されちまうなんて」

「皮肉ならあとで聞く」

「代わりを出すよ。護衛するって契約だからね」

 宙空に光の魔法陣が描かれた。

 とはいえ、こんな状態で発光などされたら、敵に居場所を知らせるようなものだが。

 案の定、ナイフが飛んできた。が、それは魔女のバリアで弾き返された。さすがに魔法の扱いには長けている。ナイフの方向も見ずに障壁を展開した。

 魔法陣からふっと降り立ったのは、ふわふわした栗色の髪の少女だった。フリルだらけの黒いドレスを着ている。

「シド、周りの盗賊どもを始末しな」

「はい……」

 シドと呼ばれた少女は、おっかなびっくりと言った様子で返事をした。かと思うと、目を伏せたまま、体を動かすことなく魔力を放出した。

 魔法の才能のないイサキオスにも、周囲がエネルギーに包まれたのが分かった。

 かと思うと、閃光が走った。続いてピシャリと大気を切り裂く音。それが三回。

 水を打ったような静寂が訪れ、ふっと魔力が消え去った。

 稲妻だ。それも、なんの前触れもなく。

「終わったよ、ばばさま……」

「ふん。いい腕だ。位置も正確、きちんと息の根を止めて、しかも森を傷つけない。完璧だね」

「うん……」

 もじもじしている。

 この場が落ち着かないらしい。

 すると老婆は魔法陣を描き、そこへレミを吸い上げた。

「しばらくレミと交代だ。あんたがこの男を護衛するんだよ」

「えっ……」

「大丈夫。こいつは意外と紳士だからね。口は悪いが、ファラよりはマシだろうさ」

「でも……」

「頼むよ、シド。あんたにしか頼めないんだ。分かるね?」

「はい……」

 すると老婆はイサキオスへ目を向け、しかしなにも言わずふたたび土くれに戻った。

 残されたイサキオスとシドは、しばらくその地面を見つめていた。


「シドって言ったか? 助かったぜ。礼を言う」

「うん……」

「枝を拾って戻ろう。今夜はここで一泊する」

「うん……」

 ずっともじもじしている。イサキオスへ視線を向けてさえくれない。

 だが、イサキオスは気にしなかった。

 腕は確かなのだ。きちんと仕事をこなす人間ならば、性格がどうだろうが構わない。レミを危険にさらしてしまった自分よりはマシだ。


(続く)

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