バケツ酒場
翌日、情報収集を兼ねてイサキオスは街へ来ていた。ひとりで出かける予定だったのだが、レミもついてきた。あの修道院で骸骨と一緒にいたくなかったらしい。
「聞けい! 聞けい! 教皇庁よりお達しである!」
広場では、立派な服装の弁士が大声をあげていた。
「神々の森を守るため、義勇兵を募集する! 我こそはと思わんものは最寄りの役所まで申し出るように! 日当は25リブラ! さらには神の恩寵が授けられるであろう!」
が、街のものたちはほとんど立ち止まらない。
まず日当が低い。のみならず、この手の公共事業は金払いの渋いことで有名だった。自分で言った額を支払わないのである。あれこれ理由をつけて経費として請求し、それを差っ引いた給料を支払うのだ。だから日当は15リブラというのが実情であろう。かろうじでメシを食えるだけの額だ。
ともあれ、教皇庁が兵を集めているのは間違いなかった。もしこれが各所に配置されれば、神殿への攻撃がしづらくなる。
イサキオスの選択肢はふたつ。
兵が集まる前に仕掛けるか、あるいは放っておいて教皇庁が消耗するのを待つか、だ。
案内所に入った。
イサキオスは依頼書を読めないので、代わりにレミが読む。今回の事件に関連した依頼が出されていないか調べるのだ。
もしかすると、三件目の襲撃をした犯人が依頼を出しているかもしれない。
とはいえ愚直に「神の森を襲撃したい」とは書くまい、だから探すべきは、暗号のような書き方になっているものか、あるいは「詳細は現地にて説明」と書かれているものとなる。
一通り確認したレミが、シラけた顔で戻ってきた。
「分かんない」
「ひとつもないか?」
「怪しいと思えばどれも怪しいし、怪しくないと思えばどれも怪しくないし」
「一番怪しいのはどれだ?」
「ドラゴン退治」
「……」
それはいろんな意味で怪しいが、今回の件とは関係あるまい。行ったところでデカいトカゲに出くわすだけだ。
イサキオスは溜め息をついた。
「分かった。出直そう」
「あんた文字の勉強したら?」
「そのうちな」
肩透かしを食って案内所を出たところで、小太りの男とぶつかった。
「おっとすまねぇな」
もしやスリだろうか。
イサキオスは腰のあたりを確認したが、銀貨の入った革袋は無事だった。
代わりに、男は一旦しゃがんでなにかを拾い上げた。
「こいつを落としたようだな。あんたのだろ? ほら、受け取ってくれ」
「俺の……?」
紙くずを受け取ると、男はそのまま行ってしまった。
心当たりがなかったイサキオスは、その場に紙くずを捨てた。ゴミを押し付けられたと思ったのだ。
しかしレミが慌てて拾いあげた。
「なんで捨てるの? あんたのでしょ?」
「俺のじゃねぇよ。ゴミだ」
「なんか書いてある」
「は? 持ち主の名前でも書いてあるのか?」
イサキオスの皮肉をスルーして、レミは神妙な顔で文字を読んだ。
「えーと……。いい仕事がある。興味があるなら貧民街のバケツ酒場に来てくれ。合言葉は『ワタリガラス』。だってさ」
「仕事の依頼書か? 落としたヤツはいまごろ困ってるだろうな」
「違う! あんた天然なの? これはね、仕事も受けず案内所から出てきたヤツに、秘密の仕事を押し付ける手口よ」
「コソ泥かよ。店の名前が気に食わねぇな」
「ま、バケツだもんね」
話題はそこで尽きた。
レミも肩をすくめ、ポケットへ紙をしまい込んだ。
酒場に入った。
まだ日は高いのに、店内は冒険者でごった返している。冒険者とはいうが、仕事に出ていない以上は無職である。イサキオスと同じだ。
イサキオスはビールを頼み、レミはレモネードにした。
「どうも情報は手に入りそうにないな」
「あ、これおいしい」
「そいつはよかったな」
イサキオスはビールを口にした。例の農家の言う通り、たしかに水で薄められているかもしれない。だがどこで飲んでもこんなものだ。
人が多い割には、店はそれほど騒がしくない。
なにせ、みんなやる気を失ったようにぐったりしている。命がけの仕事をこなして小銭を稼いだかと思えば、すぐに酒や博打、女遊びで使ってしまう。
聞こえてくるのも愚痴ばかりだ。
「ったく、ひでぇ目に遭ったよ。なぁにが『行って帰ってくるだけの簡単な仕事』だ。盗賊に追い回されて、あやうく殺されるところだったぜ」
「それバケツ酒場だろ? だからやめとけって言ったんだ」
「けど額がよかったんだよな。ま、失敗したから1リブラにもならなかったけどな! ガハハ!」
怪しい仕事を受けるとこうなるということだ。
イサキオスたちは特に収穫もないまま店を出て、修道院へ戻った。
だいぶ郊外にあるから、往復するだけでもかなりの時間がかかる。
「あ、お帰りなさい! 見てくださいこの服! アラクネさんが仕立て直してくれたんです! どうです? 似合います?」
修道服を身にまとったエイミーが、くるりと回転して見せた。
骸骨が修道服を着ていてもホラーでしかなかったが、あまりに無邪気な態度だったので、イサキオスもなんとかうなずいた。
「お、おう。いいんじゃないか。少なくとも全裸でいるよりはな」
「やっぱり新しい服着ると元気出ちゃう」
するとアラクネもやってきた。
「いま麦を水につけています。食べないでくださいね。ビールにするんですから。そちらはなにか収穫は?」
「いや、まったく。ただ、教皇庁が兵隊を集めてやがったから、仕掛けるタイミングだけは注意しねぇとな」
「どうせ二束三文で集めているのでしょう? すべての森に十分な兵隊を置けるとは思えませんが」
「同感だ」
そこに攻略の糸口がある。
森とはいえ、神殿までは道らしきものが一本通っている。教皇庁もそこに布陣するはずだ。だから木々の合間を抜ければ、兵を迂回して神殿に到達できる。
しかし森の中を行くには知識が必要だ。野生の動物たちとも衝突することになる。危険なモンスターが潜んでいるかもしれない。
するとレミが、アラクネに紙切れを見せた。
「そういえばこんなの拾ったんだけど」
「なんです? 仕事の依頼ですか?」
「怪しいおじさんからもらったの。案内所から出てきた人に、危ない仕事を回してるみたい」
「おおかた盗賊のたぐいでしょう。関わるべきではないかと」
「やっぱそうだよね」
しかしイサキオス、少し考えた。
もし彼らが本当に盗賊なのだとしたら、独自の情報網を有しているはず。後ろめたいことをしているもの同士、協力できることもあるのではないかと。
つまりイサキオスは彼らの仕事を引き受け、そして報酬として情報を受け取るのだ。
*
翌日、イサキオスはひとりで街を訪れた。
貧民街の場所は分かっている。
違法建築のせいで通路が狭くなっており、不法に住みついているであろう人々が半裸で窓から身を乗り出している。日当たりがよくないせいもあり、空気そのものがよどんでいる。
「悪いんだが、バケツ酒場を知らないか?」
イサキオスが尋ねると、中年女性は言葉もなく指で方向を示した。
どいつもこいつも愛想が悪い。
というよりも、ハルバードを担いだ冒険者が入り込んできたせいで、空気がピリピリしていた。
しばらく進むと、看板が見つかった。そこには「手桶」の絵が描かれている。間違いなくバケツ酒場だろう。
イサキオスがドアを開いた瞬間、店内に緊張が走ったのが分かった。
まだ午前だというのに薄暗い。のみならず、客はどいつもこいつも無言。入店したイサキオスが敵か味方か見定めている様子。
痩せた男が近づいてきた。
「客かい? もしそうなら武器をあずからせてもらうが」
「カラスだ」
「惜しいな」
「仕事を受けに来た」
「入りな。奥に眼帯の男がいるだろ? そいつと話せ。ああ、それと、合言葉は『ワタリガラス』だ。正確に頼むぜ」
「分かった」
ハルバードを押し付け、イサキオスはずんずん奥へ向かった。
口ひげをはやした眼帯の男が、豪華な椅子に腰をおろしていた。長い黒髪が蛇のようにうねっている。彼は蝋燭の灯を頼りに、なにやら文字を書き込んでいた。
「期待の新人のご登場だ。歓迎しよう。俺はミゲル。仕事を引き受けてくれるんだよな?」
「内容による」
「あんたのことはよく知らない。だからデカい仕事は任せられない。そこは分かるよな?」
「分かる」
するとミゲルはフッと笑った。
「素直なヤツだ。気の短いヤツは、この時点でゴネる。まずは名前を教えてもらえるか?」
「イサキオス」
「変わった名前だな。いや、いいぜ。俺も似たようなモンだしな。なにが得意だ?」
「得意? ええと……怪我の治りが早い」
イサキオスの言葉に、ミゲルはぎょっとしたような顔を見せた。おちょくられたとでも思ったのかもしれない。
「ジョークのセンスは壊滅的だな。だが俺が聞いてるのは、足の速さや、腕っぷしの強さだ。自虐趣味の人間を雇っても、くれてやる仕事がない」
「ハルバードなら少し使える」
「ちょっと目立ちすぎるな」
「俺で役に立てないなら、仲間が少し魔法を使える」
「魔法? そいつは素晴らしい。魔法を使えるような立派なヤツは、なかなかうちへ顔を出しちゃくれないからな。だが、どっちにしろ最初は簡単な仕事しか任せられん」
「それは『行って帰ってくるだけ』で終わるヤツか?」
ミゲルは少し笑った。
「よく知ってるな。話が早い。届けて欲しい荷物があるんだ。言っておくが、中は開けるなよ。爆発するからな。というのはジョークだが、こうでも言っておかないと開けるバカがいる」
「それを俺に言っていいのか?」
「本当のバカは言っても開ける。ただ、開けて欲しくないってのは本当だ。鮮度が落ちるからな」
「そいつを運ぶと盗賊に狙われるそうだが」
「よく知ってるな。つまり、金になる荷物ってことだ。おっと、横流ししようなんて考えるなよ。必ずアシがつくからな。俺たちは裏切りものには容赦しない」
イサキオスは首をかしげた。
「もし途中で仕事を投げ出したら?」
「きっといまごろ酒場で飲んだくれてるだろ。そんなヤツをいちいち始末するほど暇じゃない」
つまり、これまで逃走したヤツは、ひとりやふたりじゃないということだ。
それだけハードな仕事ということである。
イサキオスはうなずいた。
「分かった。中は開けない。横流しもしない。ただし、ひとつだけ条件がある」
「あんた、俺たちに条件を出せるほど立派な立場なのか?」
「報酬は銀貨ではなく、情報で欲しい」
「この仕事の報酬は100リブラだ。そいつで情報屋でも雇えよ」
「情報屋? どこにいるんだ?」
「ここさ」
ミゲルは自分のテーブルを指さし、ふたたび笑った。
「あんたから情報が買えるのか?」
「まあ、たいていはな。別れた女でも探して欲しいのか? それとも逃げた猫か?」
「森を枯らしたヤツを探してる」
「森? 聖なる森のことか?」
「そうだ」
するとミゲルは一度天を仰ぎ、それからイサキオスへ向き直った。
「それなら。タダで教えてやれる。答えは『分からん』だ」
「分からん?」
「いいか? 俺たちは千里眼を使えるわけじゃない。そんな無茶なオーダーには応じられんよ。いや、だが待てよ……。教皇庁がなにかつかんでるかもしれんな。これは簡単な仕事じゃない。800リブラは必要だ」
「800リブラ……」
簡単に用意できる額ではない。
ミゲルはどっと背もたれへ身をあずけた。
「調べて欲しいなら金を用意してくれ。ま、その前に俺の仕事を受けたほうがいいと思うが?」
「100じゃ足りない」
「そうだ。足りないな。だからまずは実績を積んでくれ。使えるヤツだと分かったらもっとマシな仕事を任せられる」
「分かった。やるよ。荷物は?」
「店を出て、噴水広場に行ってくれ。使いの者がそこであんたに渡す。地図も用意するから、その内容に従ってくれ」
「一回家に戻ってもいいか?」
「どこをどう移動しようが構わん。ただし、三日経っても荷物が届かなかった場合、俺たちは契約を見直さなきゃならない。分かるよな?」
「大丈夫だ」
案内所へ行けばもっとマシな仕事もあったはずだが、イサキオスは会話の流れで引き受けてしまった。
ともあれ、契約は成立した。
やるしかない。
(続く)




