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憎悪の戦士  作者: 不覚たん
青い風編
12/35

登塔者

 レミは杖を握りしめていたが、イサキオスは箒だけ持って塔へあがった。

 幅の狭い螺旋階段だ。体を斜めにしないと通れない。

 崩れそうな様子はなかったが、クモの巣が張っていて進むのに難儀した。

「いまから行くからね! 覚悟しててね! ビックリさせたら許さないから!」

 レミは大声をあげながら、悪霊を威嚇していた。

 そうでもしていないと怖くてあがれないのであろう。

 イサキオスは構わず先陣を切った。

「ずいぶん長いこと放置されてたみたいだな」

「だからって悪霊が住みついていいわけないわ! これからはあたしたちが住むんだから、出て行ってね!」

 不法侵入はお互い様であろう。


 頂上には部屋があった。

 古びた木製の扉がある。

 イサキオスはドアノブをつかみ、ギィと音を立てながら押し込んだ。


 窓のある小さな部屋だ。

 外からは光が差し込んでいる。

 そこには机があり、椅子があり、ベッドがあり、床には骸骨が転がっていた。バラバラだが、おそらく一人分であろう。

「ひっ」

 レミが身をすくませた。

 しかしそれだけだ。

 特に危険そうなものはない。

「前の住民か?」

「ね、近づいちゃダメだって! 呪われちゃう!」

「誰に? こいつに? もう死んでるぞ」

「死んでるから呪うんでしょ!」

「それも一理あるな」

 イサキオスは頭蓋骨をつま先で軽く蹴飛ばした。

 もちろん反応はない。

 レミはイサキオスの服を強く握りながら、後ろへ引きずろうとしている。早く下へ戻りたいのだろう。

「ね、あとでアラクネに埋葬してもらおう? あの子、修道女だから平気よね?」

「たぶんな」

「じゃ、用も済んだしさ、早く戻ろうよ」

「日記があるぞ」

「そういうのいいから! 早く行こ? ねっ?」

「しょうがねぇな……」


 下へ戻ると、ちょうどアラクネが戻ってきたところだった。

「食材をたくさんいただきましたよ。ほら、カブにリーキにニンジン、卵まで。あとで麦を分けてくださるそうです」

 しかしレミはそれどころではなかった。

「人が死んでる!」

「えっ?」

「死んでるの! 埋葬して? できるでしょ?」

「死体があるのですか?」

「もう骨だけだけど……」

「白骨? どこです?」

「塔の上」

 さすがのアラクネも気味悪そうな顔だ。

「そうですか……。ではあとで見てみましょう」

「お願いね」

「はい、聖女さまのご希望とあらば」


 イサキオスはしかし気にしていなかった。

 あの白骨死体にはまったく凶悪なものを感じなかったのだ。それどころか、むしろ親近感さえ湧いた。なぜかは分からない。まさか親類ということもなさそうだが。


 その後、アラクネは食材を置いて、塔の様子を見に行った。

 が、しばらくして戻ってきたときには首をかしげていた。

「あのー、塔の上ですよね? 骨は見当たりませんでしたが……」

「えっ?」

 またレミが怯えてしまった。

 もちろんイサキオスも楽観視できなくなった。

「そんなはずはねぇよ。俺も見たぜ」

「どこにあったのです?」

「床だよ。探すまでもない」

「ホントに?」

「まさか、俺たちを担ごうとしてないだろうな」

「そんな不謹慎なマネしませんよ。もし疑うならご自分の目で見てきたらどうです?」

「……」


 そしてイサキオスは、ひとりで塔をあがることにした。

 今度はナイフを手にしている。

 狭い階段をあがり、ドアを開く。

 死体はなかった。

 日記もだ。

 何者かが移動させたとしか思えない。そしてその何者かは、アラクネ以外しか考えられない。

 しかしもしアラクネが動かしたのならば、窓から投げ捨てたか、どこかよそへ隠したことになる。しかし窓には埃が積もっており、開いた形跡はない。隠せるような場所もない。

 いや、ひとつだけある。

 ベッドの下だ。

 覗き込むと、そこに骸骨と日記が押し込められていた。

 イサキオスは舌打ちし、ナイフを鞘へ戻した。


「おい、あったぞ。ベッドの下。隠しただろ?」

 礼拝堂へ戻ったイサキオスは、溜め息とともに仔細を報告した。

 アラクネはきょとんとしている。

「えっ? 隠した? 私が? なぜそんなことを」

「知るかよ」

「いえ、ちょっと待ってください。いま『隠した』って言いました? そうではなく、もしかして『隠れた』のでは?」

「は?」

「ちょっと見てきます!」


 数分後、アラクネに付き添われ、ガックリと肩を落とした骸骨が現れた。

「ち、違うんです! 私、悪いスケルトンじゃありませんよ! 信じてください!」

 その前に、骸骨が喋っていることが信じられなかった。

 アラクネはすっとメガネを押しあげた。

「どうやら霊魂が行き場を失っていたようですね」

 冷静すぎる。

 が、逆に冷静でなさすぎるのがレミだ。

「ま、待ってよ! おかしい! なんで喋ってるの!? 死んでなきゃおかしいでしょ!」

 またしても手をぶんぶん振り回している。

 骸骨はうなだれてしまった。

「そうなんですけど、なんでかずっとこのままでして。諦めてここで暮らしてたら、皆さんがいらっしゃったので。このままじゃ埋葬されちゃうと思って、慌ててベッドの下に隠れたわけです。はい」

 あまりに気の毒である。

 イサキオスも警戒を解いた。

「何者なんだ?」

「いやー、それがちっともおぼえてなくて。もしかするとこの日記に書いてあるかもしれないんですけど、指がこんなでしょ? うまいことページをめくれなくて……。でも人に見られて変なこと書いてあったら恥ずかしいし……」

「正体を知るほうが重要では?」

「でもやっぱり恥ずかしいというか……」

 外見からは性別さえ分からない。

 アラクネがコホンと咳払いをした。

「ほかに遺品が見当たらない以上、どんな人物かは日記を見なくては分からないと思います。ご安心ください。私は神の信徒です。どんな秘密も受け入れますし、外へ漏らしたりもいたしません。もしかするとあなたは修道院の関係者かもしれませんし。そのように高潔な人物ならば、日記に妙なことを書くことはないと思います」

 しかし神の信徒が必ずしも高潔でないことは、アラクネ自身が証明している。

 なのだが、このスケルトンはアラクネとは初対面だった。まだその正体を知らない。

「はぁ、修道女のあなたがそういうなら、あなただけには……」

「では日記帳をこちらへ。怖がらなくて結構ですよ。こう見えて、各地の修道院を渡り歩いて来ました。そこらの修道女とはわけが違います」

 各地の修道院を追い出されただけだ。

 スケルトンはしかし話を信じてしまっている。

「ではお願いしますね」

「お任せください」


 そしてアラクネは日記をめくり始めた。

 はじめは一ページずつ丁寧に読んでいたが、次第にその手つきは乱雑になり、飛ばし飛ばしになった。

 日記を閉じると、アラクネは不審そうな表情を浮かべ、じっとスケルトンを凝視した。

「あのー、ほとんどビールのことしか書かれていないのですが」

「えっ?」

「ちなみに、お名前はエイミーさんだそうです」

「なんか普通ですね」

「少しは記憶が戻りましたか?」

「いえ、まったく……」

 エイミーはポリポリと指先で頭蓋骨をかいた。

 それから左右をキョロキョロして、声をひそめた。

「ところで、どなたか服を貸していただけませんでしょうか? さっきから裸のままで恥ずかしいので……」

「……」


 すると、外から声が近づいてきた。

「おーい、シスター! ジョンソンだ! ご所望の麦を持ってきてやったぞ!」

 来客である。

 エイミーはガタガタ震え出した。

「あーっ! 埋葬されちゃう! 隠れなきゃ! 隠れたほうがいいですよね? ね? 私、上行ってますね!」

「たしかに、見られたら大変です」

「ひーっ! 死にたくないーっ!」

 カタカタと骨を鳴らしながら、エイミーは猛ダッシュで塔へ向かった。


 外から入ってきたのはガタイのいい中年男性だ。

「見てくれ! 俺たちの育てた麦だ! こいつをビールにしてくれるんだろ? 考えただけで体が震えてきやがるぜ!」

 荷車には山盛りの麻袋を乗せている。そのすべてが麦なのであろう。

「まあ、ありがとうございます。善き行いには神の祝福がありますよ」

「へへ。ま、ビールは言葉の次に大事だからな。けどよかったぜ。この修道院、長いこと放置されてただろ? どうなるのかずっと気になってたんだよな」

「いつから無人だったのです?」

「知らねぇのかい? 俺の婆さんの代に、妙ないざこざがあったらしくてよ。それで解散しちまったんだとよ」

「いざこざ?」

 アラクネの問いに、ジョンソンはガハハと大笑いした。

「ビールの味をどうするかで揉めたらしいぜ。そんで一番頭のイカレた女がここに立てこもって、ひとりでビールを作り続けてよ。最後はビールの飲み過ぎで死んだってよ。ま、おそらく作り話だろうがな。だって修道院だぜ? そんなバカな話があるかよ」

「え、ええ……。面白い話を考える人もいたものですね……」

「とにかく、ビールができたら一番に飲ませてくれよな! どこの酒場も薄めて出しやがるからよ! ちゃんとしたのを飲んでみてぇんだ」

「はい。その点はお任せください。ビールにこだわりのあるメンバーがおりますので」

「任せたぜ!」

 かくして男は上機嫌で出て行った。


 エイミー。

 かつてこの地でビールを造っていた修道女。

 しかし仲間たちとビールの方向性で揉めて孤立。ひとりビールの味を追求し続け、そして没する。


 イサキオスは思わず吹き出した。

「じゃ、ビール造りはあの骸骨に任せておけばいいってことかな」

「そうなりますね。かなりのこだわりをお持ちのようですから」

 これにレミが目を丸くした。

「え、埋葬しないの?」

 まだ言っている。

「諦めろ。動けるし、喋れるんだから。埋めたら可哀相だろ?」

「そうだけど……」

「だいたい、魔女がスケルトンを怖がるっておかしいだろ?」

 するとレミは、また腕を振り回して抗議した。

「怖いものは怖いんだから仕方ないでしょ! なんで分かんないのよ! バカ!」

「そう怒るな。仲間が増えたんだ。歓迎してやろうぜ」

 中身が空っぽの鎧だって喋るし戦うのだ。骸骨がビールを造ったっておかしくはない。


 イサキオスは一件落着とばかりに椅子へ腰をおろし、しかしふと我に返った。

「いや待て。わきあいあいと修道院を再建してる場合じゃねぇ。俺たちの目的は、神と戦うことだ。もっと気合入れて行かねぇと」

 だが、これに対するアラクネの返事はこうだ。

「ですから、そのための資金問題を解決するためにここへ来たのでしょう? 焦ったっていいことはありませんよ。計画は一歩ずつ進めなければ」

 すました顔でメガネを押しあげる。

 事実、彼女のアイデアがなければ、この家も食料も調達できなかった。もしイサキオスひとりであれば、いまなお宿代の支払いに追われていたところだ。

「そうだったな。お前が正しいようだ。考えを改める」

 守護神ガーディアンを二体撃破できたことで、少し気が急いていた。見知らぬ誰かが一体を始末してくれたから、残りは三体。あと半分だ。

 しかしついに教皇庁も動き出した。

 今後は慎重にいかなくては。


(続く)

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