第46話:鴇音の思惑
「遥さんっ、おめでとうございます」
茜はあたしが地面へと降りてくると両手を広げてあたしを迎えてくれた。
「ありがとう・・・茜・・・」
あたしは全力を出し切って満身創痍な状態だったため、そのまま茜の身体に寄り掛かった。夏休みの特訓のおかげで辛うじて意識だけは残っていた。
「よく頑張りましたね、遥さん・・・」
茜は両手を交差させるとあたしの身体を力強く抱き締めてくれた。
「全部・・・茜のおかげだよ・・・」
あたしは心の底から茜に感謝すると彼のことを抱き締め返した。
「・・・参ったわね。本当に負けてしまうなんて・・・」
夏海は気持ちの整理が付くとあたし達の方へと近づいてきた。
「・・・あたしの勝ちで・・・いいのよね?」
あたしは夏海に勝敗について確認した。
「ええ、間違いなく君の勝ちよ・・・」
夏海はあたしの質問に対して静かに頷いた。
「それじゃ・・・あたしはスカイレースに出ても・・・いいのよね?」
「むしろ、こちらからお願いしたいくらいよ」
夏海は繰り返し首を縦に振った。
「茜も・・・専属マネージャにならなくても・・・いいのよね?」
「もちろん。この勝負は完全に君達の勝ちだから・・・」
夏海は口許を緩めると苦笑いを浮かべた。
「良かった・・・」
あたしは夏海の言葉を聞いて胸を撫で下ろした。
あたしは茜のことを守れたのである。
「それにしても・・・」
夏海はあたしの箒に目を向けると腰を屈めた。
「最後のあれは一体何なの?」
夏海は最後にあたしが使ったウィングの仕掛けが気になっているみたいだった。
「・・・さぁ?」
あたしは夏海に質問に対して首を傾げた。
「別に隠さなくてもいいじゃない?」
夏海は怪訝そうな表情を浮かべるとあたしに詰め寄ってきた。
「いや・・・あたしもよくわからないの」
あの機能はボタンを押してみてあたしも初めて知ったものだった。そのため、夏海の質問に答えることができなかった。
「はあ?どういうこと?」
夏海は納得いかない様子であたしの目を見つめてきた。
「どういうことって言われても・・・あたしが知りたいぐらいだから」
あたしは両手を広げると首を横に振った。
「それについては私が説明しましょうか?」
あたし達が揉めているとどこからか現われた鴇音が口を挟んできた。
何時の間にやら彼女はあたしのスカイレースの見物に来ていたみたいだった。
「・・・君は?」
夏海は突然現われた部外者に疑いの眼差しを向けた。
「私?私は物理研究部の部長の宮守鴇音よ」
鴇音は自信満々に胸を張ると夏海の前に仁王立ちした。
「物理研究部?・・・なるほどね。つまり、最後のウィングの仕掛けは君の仕業ということね」
夏海はあたしから鴇音に興味を切り替えると彼女の方に身体を向けた。
「如何にも・・・あの仕掛けを作ったのはこの私よ」
鴇音は眼鏡を持ち上げると不敵に眼鏡を光らせた。
「それで・・・あれは一体何なの?」
夏海は鴇音にウィングの仕掛けについて質問した。
「あれは・・・『エアーブースター』よ」
「エアーブースター?」
夏海は聞きなれないフレーズに眉をひそませた。
「空気を圧縮してエンジンに取り込んでおくことでボタンを押したタイミングでその空気を一気に解放できる仕組みよ」
「そんな仕組み聞いたことがない・・・」
夏海は鴇音の説明を聞いて驚きの表情を浮かべていた。
「当然よ。私が開発したばかりの機能だもの」
鴇音は不敵な笑みを浮かべると鼻を高くさせた。
彼女は何時の間にか、あたしの箒にそんな細工を施していた。
「茜は知っていたの?」
あたしは肩を貸してくれている茜の方に視線を向けると彼に確認した。
「僕も今しがた宮守さんに教えられて初めて知りました」
茜はあたしに聞こえるくらいの声で囁いた。
彼もエアーブースターの機能については鴇音から説明されていないみたいだった。
「それじゃ、どうして、あの時、あんなことを?」
あたしはゴール前での茜の声援のことを思い出した。
あの時、彼がボタンを押すように教えてくれたからこそ夏海に勝てたのだ。
「あの時は・・・突然現われた宮守さんに『このレースに勝ちたいならば、あのボタンを押させなさい』と命令されまして・・・」
茜はエアーブースターの機能を知らないまま、あたしにボタンを押すように指示を出してきていた。
「彼女の言葉を鵜呑みにしたの?」
「はい・・・」
あたしは茜の言葉に顔を引き攣らせた。
ぶっつけ本番もいいとこだ。
もしもエアーブースターの機能が上手く作動しなければ、あたしは完全に負けていただろう。そう思うと肝を冷やさずにはいられなかった。
「とっ、とにかく・・・勝てて良かったですね」
茜は苦笑いを浮かべるとその場を誤魔化すようにあたしの勝利を強調した。
「そうね・・・」
あたしも苦笑いを浮かべた。
「このエアーブースターの仕組みってどうなっているの?」
夏海は興味津々な様子で鴇音に訊ねた。
「それはあたしも知りたいかも・・・」
あたしは夏海の質問に便乗した。
この機能を上手く使うためには是非とも知っておきたかった。
「基本原理はウォーターガンね」
「ウォーターガン?ウォーターガンって・・・子供の玩具の?」
あたしは鴇音の意外な答えに驚きの表情を浮かべた。
「そうよ」
鴇音は胸を大きく張ると鼻を天に仰いだ。
「ウォーターガンの原理は空気を取り込んでタンクの中の気圧を上げることで水の威力を上げる作りになっている」
鴇音は得意気にウォーターガンの原理を説明するとあたしの箒を持ち上げてウィングの部分を指差した。
「それで?」
夏海は説明を続けるように促した。
「同様にこのウィングも風を取り込める仕様になっている」
鴇音はウィングの前面部分に空いている穴を見せると風の取り込み口について説明した。
「ただ空気を取り込んでもあれだけの推進力は得られないんじゃないの?」
夏海の質問は尤もだった。
確かに空気を取り込むだけではあれだけの大量の空気を一気に噴出させることはできないだろう。
「もちろん。その部分についても秘密はあるわ」
鴇音はしたり顔で説明を続けた。
「取り込んだ空気を圧縮させる方法は重力魔法を利用してタンクの中に溜め込んでおいたのよ」
鴇音はあたしが魔道エンジンやウィングに加重を加える度にその重みを利用して空気管の中に溜まった空気を魔道エンジンの中に組み込である両脇のタンクの中に圧縮して詰め込めせていた。
そして、あの赤いボタンを押すとその両脇のタンクの中に蓄積された空気が一気に噴出される仕様になっていた。
「なるほどね・・・まさか重力魔法を使ってそんな細工をしていたとは・・・」
夏海は鴇音の説明に納得すると満足そうな表情を浮かべた。
「いいね、その仕掛け。是非とも他の部員の箒にも組み込んでくれない」
夏海は鴇音に詰め寄ると他の部員の箒も改造するように依頼した。
「悪いけど・・・それは無理ね。いくら私が優秀でもスカイレース部の全部の箒に組み込むなんて面倒臭すぎるから」
鴇音は軽く手を振ると夏海の申し出を断った。
確かにスカイレース部全員分の箒に同じ仕掛けを組み込んでいたらそれだけで学生生活が終わってしまうかもしれなかった。
「それなら・・・10本程度ならどう?」
夏海は魔道競技祭でレースに出場する選手分の箒を確保しようと考えているみたいだった。
「そうね・・・」
鴇音は厭らしい笑みを浮かべると何やら悪巧みを考えているようだった。
「それなら・・・次の部費の配分から物理研究部にこれだけまわしてくれないかしら?」
鴇音は指を5本立てると夏海に物理研究部の部費を上げるように要求した。
「そんなに・・・」
夏海は鴇音の要求に顔を引き攣らせた。
「こっちも何かと開発費用が色々と必要でね。スカイレース部に割り振られている部費ならばこれくらい余裕でしょ?」
鴇音は肩眉を吊り上げると夏海に揺さぶりを掛けた。
「・・・」
夏海はすぐには鴇音の要求に応じなかった。それだけ彼女が要求した条件が厳しいようだった。
「嫌ならば別に・・・」
鴇音は踵を返すとその場から立ち去ろうとした。
「待ってっ・・・わかったわ。そのように生徒会長に進言しとく。その条件でお願いするわ」
夏海は観念したように溜息を吐くと鴇音の条件を受け入れた。彼女は何としてもスカイレースで勝ちたいみたいだった。
「毎度~♪」
鴇音は嬉しそうに口許を緩ませると親指を立てた。
あたし達は完全に蚊帳の外に置かれていた。
(そういえば・・・何か忘れているような・・・)
あたしは夏海と勝負する際に茜のこと以外にも何かを賭けていたことを忘れていた。
(なんだったっけ?)
あたしは眉間にしわを寄せるとそのことについて思考を張り巡らせた。
「・・・部長を譲る件ってどうなるの?」
あたしは夏海が最後に付け加えた条件を思い出して彼女に確認してみた。
『万が一にも私が彼女に負けるようなことがあれば・・・その時はスカイレース部の部長の座を譲ってあげるわ』
彼女は確かにあたしと勝負する前にそう約束していた。
「その話ね・・・」
夏海は顔を歪ませると辛そうな表情を浮かべた。
「その件なんだけど・・・もう少し待ってもらえないかな?」
夏海は頭を下げると部長を譲る時期をずらすようにお願いしてきた。
「今は魔道祭の直前だし、色々とやっておかなければならないこともあるから・・・」
「・・・別にいいわよ」
あたしは部長になることにそんなに固執していなかったため、夏海の要求を素直に受け入れた。
あたしはスカイレースの出場と茜を守れただけで充分だった。
「そう・・・」
夏海は表情を明るくさせると安心したように微笑んだ。
「次の部長は必ず君を指名するからよろしくね」
夏海はあたしの手を握り締めるとそのままスカイレースの練習へと戻っていった。
「それじゃ、私も部室に戻るから」
鴇音は手を上げるとその場を後にした。
「遥さん・・・これからどうします?」
茜は徐に口を開くとこれからの予定について確認してきた。
「そうね・・・今日はもう疲れたから寮に戻りたいわ」
あたしは夏海のように練習を続ける気にはなれなかった。早く寮に戻って休息を取りたかった。
「わかりました。それじゃ、寮に戻りましょう」
茜はあたしの肩を持ち上げると反対側の手であたしの箒を持ち上げた。
「・・・ごめんね。何時もこんな面倒なことばかりさせて・・・」
あたしは寮に戻る道すがら申し訳なさそうに謝った。
「気にしなくていいですよ。何時ものことですから・・・もう慣れましたよ」
茜は明るく微笑むとあたしに笑いかけてくれた。
(そんな顔で笑うなんて・・・なんかずるい・・・)
あたしは茜の笑顔を見て何だか胸の奥に突き刺さるような感情が込み上げてきた。
(なんで・・・こんなにも胸が苦しいんだろうか・・・)
あたしは次第に高鳴っていく心臓に息苦しくなっていった。
「大丈夫ですか?」
あたしが顔色を悪くさせていると茜はあたしの体調を心配して顔を覗き込んできた。
「・・・大丈夫。ちょっと目眩がしだだけだから」
あたしは作り笑いを浮かべると茜に心配させないように明るく振る舞った。
(とにかく今は落ち着かなきゃ。これ以上、茜に心配を掛けさせられない・・・)
あたしは深呼吸を繰り返すと少しずつ心を落ち着かせていった。
(何なんだろう?この気持ち・・・)
こんな気持ちになったのは冬休み以来だった。
(もしかして・・・これが恋というものなのかな?まさかね・・・)
あたしは頭に浮かんだ妙な考えを必死で否定した。
確かに茜のことは好きだけど、それは親友としてであって異性としてではない。
もし、仮にこれが『恋』という気持ちだったとしたら・・・あたしは茜と普通に接することができなくなるだろう。それは何だか嫌な気がした。
(とにかく異性として意識しないように注意しないと・・・)
あたしは彼のことを異性として考えないように意識を高めた。
「・・・着きましたよ、遥さん」
あたしがモヤモヤとした気持ちを懐いている間に何時の間にやら部屋まで戻ってきていた。
「本当にありがとね・・・茜」
あたしは茜にお礼を述べるとベッドの中へと潜り込んだ。
「どう致しまして・・・」
茜はあたしの箒を部屋の隅に立て掛けるとあたしが寝やすいように部屋の明かりを落としてくれた。
(明日起きたら・・・何時も通りに・・・親友として接しよう・・・)
あたしは薄れゆく意識の中、茜とこれからも今のままの関係で付き合っていくことを心に決めた。
※次章はいよいよ魔道競技祭編の2年目になります。




