第37話:部活動(スカイレース部編1)
僕達はインターシップから戻ってくると休む間もなく期末テストを迎えていた。
出題範囲は1月に習った内容と研修中に出された課題の中から出題される。研修中にちゃんと課題をこなしていれば難なく合格点を取れるテストである。
僕達は研修中であっても文武両道の精神を貫かなければならなかった。
「何とか・・・無事に終わったわね」
遥は部屋に戻ってくると満面の笑みを浮かべながら大きく背伸びをした。
テストの出来はまずまずのようであった。
「そうですね」
僕は遥につられて頬の筋肉を緩めた。
「2年生になったら・・・茜も当然スカイレース部に入るんでしょ?」
遥は部屋に戻ると唐突に部活のことについて切り出してきた。
「当然そのつもりですよ」
僕達は2年生になると大部分の生徒がスカイレース部に入部する。
もちろん部活動は1年生からでも入れるが、スカイレース部の場合、重力魔法を使えなければ箒に乗ることすらできない。
つまり、1年生で入部しても重力魔法を使えない僕達は雑用以外に何もさせてもらえないのである。そのため、大半の生徒は2年生から入部する。
「遂に・・・ここまで来たのね」
遥は懐かしそうに1年生の頃の記憶を呼び起こしていた。
「これからですよ、遥さん。ようやく僕達はスタート地点に立つことができたんです」
そう全てはこれから始まるのである。
スカイレース部に入るのはスカイレーサーとしての第一歩であり、遥はようやくその大きな一歩を踏み出そうとしていた。
「本当に色々と・・・ありがとうねっ」
遥は我に返ると急にお礼を言ってきた。
「いきなりどうしたんですか?」
僕は随分と志雄らしい遥に驚きの表情を浮かべた。
「別に・・・なんだか茜に感謝したくなってきただけよっ」
遥は頬を朱色に染めると恥ずかしそうに僕から視線を逸らした。
「早く新学期にならないかな・・・」
遥はスカイレース部に入るのが楽しみで仕方がないようであった。
まぁ、その気持ちはよくわかる。僕が初めての魔法実習を待っていた時のような気分なのだろう。
「その前に色々とやることはありますけどね」
僕は物思いに耽る遥に冷や水を浴びせるように釘を刺した。
「やること?」
遥は再びこちらに視線を戻すと不思議そうな表情を浮かべていた。
「そうですよ。重力魔法や時間魔法などの魔法を使うにはまずは空間情報学を学ばなければなりません」
「空間情報学?」
遥は初めて耳にする言葉にさらに眉をひそませた。
「魔法が空間に及ぼす影響や干渉などを学ぶための授業です」
重力魔法や時間魔法は自分自身だけでなく周囲の空間を巻き込んで発動するため、治癒魔法や形状魔法のように直接触れた物以外にも魔法の影響が及んでしまう。
そこで周囲に及ぼす影響力や干渉力などについて知識を身に付ける必要があった。
「・・・どういうこと?」
遥は眉間にしわを寄せると困惑した表情を浮かべていた。
「地球の磁場については大体理解できていますよね、遥さん?」
僕は空間情報学の説明をする上で遥にもイメージしやすいように地球の磁場について質問した。
「あれでしょ?北極と南極を中心にしてそこから磁気がそれぞれ発生していて地球に影響を及ぼしているっていう磁力のことよね?」
遥の説明は大雑把ではあるが、ほぼほぼ合っていた。
「その通りです。北極をN極、南極をS極として磁場が発生しており、その極の中心に近ければ近いほど強い影響力を及ぼすという話です」
僕は遥の説明を補う形で会話を続けた。
「同様に僕達が重力魔法や時間魔法を発動させた際に同じような状況が起こります」
重力魔法や時間魔法の影響力や干渉力は僕達魔法使いを中心に遠くなればなるほど力が弱くなる。
つまり、自分から離れた場所に重力魔法を掛けるためには近場よりも強い魔法を掛けなければならなくなるということである。
「それに僕達が離れた場所に魔法を発動させるにはその空間を完全に把握しなければなりません。そういった知識を学ぶのが空間情報学になります」
魔法の影響範囲についてはその空間を正確に認識しなければならず、曖昧な認識では魔法を発動することができない。
簡単な例えで言うと自分から20メートル先の空間に10メートルの正立方体の範囲で3倍の重力を掛けるというように頭の中で明確にイメージを浮かべなければならないのである。そのため、そのような空間を瞬時に認識するためには空間情報学を身に付けることが必要不可欠であった。
「・・・つまり、あたし達が重力魔法や時間魔法を学ぶためにはまだまだたくさんの知識が必要だということ?」
遥は難しい表情を浮かべながら簡単に結論をまとめた。
「その通りです」
僕は真面目な表情のまま首を縦に振った。
「はぁ・・・前途多難なのね」
遥は溜息を吐くと残念そうな表情を浮かべた。
「それは仕方がありません。魔法は単なる奇跡の力などという曖昧なものではなく歴とした学問なのですから」
だからこそ僕達のような魔法使いを目指す者には魔法を扱うために必要な知識について身に付けるための学びの場が必要なのである。
「学問ねぇ・・・」
遥は魔法が学問であると言われてうんざりとした表情を浮かべていた。彼女にとって魔法は奇跡の力であると言われた方がいいみたいであった。
「頑張りましょう、全てはスカイレーサーになるための試練ですよ」
僕は遥がやる気になるように業とらしくスカイレーサーの名前を口にした。
「・・・そうね。こうなったら何が何でもプロのスカイレーサーになってみせるわっ」
遥は目付きを鋭くさせるとやる気を漲らせた。
(遥さんって本当に・・・単純な人だな)
僕は燃え上がる遥を尻目に微かに口許を緩ませた。
それから数週間後、僕達は初めての重力魔法の実習を迎えようとしていた。
「緊張するわね・・・」
遥は何時になく真剣な表情を浮かべていた。
(流石に今日はやる気満々だな・・・)
そんな遥につられて僕も胸の内で感情が昂っていた。
「それでは本日より重力魔法の実習を始めます」
弥生先生は授業開始の鐘と共に体育館に入ってくると手に持っていた風船を配り始めた。
風船の中にはヘリウムガスが入っており、フワフワと宙に浮いていた。
「先生っ、この風船は何に使うんですか?」
弥生先生から風船を手渡されると生徒の1人が風船の使い道について訊ねた。
「この風船は・・・こういう風に使います」
弥生先生は手に持っていた風船の1つを宙に放すとその風船を空中とは反対に地面へと着地させた。
先生は重力魔法を使って風船の重さを何倍にも重くさせていた。
「まずはこのように宙に浮かんでいる風船を地面に着かせて下さい」
弥生先生は実演を見せると僕達にもやるように指示してきた。
「なるほど・・・」
僕は弥生先生の見様見真似で風船に重力魔法を掛けようと試みてみた。
(風船を重く・・・重く・・・なるようにイメージするんだ・・・)
僕は無我夢中で風船が重くなるように念じていた。
(・・・風船は?)
僕は恐る恐る風船の方に視線を向けると風船は宙に浮いたままであった。
(なぜだ?)
僕は風船が上手く地面に着かずに困惑した表情を浮かべていた。
結局、僕達の中で風船を地面に着かせることができたのは麗奈だけであった。
麗奈と同じ素質を持っている遥ですら風船を宙に浮かせたまま呆然としていた。
(やり方を間違えているみたいだな・・・)
僕は遥の方を見て魔法の強さではなく根本的な何かが違っていることに気が付いた。
(よく思い出すんだ・・・五十嵐先生の言葉を・・・)
僕は1学期に習った弥生先生の授業内容を思い出した。そして、自分の間違えについて理解した。
(そうか・・・1年生の時と同じミスをしていたんだ)
僕は間違えに気が付くと今度は別のイメージで風船に魔法を掛けてみた。
(引き合えっ、強くっ、強くっ)
僕は地球と風船の間に掛かっている引力に働きかけるように強く念じた。
すると風船は少しずつ少しずつ地面へと近づき始めた。
(やっ、やったっ)
僕は風船が沈んでいくのを見て思わず気を緩めた。
その瞬間、風船は最初の位置まで上昇してきた。
風船を地面に降ろし続けるためには相当な集中力が必要なようであった。
1年生の時に麗奈が苦労していた気分がよく理解できた。
(もう一度・・・)
僕は再び意識を集中させた。そして、今度は風船が地面に着くまで集中力を保ち続けた。
そうこうしている内にクラスメイトの何人かもイメージの間違いに気が付いたようであった。僕以外にも風船を地面に降ろしている生徒が現われ始めていた。
ぱーーーんっ!
僕が意識を集中させていると体育館内に風船の割れる乾いた破裂音が鳴り響いた。
「何?何?」
みんなは一斉に音の鳴り響いてきた方に視線を向けた。
その中心にはやはり遥が立っていた。どうやら彼女は風船に重力魔法を強く掛け過ぎてしまったようであった。
(遥さんも気が付いたみたいだな・・・)
「あ・・・」
僕が遥に気を取られている間に風船は何時の間にやら体育館の天井の方へと飛んでいってしまっていた。
僕以外にも何人かの生徒が天井へと風船を飛ばしてしまっていた。
みんな、遥に気を取られて集中力を途切れさせてしまったようであった。
「やれやれ・・・本日はこれまでとしましょう」
弥生先生は無様な様子に呆れた表情を浮かべると授業の終了を告げた。
「先生、天井に飛んでいってしまった風船はどうしましょうか?」
風船を飛ばしてしまった生徒は天井に浮かんでいる風船を指差しながら戸惑っていた。
「それについては私の方で回収しておきますので、みなさんは次の授業に備えて体育着を着替えてきなさい」
弥生先生は体育館の天井に飛んでいってしまった風船に手を翳すと1つ1つ丁寧に回収し始めた。
「なるほど・・・」
僕は弥生先生の様子を観察しながら見様見真似で天井に上がってしまった風船に手を伸ばした。
(引き合えっ、引き合えっ)
「・・・やっぱり、まだ無理か」
僕は手を離れた風船に重力魔法を掛けようとしたが、上手くいかなかった。
僕が離れた場所に重力魔法を掛けるためには空間情報学を理解する必要があるようであった。
「高見澤さん、あなたも早く着替えに向かいなさい」
僕が風船に手を翳していると弥生先生が注意してきた。
「・・・すみません」
僕は弥生先生に頭を下げるとその場を後にした。
(着替えたいのは山々なんだけど・・・まだ無理かな・・・)
僕は苦笑いを浮かべながらクラスメイトの女子達が全員更衣室から出て行くのを静かに待った。
見た目が女の子でも中身は歴とした男である。そんな僕が他の女子に紛れて更衣室に入るわけにはいかなかった。
「・・・もういいわよ」
僕が更衣室の前で待っていると着替えを終えた遥が話し掛けてきた。
「何時もすみません」
僕は遥にお礼を言うと更衣室の中へと足を踏み入れた。
何時も彼女に入るタイミングを教えてもらってから服を着替えていた。
こうして僕達は風船が上手くコントロールできるようになるとサッカーボール、バスケットボール、ボーリングの球と少しずつ大きく重いボールへと取り替えられていった。
「大分、重力魔法のコントロールができるようになってきましたね」
「これならもうスカイレース部に入部しても問題ないじゃない?」
遥は自信満々な様子で胸を上下に揺らすとスカイレース部への入部について切り出してきた。
「そうですね・・・そろそろ入部届けを出してもいい頃合でしょう」
僕は遥の提案を了承すると彼女の背中を後押しするように優しく微笑んだ。
「それじゃっ、早速、今度の休み明けにでも部室に行ってみよう」
「わかりました」
僕は遥と小指を絡めるとスカイレース部の部室に行くことを約束した。そして、5月の連休が明けると僕達は早速スカイレース部へと足を運んだ。
「すいませんっ」
「・・・えっと・・・もしかして?入部希望者かな?」
僕達がスカイレース部の扉を叩くと部室の中から先輩らしき人が顔を出してきた。
「はいっ、あたし達、スカイレース部に入りたくて・・・」
遥は目を輝かせながら先輩に返事をした。
「そう・・・それなら、この入部届けに名前を書いて担任の先生に出しておいて」
先輩は入部届けの紙と一緒に何やら携帯の説明書のように分厚いマニュアルを手渡してきた。
「この分厚い本は何ですか?」
遥はそれらを受け取るとすぐさま質問を返した。
「それはあたし達が部活で使っている箒の取り扱いに関するマニュアルよ。よく頭に叩き込んでおいて。それを頭に入れてなければ何も教えることはできないから」
遥は箒のマニュアルを見つめながら困惑した表情を浮かべていた。
まさか箒に跨るのにこんな分厚いマニュアルに目を通さなければならないなんて思ってもみなかったのだろう。
「他に何か質問はある?」
先輩は困惑する遥を尻目に僕の方に話を振ってきた。
「えっと・・・入部届けを出した後はここに戻ってくればいいですか?」
僕は入部届けを出した後の行動について確認した。
「・・・今日はもう来なくてもいいわ。どうせ、そのマニュアルに目を通していなければ何もできないでしょうし・・・」
先輩は意味あり気な言葉を口にすると微かに口許を緩ませた。
その笑みはどことなく僕達のことを小馬鹿にしているように感じられた。
(一体どういう意味なんだろうか・・・)
僕はその先輩の笑顔が妙に引っ掛かっていた。
「それじゃ、部活は夕方の4時頃から始まるからそれまでに顔を出してね」
先輩はそれだけ伝えるとすぐさま部室の扉を閉めた。
部室の中では何やら新人を指導するような声が響いていた。かなり急がしそうな状況であった。
(部室の中では一体何が行われているんだろうか?)
僕は部屋の中が非常に気になっていたが、今は目先のことだけを考えることにした。
「遥さん、何時までも悩んでないでいきますよ」
僕は呆然と立ち尽くしている遥を現実に引き戻すと弥生先生の下にスカイレース部の入部届けを提出しに向かった。
「・・・ようやく出してきたわね」
弥生先生は僕達から入部届けを受け取るとそれらを1つにまとめて机の端の方へと置いた。
「遅かったですか?」
僕は弥生先生の態度を見て首を斜めに傾げた。
「まぁ、ほとんどの生徒は新学期が始まると同時に出してきたからね」
スカイレース部に入ろうと決めていた生徒の大半は2年生になると同時に入部届けを出していた。
彼らは雑用をやらされることになったとしても構わないようであった。
ちなみに麗奈は1年生の3学期からスカイレース部に所属していた。
重力魔法の基礎が使える彼女は3学期の僅かな期間で上級生と同じ練習をこなすようになっていた。
「それに・・・まさかスカイレーサーのプロを目指している者がこんなにも遅く入部届けを出してくるとは思わなかったからね」
弥生先生は遥の方に視線を向けると微かに口許を緩めた。
先生は1年生の時の遥の自己紹介を覚えていたようであった。
「先生・・・あたし。絶対に魔道競技祭のスカイレースに出て優勝してみせるからっ」
遥は挑発する弥生先生に宣戦を布告するようにそう言い切った。
「・・・頑張りなさい。期待はしているから」
弥生先生は優しく微笑むと椅子を立ち上がって遥の肩に優しく手を置いた。
先生は彼女の持つ魔法使いとしての素質に期待しているようであった。
「はいっ」
遥は弥生先生に元気よく返事をした。
(本当に凄いな、遥さんは・・・)
僕はやる気を漲らせる遥を尊敬の眼差しで見つめながら自分の夢に向かって常に強気な態度でいられる彼女の姿勢に感心していた。
「それでは失礼します」
僕達は弥生先生に頭を下げると職員室から出て行った。
「これで・・・明日からスカイレースの練習ができるのね」
遥は嬉しそうに目を輝かせていた。
「その前にこれを頭の中に叩き込まないと・・・」
僕は手に持っていた分厚いマニュアルを遥に見せた。
「そうだったわね・・・」
遥はスカイレースに使う箒の取り扱いマニュアルの存在を思い出して苦笑いを浮かべた。
「これもスカイレーサーになるための訓練ですよ」
僕は露骨に嫌そうな表情を浮かべる遥を励ますと学園の寮へと向かった。そして、自室に戻ると先輩から手渡されたマニュアルに目を通した。
マニュアルの主な内容は箒に取り付けられたエンジンの整備方法と操作方法、ウィングの使い方などについて書かれていた。
「どうですか、遥さん?読み終わりましたか?」
僕は箒の取り扱いマニュアルを一通り理解すると遥の方に話しかけた。
「・・・まだよ。相変わらず、読み物は早いわね」
遥は眉間にしわを寄せて不機嫌そうな表情を浮かべながら分厚いマニュアルと睨めっこをしていた。
「本当にスカイレーサーになるのにこんな物を読む必要があるの?」
遥は愚痴を溢すように質問してきた。
「まぁ、知識は役に立つと思いますよ。基本的に箒についているエンジンの整備は自分でしないといけませんし、それにエンジンやウィングの使い方なんかも頭で理解しておかないと上手く箒を操作できませんから」
僕は遥に手渡されたマニュアルの重要性について説明した。
「何かイメージしていたのと随分違うな・・・」
遥は観念したように溜息を吐くとマニュアルを読むことを再開した。
(頑張ってください、遥さん。これもスカイレーサーになるための勉強です)
僕は集中している遥の邪魔にならないように心の中で励ますと温かい目で彼女のことを見守った。




