第12話:夏祭り
「本日の営業はここまでにしよう」
お店のオーナーは店の中にいた最後の1人を送り出すと唐突に営業の終了を告げた。
「まだ仕事中ですが・・・いいんですか?」
浜辺は既に夕焼け色に赤く染まっていたが、何時もの閉店時間まではまだ少し時間が残っていた。
「問題ないよ。今日は夜から花火大会があるからね。このお店を貸し切りにする予定なんだ。だから、今日はもうあがっていいよ」
「そうですか・・・」
僕は急にやることがなくなって一気に体から力が抜けていった。
「遥くんも後片付けはもういいからこっちへ来なさい」
「は~い」
遥はお店のオーナーに呼ばれると洗い物を切り上げて店のカウンターへとやって来た。
「い~や、5日間、本当にありがとう。君達のおかげでお店の売り上げもばっ~ばんと延ばすことができたよ」
お店のオーナーは満足そうな笑みを浮かべながら頭の後ろを掻いた。
「いえ、こちらこそ、色々と勉強させてもらい、ありがとうございました」
僕は深々とお店のオーナーに頭を下げた。本当に貴重な経験をした気分であった。
「お店が繁盛した分は給料に反映しておいたから、このお金で君達もお祭りを楽しんでくるといいよ」
お店のオーナーはレジの中に入れておいた給料明細入りの封筒を取り出すとそれを僕達に差し出してきた。
「ありがとうございますっ」
遥は給料袋を受け取ると満面の笑みを浮かべてお店のオーナーに頭を下げた。彼女を見習って僕も同様に頭を下げて給料袋を受け取った。
「また、機会があればよろしくお願いしますね」
遥はお店のオーナーの手を強く握り締めると来年も雇ってもらえるようにしっかりと根回しをしていた。
「その時はよろしく頼むかな」
お店のオーナーも満更でもない様子であった。
「これからどうします、遥さん?」
僕達は一旦宿に戻って私服に着替えると遥にこれからの予定について確認した。
「流石に今から勉強をする気にはならないから・・・花火でも見に行かない?」
遥はお店のオーナーの言っていた花火を見に行くことを提案してきた。
「そうですね・・・」
(このまま遥さんに無理やり勉強をさせるよりも夏休みの思い出を作った方が良い気分転換になるかもしれない)
僕は少し考え込むと遥の意見に乗っかることにした。
「・・・わかりました。花火が始まるまでまだ少し時間があるみたいなのでまずは屋台にでも回ってみませんか?」
僕は花火の前に屋台を見に行くことを提案した。
「別にいいわよ。あんたが見たいなら付き合うわ」
遥は僕の方に身を翻すと可愛らしい笑顔で微笑んだ。
「それじゃ・・・行きましょう」
僕達は夕焼けで真っ赤に染まる海岸線を歩きながら屋台の並ぶ道の方へと移動した。
「・・・随分と賑わっているわね」
「そうですね」
僕らは混雑する人の波を掻き分けながら屋台の奥の方へと進んでいった。
「・・・懐かしいですね」
僕は辺り一面に並んでいる様々な屋台を見ながら両親と一緒に歩いた昔の記憶を呼び起こした。
「本当にね・・・焼きそばに、林檎飴に、綿菓子・・・昔よく作っていたわ」
「え・・・」
僕は遥の台詞を聞いて思わず目を点にさせた。
「・・・見て回ったの間違いじゃないんですか?」
「何を言っているの?お祭りと言えば・・・絶好の稼ぎ時じゃないっ」
遥は眩しく目を輝かせながら拳を握り締めた。
彼女は教会の近くで祭りがある度に孤児院で培った能力を活用して屋台で出される料理の下拵えや休憩時間のお留守番などをして小銭を稼いでいた。
(遥さん・・・バイタリティがありすぎだな・・・)
僕は自分との思い出とかけ離れている遥の過去を聞いて苦笑いを浮かべた。
「こういうお祭りと言ったら普通は見て楽しむものですよ」
僕はそこら辺を楽しそうに歩く人達を指差しながらお祭りの在り方について熱く語った。
「へぇ、そういうものなんだ・・・」
遥はぼんやりと辺りの様子を確認しながら不思議そうに首を傾げていた。
「という訳で・・・今日はとことん楽しみましょう」
「そうね・・・」
遥は楽しそうに眩しい笑顔を浮かべた。
こうして僕は賑わう屋台の中を進みながらお祭りの雰囲気を楽しんだ。
(どうしたんだろう、遥さん?)
お祭りを楽しむ僕に対して遥の表情は次第に曇っていった。
(何か・・・とても寂しそうだな・・・)
僕は遥が悲しそうな理由が全く思い当たらなかった。
「あの・・・遥さん?」
「何?」
「お祭り・・・つまらないですか?」
僕は思い切って遥に悲しそうな理由を聞いてみた。
「そんなことはないわよ」
遥は表情を切り替えると楽しそうな作り笑いを浮かべた。その笑顔はまるで本当は勉強が嫌いなのに楽しいと言っている子供のような顔であった。
「嘘ですね。それならどうして・・・そんな寂しそうな表情を浮かべているんですか?」
「あんたにはあたしが寂しそうに見えるの?」
「・・・見えます」
僕は感じたままの遥の状態を素直に伝えた。
「やれやれ・・・あんたには隠しごとはできないわね」
遥は再び寂しそうな表情を浮かべると静かに唇を動かした。
「もし、あたしが普通の家庭に育っていたなら・・・あんな感じにお祭りを楽しんでいたのかなって思っただけよ」
遥は両親に手を繋がれて歩く子供を指差しながら自らの心境を語った。彼女は自分の生い立ちと周囲の状況の違いについて戸惑を感じているようであった。
(そうか・・・遥さんは小さい頃、両親に捨てられたんだった・・・)
僕は遥が寂しそうな表情を浮かべる理由について納得した。
「それなら・・・僕と一緒に楽しみましょうっ」
僕は唐突に手を差し出した。
「え・・・」
遥はいきなりの申し出に困惑した表情を浮かべた。
「まずは僕と手を繋いで歩きませんか?そうすれば・・・あの家族の気持ちが少しはわかるかもしれません。もっとも僕じゃ遥さんの家族の代わりにはならないかもしれませんが・・・」
僕は母親が自分の子供に向けるような優しい眼差しで遥を見つめた。
「・・・いいわ。あんたの口車に乗ってあげる」
遥は目尻にやんわりと涙を浮かべると優しく僕の手を握り締めた。
(・・・なんか緊張するな)
最初は全く気にならなかったが、遥の手を握っていると次第に僕の心臓は高鳴っていった。
彼女の手から伝わってくる温もりが手を伝わって少しずつ全身に広がっていくような感覚であった。
「どうかしたの?」
僕が緊張していると遥は不思議そうな顔で僕の顔を覗き込んできた。
「べっ・・・別に・・・」
僕は照れ隠しをするように遥の顔から自分の顔を叛けた。
「変なの?」
遥は僕のことを気に留める様子もなく再び前の方に視線を戻した。
(僕・・・どうしちゃったんだろうか・・・)
僕は初めて胸の奥に芽生えた新しい感情に戸惑いを感じていた。遥の方は全く動じていない様子であった。
「そういえば・・・遥さんは貰ったバイト代を何に使うんですか?」
僕は気を紛らわせるためにバイト代の使い道について訊ねた。
「バイト代?」
遥は突然の質問に首を傾げた。
「ええ、この貰った給料をどうするのかなって」
僕は店のオーナーから貰った給料袋を遥に見せた。
「そんなの決まっているじゃない・・・寄付するのよ」
「寄付ですか?」
僕は予想外の返答に目を丸くさせた。
「そう・・・このお金は全部あたしを育ててくれた教会にプレゼントするの」
遥は屈託のない笑顔を浮かべると拳を握り締めて胸に当てた。
彼女は元々教会の子供達が少しでも豊かな暮らしができるように夏休みにアルバイトをすることを決めていたようであった。
(遥さんは本当に優しい人だな・・・)
僕は遥の優しさに触れて心の底から感動した。
「それだったら僕のバイト代も・・・」
僕が遥と同様に寄付を協会にすることを提案しようとした瞬間、彼女は僕の唇に自らの人差し指を当てた。
「同情?・・・同情だったらいらないわっ」
遥は真剣な眼差しで僕の目を見つめ返してきた。
「・・・違います」
僕は遥の手を退けると首を横に振った。
「僕が寄付をしたいと思うから・・・だから、遥さんの教会に寄付をしたいんですっ」
僕は遥の気持ちに共感して寄付をしたいと思ったことを率直に伝えた。
確かに彼女の言うとおり、彼女達に同情する気持ちが全くなかったわけではないが、それよりも僕自身が何かを協力したいという気持ちの方が遥かに勝っていた。
「本当に?あんたは本当にそれでいいの?」
遥は困惑した表情を浮かべると虚ろな瞳で僕を見つめた。
その瞳は暗闇の中で輝く蝋燭の炎のように揺れていた。様々な人間に裏切られ続けた彼女は人を信じることに臆病になっていた。
「・・・構いません。これは僕の意思ですっ」
僕は真剣な表情で不安そうな遥の瞳を見つめ返した。
「あんたって・・・本当に馬鹿ね・・・。そんなに寄付したいなら勝手にしなさいっ」
「はいっ」
僕は遥に給料袋を手渡した。
「そろそろ始まりますね。浜辺の方に移動しましょう」
僕は携帯で時間を確認すると遥を連れて人気の少ない浜辺へと移動した。
僕達が浜辺に着く頃には太陽は地平線の向こう側へと沈み、辺り一面はすっかりと静かな闇に包まれていた。
「・・・この辺で見ましょうか?」
僕は海岸線沿いの石階段の上に腰を掛けた。
「静かな所ね・・・」
遥は僕の隣に腰掛けると視線を星空の方へと向けた。
「くっしゅんっ」
遥は唐突に鼻を大きく鳴らした。
「夏でも夜は少し冷えますね」
僕は自分の着ていた服を一枚脱ぐとその服を遥の肩に掛けた。
「なっ・・・何してるのよっ」
遥は突然の行動に顔を真っ赤にして恥ずかしがった。
「遥さんが風邪を引いたら困りますから」
「馬鹿・・・でも・・・ありがとう」
遥は僕から顔を叛けたまま静かに唇を動かすと感謝の言葉を口にした。
「あんたの匂いがするわ・・・」
遥は羽織った僕の服に顔を近づけると微かに鼻を動かした。
「止めてくださいっ」
僕は顔を真っ赤に染めると慌てて遥の行為を制止した。
「別にいいでしょ、減るもんじゃないし」
僕がいくら男の子といえども自分の匂いを他人に嗅がれるのはこそばゆい感じがしてとても恥ずかしかった。
「そういう問題じゃ・・・」
「こうしてると・・・落ち着くのよ・・・」
遥は僕の言葉を遮ると志雄らしい態度で視線を地面の方へと落とした。
(どうしちゃったんだろう、遥さん?)
僕は激しく呼応する心臓の鼓動を必死に抑えながら遥のことを静かに見守った。
ひゅ~・・・どーーーんっ!
しばらくの間、僕らが沈黙していると唐突に空から大きな音が響いてきた。そして、星空のキャンバスに煌びやかな大輪の花を咲かせた。
「綺麗ですね・・・」
「そうね・・・」
遥は艶のある可愛らしい声を出すと静かに僕の方に視線を向けてきた。
「今日は・・・あんたのおかげでとても楽しかったわ」
「遥さんが満足してくれたなら良かったです」
僕も遥の方に視線を向けると明るい笑顔を浮かべた。
「・・・ありがとうね、茜」
遥は花火が上がる瞬間に合わせて静かに唇を動かした。
「えっ?」
僕は夜空に響く花火の音で遥の言葉を上手く聞き取れていなかった。
「今・・・何て言ったんですか?」
僕は遥の言葉が気になって彼女の言葉を聞き返した。
「何よっ、聞いてなかったの?」
「すみません・・・花火の音と重なってしまい、よく聞き取れませんでした」
僕は目尻を下げると申し訳なさそうに頭を下げた。
「ありがとうって言ったのよっ。全くもうっ」
遥はふてくされたように軽く頬を膨らませると真っ赤に染まった顔を僕から叛けた。
(遥さんは何をそんなに怒っているんだろうか?)
僕には遥の気持ちが全く伝わっていなかった。
こうして僕達は夏休みの間中、ずっと一緒に過ごしながら様々な経験を積み重ねていった。そして、少しずつお互いのことを理解していった。




