第13話:魔道競技祭の概要(前編)
「どうでしたか、遥さん?」
僕は神妙な面持ちを浮かべると心配そうな眼差しで遥を見つめた。
「・・・」
遥は沈黙したまま僕から目線をずらした。
「そんな・・・まさか・・・」
僕は万が一の場合を想定して心臓を高鳴らせた。
「・・・こんな感じよっ」
遥は視線を僕の方に戻すと満面の笑みを浮かべた。そして、夏休み明けに行われた学力テストの解答用紙を僕に見せた。
そこには50点から70点の点数が書かれた答案が並んでいた。
「・・・はぁ」
僕は安堵の溜息を吐き出すと脱力して体から力を抜いた。
「もうっ、遥さん。驚かさないで下さいよっ」
僕は紛らわしい行動を取る遥に思わず語気を荒めた。
「ごめんなさい・・・あまりに嬉しかったものだからついね・・・」
遥は志雄らしく頭を下げると両手を前に突き出した。
「まぁ、これで無事に夏休み明けの学力テストは乗り切ったわけですが・・・まずはお祝いしましょう。おめでとうございます、遥さん」
僕は遥に頭を上げさせるとお祝いの言葉を述べた。
「全部茜のおかげだよ・・・ありがとね」
遥は照れ恥ずかしそうに顔を叛けると小さな声で感謝の言葉を呟いた。
彼女は夏休みの一件以来、僕のことを下の名前で呼ぶようになっていた。
「頑張ったのは遥さんです。僕は遥さんが頑張れるようにお手伝いしただけですから・・・」
僕も遥につられる様に顔の温度を上げると恥ずかしそうに両手を横に振って遥の頑張りを褒めた。
「・・・それもそうね」
遥は何時もの表情に戻ると何事もなかったように自分のベッドへと移動した。
「これでしばらくの間は勉強の心配をしなくてもすむわね」
遥はベッドの上で大きく背伸びをすると寛ぎのポーズを取った。
「何を悠長なことを言っているんですか、遥さん」
僕はあまりに暢気すぎる遥にもっと気を引き締めるように注意した。
「えっ、だって・・・中学の復習は夏休みで終わったでしょ?それにテストだってそこそこの点数が取れるようになったわけだし・・・」
僕は夏休みのほとんどを費やして遥に中学で学ぶべき基礎知識を全て叩き込んでいた。
「過信はいけませんよ。遥さんは今ようやく他の人達に追いついたにすぎません」
僕は遥の置かれている状況について説教した。
「遥さんには学んでもらわなければならないことがまだまだたくさんあります。それに勉強もそうですが、もうすぐ魔道競技祭が始まります。その準備もしなければなりません」
「魔道競技祭?何それ?」
遥は目を丸くさせると初めて聞いたような素振りを見せた。
「夏休み前に五十嵐先生が言っていたじゃないですか。2学期の中頃に魔道競技祭が行われるから充分に魔法の技量を磨いておくようにと・・・」
「そうだっけ?」
遥は首を傾げると眉間にしわを寄せた。
「そもそも魔道競技祭って何だっけ?」
「そこからですか・・・」
僕は遥の無知っぷりに落胆の溜息を吐いた。
「いいですか?魔法競技祭とは・・・魔法を使った体育祭のことです」
「体育祭で魔法を使用するの?そんなんで競技が成り立つの?」
遥の意見は尤もなことであった。
魔法は物理法則を捻じ曲げてしまうため、魔法を使用すれば大半のスポーツの意味がなくなってしまう。例えば、重力魔法を用いて走り幅跳びや棒高跳びなどの飛距離を競うスポーツを行えば、どこまでも跳んでいってしまうため、決着がつけられない。
「それを成り立たせるために各競技には様々な制限が設けられています」
「様々な制限?」
「そうです。例えば・・・魔法の使用制限とか、参加学年の制限などがあり、各競技がきちんと成り立つように考えられています」
僕は簡単に魔道競技祭について説明した。
「たかだか学校の体育祭でしょ?そこまで大掛かりなことまでしてやる意味があるの?」
遥は魔道競技祭の意義について疑問を感じていた。
「意味は十分にありますっ」
僕は真面目な表情で遥の顔を見つめた。
「魔道競技祭はこの周辺エリアにある4つの魔法高校が参加します。そして、その成績の優劣によって国から受けられる補助金の割合が決められています」
魔道競技祭は単なる学校の行事などではなく学校の地位や名誉、そして、経営に関わる重要なイベントの1つであった。
「元々は地域の見世物として行われるお祭りの1つだったらしいのですが、魔法使いになれる高校の開設が増えるに連れて段々と重要性も増していったようです」
僕は小学生の頃に身に付けた魔法使いの知識を披露した。
「・・・なんか色々と物々しいわね。でも、そんな重要なイベントならあたし達のような新米の1年生には出番は回ってこないんじゃないの?」
「残念ながら僕達も参加しなければなりません。魔法使いになれる生徒の数はそんなに多くありませんから」
魔法の高校では学年が上がるに連れて生徒の数が極端に減っていく。
学業に付いていけなくなった者、各学年で習っている魔法の課題にクリアできなかった者、魔法使い以外の道を志した者など、そういった者達が学校からいなくなるためである。
学校を去った者は基本的に退学扱いにはされない。魔法使いの高校が経営している付属の普通の高校へと転校することになる。あとは医者や飛行機の運転手など専門の職業を目指した者達がそれぞれの専門学校へと転校していく。
そういった専門職を目指す者達にとって魔法高校のカリキュラムを全てこなすことは時間の無駄でしかない。なぜならば、僕達が魔法を使える期間は限られており、細胞の新陳代謝の衰えと共に魔法力が衰えてしまうため、40代を過ぎる頃にはほとんどの者が魔法を使えなくなるからである。
「それで具体的にはどんな感じに行われるの?」
遥は魔道競技祭の内容について確認してきた。
「具体的ですか?具体的には・・・僕達は競技参加用のエントリーシートを1枚貰います」
僕は机の中から適当な用紙を取り出すと遥にその用紙を手渡した。
「1枚だけしかもらえないの?魔法が得意な人が複数の競技に参加した方が有利だと思うんだけど?」
「確かに遥さんの言うことは尤もです。ですが・・・そうなると学校と学校の競技というよりは個人間の競技になってしまいます。それだと競技祭を開く意義に反してしまいますので・・・」
流石に学校の行く末を1人の生徒だけに任せるのは責任が重過ぎるため、魔道競技祭の参加形式はエントリーシート方式が採用されるようになった。
他にも1人の優秀な魔法使いがいる高校に国の補助が集中しないようにするためでもあった。
「それでこの用紙をどうすればいいの?」
遥は僕から受け取った用紙をヒラヒラと波打つように揺らした。
「競技に参加するにはその用紙に自分の名前を書いて参加選手を募集している競技会場に行って受付を済ませます。あとは自分の名前が呼ばれたらその競技に参加すればいいんです」
「なるほどね・・・」
遥は納得したようにすっきりとした表情を浮かべた。
「そういえば、さっき参加競技には様々な制限が設けられるといっていたけど・・・それによってあたし達が参加できない競技ってあるの?」
「たくさんありますよ」
僕は机の中からノートを取り出すと真っ白なページを開いて、そのページに魔道競技祭で行われる各競技について書き出した。
「こんなに競技があるの?」
遥は魔道競技祭の種目の多さに唖然としていた。
魔道競技祭は全部で50種目の競技が同時並行で行われる。一瞬で終わるものもあれば、トーナメントを勝ち抜いて決めるもの、長い時間を掛けて勝敗を決するものと様々なものがある。そして、それらの競技には規定の参加人数と参加制限が設けられている。
「特に得点が高いのが・・・これですね」
僕は魔道競技祭の種目の中から長距離のスカイレースを指差した。
「魔道競技祭でスカイレースが行われるの?」
遥はスカイレースと聞いて期待で瞳を輝かせた。
「この競技は魔法制限なしの参加人数12人の3年生専用の種目ですね。これで優勝できれば50点が貰えます」
ちなみに他の競技は集団競技で5点から30点、個人競技は1点から4点が貰える。
ただし、『格闘』という個人競技だけは他の個人競技よりも点数が高く優勝者に30点が貰える。それだけ過酷な競技なのである。
「3年生専用の種目・・・それじゃ、あたし達には参加することができないのね」
遥は頬を少し膨らませると不満そうな表情を浮かべた。
長距離のスカイレースは魔道競技祭の目玉中の目玉競技である。
この競技に参加するのはまさに各校の選りすぐりの代表選手達であるため、僕らのような新米の生徒には参加する権利すら与えられていなかった。そもそも1年生の僕達じゃ重力魔法が使えないため、宙に浮くことすらできない。
「まぁまぁ、他にも競技はありますから」
僕は不服そうな遥を宥めると魔道競技祭の説明を続けた。
「あとの3年専用種目は『バトンリレー』と『乗馬』ですね」
バトンリレーはバトンを渡しながら走る徒競走で5人の走者がゴールを目指して走る。乗馬は馬を操作しながら魔法を駆使して様々な障害物を駆け抜ける競技である。
「あとは僕達が参加できるけど絶対に参加してはいけない競技がいくつかあります」
「参加してはいけない競技?」
「そうです。この『格闘』という競技や『短距離走』ですね」
僕は要注意種目について蛍光ペンで赤丸を付けた。
「そんな一般的な競技なら魔法はあんまり関係ないんじゃないの?」
「大有りですっ」
僕は拳を握り締めるとこれらの種目の危険性について力説した。
「これらの競技は時間魔法が使える3年生が圧倒的に有利になります。時間魔法の基礎を身に付けていない僕らでは参加するだけ時間の無駄なんです」
「なるほど・・・」
遥は納得したように首を大きく縦に振った。
「その他にも2年生専用の種目がこちらになります」
僕は黄色の蛍光ペンに持ち替えると2年生が参加する種目に丸を付けた。
僕が丸を付けた競技は『スカイレース(短距離走)』、『ウォーターフラッグ』、『スカイウォーカー』、『玉入れ』、『綱引き』、『ハードル走』、『大玉転がし』など重力魔法を使う必要のある種目であった。
スカイレース(短距離)は2年生専用の参加種目で3年生のレースよりも距離が短く、細かなカーブや様々な障害があり、技術的には長距離のスカイレースよりも難しいと言える。長距離がオフロードの耐久レースとするならば、短距離はオンロードのレーシングである。
ウォーターフラッグは200メートルのプールの端と端に5メートルの程の棒が立てられており、その頂上には各々の高校の旗が取り付けられている。
その旗を取った高校のチームが勝ちとなるが、その旗に行くまでの足場は全て水となっており、膝下まで水に使った選手は失格となる。つまり、プールの水面を沈まずに旗の元まで辿り着かなければならない。また、参加選手は旗を取りに行くだけではなく旗の下で防衛することも可能である。わかりやすく言えば、水上版の棒倒しである。
スカイウォーカーは上空200メートルから生徒達が一斉に飛び降りて、直系50センチの着地点を目指す競技である。
空中を降りてくる際は上手く重力魔法を制御してゴールを目指したり、他の生徒達の妨害をしたりしてゴールを死守する。最後まで目的地点に立っていた者が勝者となる。ちなみにゴール以外の足場は全てプールとなっており、参加選手はバブルボールのような空気の大玉に身体が包まれている。
玉入れは玉を入れる籠の下に『キーパー』と呼ばれる重力を制御する選手が複数おり、周囲から投げられた玉が籠に入らないように上手く重力を制御する。ちなみに玉を入れる選手は地面から足を離してはいけない。つまり、籠の上空から玉を投げ入れることは禁止されている。
これは参加選手に怪我をさせないための考慮である。
綱引きは足場に木製の板が敷かれており、ある一定の重量がかかると板が壊れるようになっている。その為、参加選手は縄を引きながら上手く重量を乗せる必要がある。
ハードル走は通常のハードルよりも何倍も高い壁が立ちはだかっており、重力魔法を駆使してそれらの障害物を越えていく。
大玉転がしは空気入りの大きな玉に重力魔法を掛けて他の選手とぶつけ合い、玉を競技会場から弾き出す競技である。
僕は遥のためにそれらの競技について丁寧に説明をした。
「とりあえず・・・あたし達が参加できない競技はよくわかったけど・・・それじゃ、あたし達が参加できる競技はどれなの?」
遥は僕の説明を聞き飽きたように眉間にしわを寄せた。
「僕達が参加できる競技ですか?・・・そうですね。僕達が参加できる主な競技は『騎馬戦』、『作り物競争』、『大縄跳び』、『フライングバード』、『スポーツクライミング』、『障害物競走』、『借り物競争』になります」
僕は1年生のメインで行われる競技について緑色の蛍光ペンで丸を付けた。
「騎馬戦や大縄跳び、障害物競走、借り物競争はなんとなくわかるけど・・・作り物競争とか、フライングバード、スポーツクライミングって何?」
遥はイメージのできない競技について質問してきた。
「作り物競争は代表の選手が中央にいる競技祭役員からお題となる紙を貰って来て各高校のチーム毎にそのお題に従って形状魔法を使って巨大なオブジェクトを作ります。オブジェクトが完成するまでの時間とオブジェクトの完成度によって得点が付けられます」
「なるほどね。つまりは・・・札幌の雪祭りみたいなものね」
遥は小さい頃に見に行ったことのある札幌の雪祭りのイメージを思い浮かべた。
「まぁ・・・イメージは概ねそのようなものです」
「それでフライングバードの方は?」
「フライングバードはわかりやすく言えば、鳥人間コンテストです。ただし、空を飛ぶ際には自らの体を紙飛行機のように変形させてより遠くまで飛んだ選手が優勝となります」
僕は遥のイメージに合わせて具体的なイベントを用いて説明した。ちなみにこの競技は重力魔法を使われると止めどなく飛距離を延ばせるため、当然、使用は禁止されている。
形状魔法を使用して如何に自らに掛かる空気抵抗を減らし、風に乗りやすい体型になるかが勝敗のポイントとなる。
「なんだか面倒臭そうな競技ね・・・」
遥は細かな変形が苦手なため、眉間にしわを寄せて渋い表情を浮かべた。
「次にスポーツクライミングですが・・・スポーツクライミングは適度な凹凸が作られた壁をどれだけ早く登って頂上に辿り着けるのかを競う競技です」
これも重力魔法は禁止である。
形状魔法によって壁に新たな道を作ったり、筋力を強化したりして頂上を目指して登っていく。ちなみにスポーツクライミングのコースは競技運営委員会によって作られるため、その都度、その都度、微妙にコースが変化している。
「まだ、こっちの方がやりやすそうね」
遥は体型を変形させるものよりも筋力を強化させる方が得意であったため、作り物競争やフライングバードよりはスポーツクライミングの方が向いていた。
「残りのスポーツについて説明は大丈夫ですか?」
「どうせ残りの競技でも魔法を使って体を変形させたり、筋力強化したりして競うものでしょ?」
遥の言うとおりであった。
騎馬戦は身体を硬くしたり、筋力を強化したりして相手の騎馬を崩したり、相手の頭から鉢巻を奪ったりする競技である。
障害物競走、借り物競争も同様で身体強化と体型変化が勝敗のポイントとなる。大縄跳びに至っては筋力強化の魔法を使って永遠に縄を飛び続ける地味な競技である。この競技は魔法の耐久力が試される。ちなみに縄のスピードは徐々に早くなっていく。
「あとはテニスやバトミントン、卓球などの一般競技も行われます」
当然であるが、これらの競技も全て魔法の使用が認められており、主に筋力強化や神経強化が問われることになる。あとは如何に運動神経がよいかで勝敗が決まる。
「それで茜はどの競技に参加するつもりなの?」
遥は参考までに僕の参加競技について質問してきた。
「僕ですか?僕はですね・・・」
僕は自分がどの競技に適しているのかをよく考えてから遥の質問に答えた。
「やっぱり・・・スポーツクライミングか、大縄跳びですかね」
僕は純粋な体力勝負になりやすい競技を選択した。
僕にはY染色体があるため、他のY染色体を持たない女子生徒達よりも体力や筋力面で圧倒的に有利であった。言うなれば、僕は常に筋力強化魔法が身体に施されている状態なのである。
「それじゃ・・・あたしも茜と同じ競技に参加しようかな」
遥は子供のような無邪気な笑顔で微笑んだ。
「遥さんもですか?」
僕は遥の唐突な提案に目を点にさせた。
「べっ、別にあんたと同じ競技に参加して一緒に練習したいからじゃないんだからねっ」
遥は誰かに言い訳するように頬を薄紅色に染めた。
「・・・いいんじゃないですか。遥さんにもぴったりな競技だと思いますよ」
「本当に?」
遥は微かに瞳を潤ませると僕の瞳に視線を集中させた。
「大丈夫ですよ。遥さんなら絶対に活躍できますっ」
僕は遥の持っている運動神経と魔法の潜在能力からスポーツクライミング、大縄跳びでも充分に活躍できることを確信していた。
尤も遥の場合、彼女の潜在能力をもってすれば、どの競技に参加したとしても活躍することは充分に可能であった。ただし、彼女が潜在能力を発揮するためには相当量の訓練が必要である。




