第37話:60秒のデスマ(社畜SE、覚醒)
【グレート・リセットまで T-MINUS 00:00:50】
無慈悲なカウントダウンが玉座の間に響き渡る。
「は!? 全ロスト!? ふざけんな! 私のレア装備とレベルが! クソイベすぎるだろ! 運営なんとかしろ!」
麗奈が、もはや半泣きでアスタルトに掴みかかる。
「無理だってば! バックアップが間に合わない! 世界が全部消えちゃう!」
アスタルトはパニックでわめくだけだ。
「私の築いた秩序も……富も……全てが……」
教皇は玉座の前に膝から崩れ落ち、虚空を見つめている。
「フッ……真の『自立』が来るとはな……望んだものと違うが……」
ゼノは、どこかスッキリしたような、それでいて諦めたような顔で天井を仰いだ。
スマホのカウントダウンが【00:00:30】を刻む。
絶望が玉座の間を支配する。
誰もが、世界の終わりを受け入れた――その時だった。
「……健太!」
パニックで泣いていたアスタルトが、ふと顔を上げ、俺(の鎧)を見て決意の表情を浮かべた。
「なんだよ! もう終わりだろ!」
「最終手段、取るしかない! あなたを『コア』にする!」
「はあ!? コアってなんだよ!」
「今すぐ緊急バックアップシーケンスを発動する! あなたが着てる鎧(バックアップ装置)に、最低限の世界データ(私自身の魂)を強制退避させる!」
「おい、それって俺は――」
「ごめん! 巻き込む! 死にはしないけど、元の世界には……たぶん、もう!」
アスタルトは、俺の返事を待たなかった。
彼女は自らの胸に刺さった呪いの矢を、その両手で掴む。
引き抜くかと思った。だが、逆だった。
「うおおおおおッ! 【強制バックアップシーケンス、発動ッ!】」
アスタルトは、その矢を自らの心臓の奥深くまで、一息に突き立てた!
カウントダウン【00:00:20】。
アスタルトの身体と、俺が装着している鎧(バックアップ装置)が、凄まじい光を放ち始める。
次の瞬間、俺たちの身体が、引力に逆らうように玉座の間の天井に向かって同時にジャンプ(強制射出)された。
(なんで飛んでんだ俺!? ていうかアスタルトも!? 重力どうなってんだ!)
呆然とする麗奈たちを遥か下に見ながら、俺たちの身体は天井付近で静止する。
空中で、二つの影が一つに合体した。
アスタルトが俺の身体(鎧)を逆さまに抱え込む。
あの悪夢の(?)必殺技の体勢に。
(嘘だろ、この体勢は――! まさか!)
アスタルトが、血を吐きながらも獰猛に笑い、叫んだ。
「喰らえ! 女神の魂!」
そのまま『筋肉ドライバー』の体勢で、大理石の床に向かって垂直落下!
カウントダウン【00:00:15】!
ゴシャァァァァァッ!!
玉座の間に凄まじい効果音と衝撃波が走り、大理石の床がクレーターのように砕け散った。
「グハァァァァッ!! な、なんだよこのバックアップシーケンスは!? 頭蓋骨が砕け――」
カウントダウン【00:00:10】。
緊急バックアップの衝撃と共に、膨大な情報が俺の脳内に流れ込んできた。
それはアスタルトの魂の叫び。孤独。悲しみ。
『――ひとりは、やだ』
『――なんで、私だけ』
『――たすけて』
一人で世界を管理し、人間の無茶な要求(「火を出せ」「病気を治せ」)に応え続け、教会に「規約」で縛られ、リソース不足に喘ぎ、誰にも助けを求められなかった、気の遠くなるような時間。
(……そうか。こいつ……ずっと一人だったのか。世界を救ってほしい、なんて言ってたけど……一番救ってほしかったのは、世界じゃなくて……お前自身だったんだな)
俺は、アスタルトの途方もない孤独と悲しみを知り、一瞬、涙した。
カウントダウン【00:00:08】。
だが、感傷に浸る時間は一瞬だった。
俺はすぐに涙を拭き、キッと目つきが変わる。
なぜなら、流入してきた「魂(システム情報)」には、膨大なエラーログと、信じられないほど非効率な処理が満載だったからだ。
(……無駄だ。なんだこの処理は。なんでこんな無駄なシーケンスばっかり動かしてるんだ! 教会へのリソース割当が異常すぎる! この魔法エフェクトの描画処理、重すぎだろ! これじゃフリーズして当たり前だ!)
俺は、床に叩きつけられ、アスタルトに上から乗られたまま(筋肉ドライバーのフィニッシュ体勢のまま)、絶叫する。
「ああもういい! 俺にやらせろ! 俺ならこのクソコード、15%は効率化できる!」
◆ ◇ ◆
カウントダウン【00:00:01】。
世界が、俺とアスタルト以外、完全に停止した。
麗奈も、教皇も、ゼノも、砕け散る瓦礫の破片さえも、全てが静止している。
静寂の中、アスタルト(俺の上に乗ったまま)が、驚いた顔で俺を見る。
「……いいの? 大変だよ? システム(私)と一体化したら、もう元の世界(日本)には帰れなくなるよ?」
俺は、ブラック企業での終わらない徹夜デスマの日々を思い出し、ニヤリと笑った。
「……慣れてる」
「そっか……。やっぱり間違ってなかった。トラックに轢かれた勇者(SE)は、本当に世界を救ってくれるんだ」
「そんなわけないだろ」
俺は静止した世界で、はっきりと告げる。
「俺は単なる社畜SEだ。できるのは、納期を守ることと……ポンコツ女神を救うことくらいだ」
俺がそう言うと、停止していた世界が再び動き出した。
そして、全世界に響き渡るアナウンス。
【……グレート・リセットは、解除されました】
【システム(女神)の最適化を開始します】
呆然とする麗奈、ゼノ、教皇。
俺は、アスタルトと合体したままの鎧のまま、ゆっくりと立ち上がる。
その姿は、アスタルトの面影を残しつつも、より機能的でソリッドなデザインへと変貌していた。
スマホのモニターが、[CPU: 85%] [MEM: 70%] という、信じられない安定した数値を示している。
「さて……」
俺は、目の前に山積する「クソコード(世界のバグ)」を見据えて、拳を握った。
「残業(システム最適化作業)開始、だな」




