第7話「王者」
その無線は届くのが一足遅かった。
すでにピットレーンを走行し、VERTEX racingのピットを目指していた。
エンジニアがピットの場所を伝えるためにボードを上下に振っていた。
その指示に従い、ピットに入る。
直後、マシンがジャッキアップされ、作業が始まる。
7.6秒。この短時間で作業を終え、メカニックたちが再びコースへと送り出す。
『松下、さっきはすまなかった。無線に問題があった。ここから巻き返していこう。』
「了解です!」
アクセルを踏み込み、加速していく。
横目に他のマシンたちが通過していくのを確認する。
『ラインカットに注意、踏むとペナルティが出る。』
ラインカット。ピットレーンの入口と出口には白線が引かれており、それを踏む、もしくは横切ると危険走行でペナルティが課されてしまうのだ。
早くコースに戻りたいが、慎重に。
「OK、後方からも来ない。ラウンド2と行きましょうか。」
ここで、チームとしての順位を確認しておこう。
10号車 田邊亮 3位
31号車 松下大輝 10位
両者ポイントは確実に獲得できる。
大輝の前には9位、8位のマシン。
これを追い抜くことができれば、初戦からいきなり大量のポイントを得ることができる。
タイヤも交換したので、今度こそは本気のレースができる。
9位の選手は昨年の王者、杏堂拓実。
「こいつはすげぇ…追い抜ければインパクトでかいぞ…」
ジリジリと杏堂の背後に迫る。
「ここで使う!」
自分はステアリングのOTと書かれたボタンを押す。
「ぐっ…!」
マシンのパワーが上がる。
勝負どころであるヘアピンコーナーで杏堂のイン側に飛び込む。
しかし、王者は手強い。一瞬の隙も与えない。
追い抜かせてはくれない。
「そうだよな。行かせてはくれないよな。なら、これはどうだっ。」
おそらく大体の選手は想定していない場所での追い抜き。
しかし、これはリスキーなものだった。
自分は姿勢を乱し、スピン。
マシンが360度回り、グラベルにはまる。
脱出を試みるが、グラベルに完全にタイヤが埋まってしまい、脱出は不可能だった。
「すみません。本当にすみません。ごめんなさい。」
『松下、体は大丈夫か?とりあえず、エンジンを切ってマシンから降りてくれ。マーシャルも来るはずだ。』
「分かりました。」
マシンを降りるとマーシャルが確認に来る。
大丈夫、とだけ伝え、パドックを目指して移動を始めた。