甘口も辛口も好みです
「すみません、注文良いですか?」
早速、生ビールを飲み干した川野が片手を挙げながら、目の前の哲也に声を掛けた。
「はい、何になさいましょう。」
哲也は洗い物を止め、その濡れた手をエプロンで拭くと、伝票とボールペンを手に取った。
「この甘口の白ワインを1つと、辛口のロゼを1つ。それからハイボールを1つ下さい。」
川野は忙しそうな哲也達に、なるべく負担をかけないようにと、飲みたい酒を一気に注文した。
哲也はメモを取りながら、眉毛を上げている。
「それと、スマイルを1つ。」
「はいっ!?」
顔をしかめて耳を疑う彼に、川野は“こうして!”と言わんばかりに、自身の口の端に人差し指を当て、キュッと口角を上げて見せた。
相変わらず無愛想な哲也を、どうにかして崩したくなったのだ。
好奇心が勝ってしまい、彼が嫌がりそうな言葉を、つい口走ってしまった。
川野の言葉に、哲也は片手を腰に当てて、天井を見上げながら溜め息をついた。
「困りますね、お客さ〜ん。うちはそういうのはやってないので。」
哲也は、まるで迷惑客を扱うかのように、川野をあしらった。
「調子に乗りました、すみません⋯。」
身内の様な立場とはいえ、仕事中にからかうのはさすがにマズかったか⋯。
彼から冷たくされて、さすがに凹む川野。
すると、隣に座っていた女性客の1人が声を掛けて来た。
「私も何回かここに来てるけど、彼の笑顔なんて見たことないわよ〜。優也くんと同じくらい良い顔なのにね。ぜひ見てみたいものだわ〜♪」
「えへへ、なかなか手強いんですね⋯。」
「俺のスマイルなら、いくらでもあげちゃうよ☆ふふふっ。」
「優也くん、カワイイ〜!」
とうとう女性客との会話に、お調子者の優也まで入って来てしまった。
そのノリで、出来上がったペスカトーレを厨房からカウンター客に差し出しながら、一人一人に笑顔のファンサをしておちゃらけている。
忙しい時に余計な一言を言って、ごめんなさい⋯。
川野がタジタジになっていると、哲也が厨房から回り込んで来て彼女のそばで立ち止まり、丁寧にワイングラスを並べ始めた。
「全く、兄貴は軽いんだから。俺は、そういう事は本命だけにしかしないので。悪しからずっ。」
そう言って、白々しくワインボトルの銘柄を確認する素振りをしてみせる哲也。
そして、グラスにゆっくりと注ぎ出した。
トクトクトク―
「白ワインと、ロゼワインです。ハイボールは、頃合いを見てお出ししますね。」
「ありがとうございます⋯。」
哲也の仕草に、川野の心拍数が上がった。
仏頂面で不機嫌そうにしていても、その動作の一つ一つに、何とも言えない彼の色気が漂って来たのだ。
一緒に暮らし始めてから耐性がついて、感覚が麻痺していたのだろうが、こうしていつもとは違う距離で接していると、彼はやはり魅力的な男だ。
甘くて可愛い普段の哲也とは正反対な、ドライでビターな哲也。
(外の世界で過ごす哲也君は、随分と大人っぽいですね⋯。)
これだから、彼を愛する事を止められない。
色々な側面に魅せられて、沼に落ちる一方だ。
川野は、注がれた白ワインを一口含んで喉を潤しながら、静かに耳を赤く染めた。




