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最難関能力《創造型》

ここはどこだ。

悠人は立っていた。

足元の感覚がない。

地面という概念そのものが曖昧だった。

白でもない。黒でもない。

どこまでも続く境界のない空間。

自分が本当に立っているのかさえ分からなかった。

「……ここは」

声を出す。

だが妙な感覚があった。

確かに喋ったはずなのに、自分の声が遠い。

水の中から聞こえてくるような違和感。

その時、背後から声がした。

「君がここにいるってことは、やっとEVEと接続できたんだね」

穏やかな声だった。

悠人は振り返る。

そこに一人の男がいた。

人間に見えた。

見えただけだった。

輪郭ははっきりしている。

なぜか認識できない。

目を向ければ見えている。

だが視線を逸らした瞬間、どんな顔だったのか思い出せなくなる。

奇妙だった。

悠人は思わず一歩下がった。

「……お前は誰だ」

男は少しだけ考える仕草をした。

顎に手を当てる。

「うーん」

そして困ったように笑った。

「それが一番難しい質問なんだよね」

「は?」

「名前なんていくつもあったし」

まるで他人事のような口調だった。

「そうだなぁ……」

少しだけ空を見上げる。

空があるのかも分からない場所なのに。

「じゃあテスラでいいよ」

「テスラ?」

「うん」

男は楽しそうに頷いた。

「今はそれで十分だ」

怪しい。

どう考えても怪しい。

だが不思議と嘘をついているようには見えなかった。

「今はってなんだよ」

「そのままの意味さ」

テスラは笑う。

「まあ、自己紹介は後回しにしよう」

そして悠人の背後へ視線を向ける。

「時間がない」

その一言で空気が変わった。

先ほどまでの軽さが消える。

「君は今、死にかけている」

悠人の心臓が跳ねた。

「……は?」

EVEとの接続を始めたからね」

テスラは当然のように言った。

「失敗すれば死ぬ」

悠人の表情が固まる。

テスラはそんな反応を面白そうに眺めていた。

「まあ安心してよ。少しくらいなら話し相手になってあげる」

「話し相手?」

「うん」

テスラは軽く頷いた。

そして指を二本立てる。

「君に選択肢をあげよう」

「選択肢?」

「そう」

テスラは笑う。

「真実か」

一本目の指を立てる。

「挑戦か」

二本目の指を立てる。

悠人は眉をひそめた。

「意味が分からないんだけど」

「そのままの意味だよ」

テスラは肩をすくめる。

「真実を選ぶなら、君が知りたいことを一つ教えてあげる」

「前の神代悠人でもいい」

「EVEでもいい」

「この世界でもいい」

「ただし知ったら後戻りはできない」

悠人は黙る。

テスラは続けた。

「挑戦を選ぶなら真実は教えない」

「その代わり――」

そこで少しだけ笑みを深くした。

「君は今より少し強くなれる」

「は?」

「EVEとの接続成功率も上がる」

「そんなことできるのか」

「できるよ」

テスラは当然のように答えた。

「だってここは君の認識と魂の境界だから」

意味は分からない。

だが嘘を言っているようにも見えない。

テスラは指を下ろした。

「真実を知るか、力を得るかどっちもは無しだ」

そして悠人へ視線を向ける。

「さて神代悠人。君はどっちを選ぶ?」悠人は黙った。

真実か。

挑戦か。

どちらか一つ。

普通なら悩むところなのかもしれない。

「……一つ聞いていいか」

「どうぞ」

テスラは楽しそうに笑う。

「挑戦を選んだら助かるのか?」

「助かる可能性は上がる」

「可能性かよ」

「未来は誰にも分からないからね」

テスラは肩をすくめた。悠人はしばらく黙る。そして小さく息を吐いた。

「なら決まってる」

顔を上げる。

「挑戦だ」

テスラが少しだけ目を見開いた。

だが驚いたというよりは。

予想していた答えを聞いた時の反応だった。

「へぇ」

口元が少しだけ緩む。

「真実は気にならない?」

悠人は鼻で笑った。

「気になるに決まってるだろ」

前の神代悠人。EVE。この世界。

知りたいことなんて山ほどある。だが。

「知ったところで、今死んだら意味ねぇし」

テスラは数秒だけ黙った。

そして小さく笑う。

「そうか。やっぱり君は――」

そこまでだった。

世界が揺れる。視界が滲む。テスラの姿が遠ざかる。まるで水面へ浮かび上がるような感覚。

意識が引っ張られる。

「おい、待――」

言い終わる前に。

世界が弾けた。



「――起きなさい」

声が聞こえた。

「いつまで寝てるのよ」

悠人はゆっくり目を開く。

最初に見えたのは曇った空だった。

次に。血で汚れた神楽の顔。

肩からはまだ血が流れている。

それでも立っていた。

刀を握ったまま。

「早く起きないと」神楽が息を吐く。

「私はあなたを置いて逃げるわよ」

「……」

悠人は瞬きを繰り返した。

頭がぼんやりする。

夢を見ていた気がする。

何か大事なことを話していた気がする。

だが思い出せない。

「神楽……?」

声を出した瞬間。

遠くから咆哮が響いた。

悠人の意識が一気に現実へ引き戻される。

視線を向ける。

そこには。フェンリルがいた。

変わらずこちらを向かっている。

戦いは終わっていなかった。

「っ……!」

悠人は慌てて身体を起こした。

どうやら本当に一瞬だけ気を失っていたらしい。

その時だった。

頭の奥で声がした。

『悠人』

聞き慣れた声。

EVEだった。

悠人が目を見開く。

『聞こえる?』

「EVE?」

思わず口に出る。

神楽が怪訝そうな顔をした。

『よかった』

どこか安心したような声だった。

今までとは少し違う。

少しだけ近い。

そんな感覚。

『少し気を失ってたみたいだけどどうやら接続は成功したみたい』

悠人の心臓が跳ねる。

接続。

その言葉と同時に。世界の見え方が変わった。

『少し気を失ってたみたいだけど、どうやら接続は成功したみたい』

悠人の心臓が跳ねる。接続。

その言葉と同時に。

世界の見え方が変わった。

空気の流れ。神楽の身体を巡る黒雷。

フェンリルの体内を駆ける膨大なエネルギー。

今まで見えなかったものが見える。

まるで世界の裏側が露出したみたいだった。

「な、なんだこれ……」

思わず呟く。頭が熱い。

脳の奥が焼けるようだった。

だが不思議と嫌な感覚ではない。

何かが繋がった。そんな感覚だった。

『悠人』

EVEの声が頭の中で響く。

『今なら見えるはず』

「見えるって何がだよ」

『RAIGIN』

短い返答だった。

『あなた自身のRAIGINも』

悠人は目を見開く。

自分のRAIGIN。

そう言われて初めて気付く。頭の奥。

脳の中心付近。

そこに小さな光があった。

鼓動するように脈打っている。

『あなたのRAIGINの位置は脳』

EVEが静かに言った。

『分類は創造型』

「創造型……?」

『一度認識したものを解析し、再現する能力』

悠人は眉をひそめる。EVEは続けた。

『ただし創造型は特殊』

『RAIGINの中でも最難関に分類される』

「最難関?」

『再現するだけではないから構造を理解し理論を把握し出力を制御しなければならない普通の人間には不可能』

悠人は思わず聞き返す。

「じゃあ何で俺は使えるんだよ」

少しの沈黙。そして。

『神代悠人だから』

「は?」

『あなたは元々、異常なほど学習能力が高い』

『記憶力、観察力、演算能力』

『全てが平均を大きく上回っている』

『だから適合した』

悠人は言葉を失う。

EVEは淡々と続ける。

『創造型は適合率が一定値を超えなければ発現しないほとんどの人間は途中で脳が処理に耐えられなくなるだから創造型の適合者は極端に少ない。そして高適合者はさらに少ない』

フェンリルを見据えながらEVEは言う。

『あなたはその例外だから私との接続が成立した』

悠人の心臓が強く脈打つ。

『でも勘違いしないで』

EVEの声が少し低くなった。

『まだあなたは成長過程今の接続も本来なら成立していない』

「どういう意味だ?」

『長期戦になるほど脳への負荷は増える。演算量も増える処理能力を超えれば脳組織が焼き切れる』

悠人の背筋が冷たくなる。

EVEは容赦なく続けた。

『簡単に言えば。長引くほど、あなたは死ぬわよ』

「……さらっと言うなよ」

『事実だから』

EVEが答えた瞬間だった。フェンリルが動く。

巨大な身体が地面を蹴る。

先ほどまでとは比べものにならない速度。

悠人の視界から消える。

「っ!」

神楽が反応する。刀を構える。

だが。間に合わない。

フェンリルは既に目の前にいた。

右前脚が振り下ろされる。

その瞬間。悠人の世界が変わった。

見えた。フェンリルの身体を流れるエネルギー。

右前脚へ集中する光。

筋肉の収縮。重心移動。攻撃軌道。

全てがスローモーションのように見える。

『右』

EVEが言う。いや。言われる前に分かっていた。

「神楽!! 右だ!!」右』

EVEが言う。神楽が反射的に飛ぶ。

直後。フェンリルの爪が通過した。

遅れて地面が抉れる。神楽が目を見開いた。

「今のが見えたの!?」

「説明してる暇ねぇ!!」

悠人の額から汗が流れる。頭が熱い。

痛い。それでも。今だけは見える。

フェンリルの身体を巡る光。

右前脚へ流れ込む膨大なエネルギー。

そして。その先にある中枢。

今まで見えなかったものがはっきり見えていた。

フェンリルがこちらを見る。

赤い双眼。悠人は理解した。

狙われている。次で終わらせるつもりだ。

神楽でもない。EVEでもない。自分を殺しに来る。

だが。それでいい。

「……勝ち筋は一つだ」

悠人は呟く。

『悠人?』EVEが反応する。

悠人はフェンリルから目を離さない。

そして叫んだ。

「神楽!!」

神楽が振り向く。

「俺に向かって黒雷を撃て!!」

「は?」

一瞬。神楽が固まった。

当然だった。意味が分からない。

だが。悠人は叫ぶ。

「早く!!」

その瞬間。フェンリルが動いた。地面が弾ける。

巨大な身体が空へ躍り上がる。高い。

あまりにも高い。

空中から一直線に落下してくるつもりだ。

次の一撃で全てを終わらせるために。

悠人は歯を食いしばる。時間がない。

神楽もそれを理解した。

数秒だけ迷う。そして。

小さく笑った。

「本当に無茶苦茶ね」

刀を握る。

残った力を全て注ぎ込む。

黒い雷が刀身へ集まっていく。

腕が軋む。

全身のRAIGINが悲鳴を上げる。

それでも止めない。

「信じるわよ」

神楽が言った。次の瞬間。刀を振る。

黒雷が解き放たれた。

黒い奔流。空気そのものを裂くような一撃。

それが悠人へ向かって飛ぶ。

『悠人!!』

EVEが叫ぶ。

『何をする気!?』

悠人は答えない。ただ両手を前へ突き出した。

頭が割れそうに痛い。

脳が焼ける。

視界が赤く染まる。

それでも。

脳裏には鮮明に浮かんでいた。赤髪の女。

圧倒的な火力。

全てを破壊する兵装。

カレンのRAIGIN。

「頼む……!」

光が弾けた。両腕から膨大な粒子が噴き出す。

骨格。

装甲。

砲身。

次々と形成されていく。

神楽が息を呑んだ。

「嘘……」

そこに現れたのは。

巨大な砲撃兵装。見間違えるはずがない。

「カレンのRAIGIN……!?」

悠人の鼻から血が流れる。

耳からも血が落ちる。

だが止まらない。止められない。

フェンリルが落ちてくる。

黒雷が迫る。全てが一瞬だった。

悠人は砲口を構える。

「行けぇぇぇぇぇぇ!!」

引き金を引く。

閃光。

世界が白く染まった。

放たれた砲撃が黒雷へ衝突する。

相殺ではない。

融合だった。

黒雷が砲撃へ飲み込まれる。

いや。砲撃が黒雷を纏った。

二つの力が一つになる。

威力が跳ね上がる。

空間そのものが悲鳴を上げた。

一直線。フェンリルへ。

フェンリルが初めて反応した。

回避しようとする。

だが遅い。

学習も。

予測も。

全てが間に合わない。

黒雷を纏った砲撃が。右前脚を貫いた。

その奥。隠されていた中枢へ到達する。

一瞬の静寂。

フェンリルの身体に無数の亀裂が走った。

赤い光が漏れ出す。中枢が砕ける。

フェンリルの目が大きく見開かれた。

咆哮すら上がらない。

空中で。光が弾けた。

フェンリルの身体が内側から崩壊していく。

砕け消える。爆発した。

膨大なエネルギーが夜空を染めた。

眩い光がゆっくりと消えていく。

耳鳴りだけが残っていた。

フェンリルの姿はない。

あれほど圧倒的だった気配も消えている。

神楽は地面に倒れていた。

刀は手から離れ、肩から流れる血が地面を濡らしてい

俺も壁を背にぐったりと座り込んでいた。

全身が痛い。頭も痛い。息をするだけで肺が軋む。

「全身痛え……」

頭の中へ呼びかける。

(EVE)

返事はない。

(おい)

応答なし。妙に静かだった。

さっきまであれだけ喋っていたのに。

「生きてるのか……?」

もちろん返事はない。

その時だった。人の気配を感じた。

俺は重い瞼を持ち上げる。

そこに立っていたのは――

虎の仮面をつけた女だった。

長い槍を肩に担いでいる。

知らない相手だ。だが。

一目で分かった。強い。

理屈じゃない。

本能が警鐘を鳴らしていた。

「……何これ」

女は周囲を見回した。呆れたような声だった。

戦場の跡。消えたフェンリル。

倒れている神楽。そして俺。

全てを順番に見ていく。

やがて視線がこちらへ向いた。

ゆっくりと近づいてくる。嫌な汗が流れた。

女は槍を持ち上げる。穂先が俺の目の前で止まった。

「……」

動けない。避けられない。

今ここで刺されたら終わりだ。

だが。女は刺さなかった。

数秒だけ俺を見つめる。そして小さく息を吐いた。

「違うか」

何かを確かめるような声だった。

槍を下ろす。

そのまま神楽の方へ歩いていく。

そして軽々と担ぎ上げた。俺は掠れた声を出す。

「おい……」

女が振り返る。

虎の仮面の奥から視線だけが向けられた。

「勘違いするな」

低い声だった。

「あんたを助ける気はない」

少し間を置く。

「これは神楽を助けた借りだから」

それだけ言う。

次の瞬間。女の姿が消えた。

風だけが遅れて吹き抜ける。静寂が戻った。

俺は力なく空を見上げる。

身体から力が抜けていく。

瞼が重い。もう限界だった。

「借り、ね……」

小さく呟く。意識が沈んでいく。

ゆっくり。

ゆっくりと。

世界が遠ざかる。

最後に見えた月明かりも。

やがて闇に溶けて消えた。

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