第10話 300年の家族、今日も平常運転。ただし、大家さんは除く
藤夏は、ようやく静かになった深夜のリビングで、ポケットに残していた“もう一通の手紙”を取り出した。
(……今日も騒がしかったな……いや、これが“平常運転”ってどういうことなんだよ……僕だけ毎日が非常事態なんだけど……)
封を切ろうとした、その瞬間。
「藤夏くん、今の騒ぎで貧血が……例の箱の『トマトの育て方』、そろそろ実践してくれないかな。自家製がいいんだ」
アーカードが、吸血鬼とは思えないほどフラフラしながら寄ってくる。
「おばあちゃんの手紙? 懐かしい匂いがするね。……あ、お腹空いた。サラダのおかわりある?できれば、レタス増し増しだと嬉しいな」
レオは尻尾があるかのように腰を揺らし、完全に“食べ物のことしか考えていない顔”で覗き込む。
「刑事の指紋がついて箱が汚れたよ。あとで磨いておいてくれたまえ。私の美学に反するからね」
ヴィクターは美顔スチーマーを抱えたまま、“当然の権利”のように要求してくる。
藤夏は深く、長いため息をついた。
(……ほら来た。これが“平常運転”……ただし、僕だけは除くんだよな……)
「……わかりましたよ。その代わり、家賃分はしっかり働いてもらいますからね。
怪物さんたち!」
「えぇーっ、藤夏は厳しすぎる」
「僕、サラダのためなら働くよ!」
「美の追求に労働は不要だと思うが?」
三人は文句を言いながらも、結局は藤夏の後ろをわちゃわちゃとついていく。
朝焼けが洋館の壁を淡く照らし、新しい一日の始まりを告げていた。
(……はぁ。今日も平常運転か……)
藤夏は、ようやく手紙を開いた。
「我が血を継ぐ子らへ」
この手紙を読む頃、私はもうこの世にはおらぬだろう。
だが、柊家の者として歩むお前たちに、どうしても伝えておきたいことがある。
今から語るのは、我が家の“始まりの秘密”だ。
——あれは、この国がまだ鎖国をしていた頃のこと。
ある日、覚えのない荷が我が廻船問屋に届いた。
中を確かめると、そこには異国の者たちが眠っていた。
彼らは己を「闇の者」と名乗った。
ヨーロッパでは産業革命が進み、夜は灯りで満ち、
闇に生きる者たちは居場所を失い、迫害されつつあったという。
長であった者が「世界は広い。散り散りに生き延びよう」と決め、
彼らは海を渡った。
だが、何の手違いか、彼らの荷はシャムではなく、この日本へと流れ着いた。
私は驚いた。
だが、恐れよりも先に、好奇心と情が勝った。
彼らは異なる存在であったが、礼節を知り、誇りを持ち、そして何より——
人の孤独を理解していた。
彼らは我が店の窮地を幾度となく救ってくれた。
その知識は、当時の日本では考えられぬほど先の世のものだった。
私は思った。
「この者たちは、我が家の“客人”ではなく、“家族”なのだ」 と。
ゆえに私は決めた。
我が子よ、そしてその子らよ。
どうか彼らを守り、支え、共に生きてほしい。
彼らは化け物ではない。
ただ、少しだけ世界に馴染むのが下手なだけだ。
だが、その心は誰よりも温かい。
この箱に残した財と記録は、彼らと共に歩むための“道しるべ”である。
もしもお前たちが彼らと食卓を囲み、時に笑い、時に喧嘩し、互いを思いやる日々を送れるなら——
それこそが、柊家にとっての“真の財宝”となるだろう。
どうか、この縁を絶やさぬように。
柊藤吾 拝
手紙を読み終えた藤夏は、胸にそっと抱きしめた。
(……おばあちゃん。藤吾さん。僕、ちゃんと受け継ぎますから)
背後から聞こえる住人たちの騒がしい声に、藤夏は苦笑しながら振り返った。
「はいはい、今行きますよ。——まったく、大家さんはつらいんですから」
朝の光が、柊荘を優しく包み込む。
こうして、300年の家族は今日も平常運転。
ただし、大家さんは除く。
いかがでしたでしょうか?楽しんでいただけていたら幸いです。モンスター住人たちと大家の藤夏のおかしな共同生活は続きそうです。




