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第1話 弔いの雨と、光る目

 都内の古刹《こさつ》で執り行われている葬儀には、故人を偲ぶ人々が静かに集まっていた。

 前日までの激しい雨が嘘のように上がり、空には抜けるような青が広がっている。

 濡れた庭木は陽光を受けてきらりと光り、寺院全体が清らかな空気に包まれていた。

 本堂には厳かな読経が響き、線香の香りがゆるやかに漂う。

 祭壇には溢れんばかりの供花が並び、棺には七条袈裟がかけられている。

 柊郵船の役員であり大株主でもあった柊《ひいらぎ》 藤子《ふじこ》の葬儀は、

 財界の重鎮たちも顔を揃える、格式あるものだった。

 黒い式服の弔問客たちが焼香台へと静かに列をなす中、

 一人の男——鮫島 守(さめじま まもる)は、事務的に焼香を済ませると、

 遺族席を鋭く睨みつけた。


(……漸くだ。この機を逃してなるものか)


 その目には、隠しきれない憎悪が宿っている。

 彼は、かつて柊家との商売で煮え湯を飲まされた一族の末裔だった。


(必ず取り戻してやる……柊家が隠し持つ“財宝”を……!)


 野心を胸に一歩踏み出した、その瞬間。


「おっと」


 背後の弔問客の肩が、鮫島の肩に軽く触れた。


 トン。


「えっ——」


 踏ん張る間もなく、鮫島の身体は前のめりに倒れ込む。

 運が悪かった。そこには雨上がりの深い水たまりがあった。


 バシャッ!


 誂えたばかりの高級喪服は一瞬で泥水に染まり、

 跳ね上がった衝撃で、誰かの落とした数珠が鮫島の頭に「ポン」と乗った。

 厳粛な場である。笑ってはいけない。

 だが、そのあまりに完璧な転倒劇に、周囲の弔問客たちは肩を震わせ、

 必死に顔を背けた。


(くっそ……! これも全部柊家のせいだ!


 運まであいつらに味方するのか……見ていろ、必ず暴いてやる!)

 泥水の中で数珠を握りしめ、鮫島は静かに呪詛を吐いた。



 葬儀が終わったその夜。

 柊藤子の実家の大きな檜の門には、「忌中」の張り紙がひっそりと揺れていた。

 参道には夜霧が立ちこめ、屋敷全体が静かな白い膜に包まれている。

 その門前の暗がりに、ふいに「六つの光」が浮かんだ。

 街灯の反射を受けて、三つの影がじっと屋敷を見つめている。

 どれも人の形をしているようで、しかしどこか“人ならざる気配”があった。

 ひときわ小柄な影が、胸のあたりをぎゅっと抱きしめるようにして震えた。

 その動きに合わせて、頭の上の何かがピクッと揺れる。


「……ワォ……ォォ……」


 かすれた声が漏れかけた瞬間、隣の長身の影が素早く手を伸ばし、

 後頭部を軽く叩いた。

 バシン、と乾いた音が夜気に溶ける。


「……馬鹿。こんな場所で声を出すな。近所迷惑だ」


 低く落ち着いた声。

 その影は、街灯の光を避けるように、わずかに後ろへ下がった。


「だって……おばあちゃんの匂いが、もう消えそうなんだ……」


 小柄な影が鼻先をすんと鳴らす。

 その仕草は妙に敏感で、まるで空気の流れを読むようだった。

 三つ目の影が、静かにため息を落とした。

 姿勢がやけに整っていて、夜霧の中でも輪郭が美しく見える。


「藤子……今までありがとう。静かに眠れ。


 あとのことは、そのうち来るという“孫”に任せるとしよう」


「しかし……その孫とやら、私の“こだわり”を理解してくれるだろうか」


「そんなの、脅せばいいじゃないか。僕らの住処を奪うなら……レタスを全部食い尽くしてやるって」


「……脅しの方向性の美学が貧しい」


 三つの影は、おばあちゃんへの情愛と、少しばかりの不安を抱えながら、

 音もなく門をすり抜けるようにして、屋敷の奥へと消えていった。

 まるで、そこが“帰るべき場所”であるかのように……


モンスター住人たちと大家さんのほっこりドタバタコメディです。楽しんで読んでいただけると嬉しいです。評価やリアクションなどいただけるとありがたいです。

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