19. 待たせる身がつらいかね
最近、デュドネはなるべく屋敷に帰るようになっていた。ここは自分の家かなと認識し始めた頃、クルアハがやけに真面目な顔をしてデュドネにこう言った。
「仕事で忙しくなるからしばらく帰れない」
それから、一週間が経った。音沙汰もなく、デュドネは心配になった。どうしてだか嫌な予感がしたのだ。クルアハの勤め先である騎士団の庁舎へ様子を見に行こうかな、どうしようかなとデュドネは屋敷のソファにごろんと横になっていた。
「奥様のご様子を見に行かれた方がよろしいのではありませんか?」
見かねた使用人のフェヴリエがデュドネに声をかけた。
「忙しいらしいし」
デュドネは長い髪をいじいじと弄った。
「うじうじなさらないでください!」
フェヴリエは手厳しくデュドネに喝を入れた。
「指輪で呼びかけても反応ないし」
フェヴリエの喝を受け流し、デュドネは左手の薬指の黒曜石を眺めた。デュドネ作の指輪で呼びかけてもクルアハは来てくれない。来なくても呼んでいることには気が付いているはずだ。それにもかかわらず、連絡がない。
「僕のこと、面倒になったのかな」
「……何はともあれ行動あるのみです」
フェヴリエはうだうだしているデュドネが面倒になり、屋敷から叩き出した。
屋敷から叩き出されたデュドネは仕方なくという体で、おっかなびっくり騎士団の庁舎に向かった。デュドネがここを訪れるのは二度目である。前回はクルアハに上着を返すという名目があった。今回はクルアハの顔を見て安心したい以外に理由がない。気恥ずかしいなと思いながらデュドネは庁舎に入ろうとした。
「何か御用ですかー?」
すると、後ろから声をかけられた。デュドネは少しびっくりし、怖々振り返るとどうやら騎士団らしい格好の人が見えた。らしいと言うのはクルアハとは異なる制服であったためだ。目の前の彼はかなり着崩している。
「オヤ、副団長の旦那さんですよね。副団長の部下のジョルジュと申します。いつもお世話になっております」
「ああ」
デュドネは自然と背筋が伸びた。クルアハの夫に相応しいようにしなければならないと思ったのだ。それにしても、クルアハの夫という好奇心の目に晒されるのは悪くないとデュドネは満足した。
「どうかされましたか?」
「クルアハはどうしているかなと思って、寄ってみた」
デュドネは胸を張り、言い淀まなかった。ここに来るまであんなに迷い、うだうだしていたことをおくびにも出さなかった。
「エ……!」
騎士団の人、ジョルジュは虚をつかれたような顔をした。
「どうした?」
「その……、えっと、副団長は只今休暇中です」
「え……!」
デュドネは目の前が暗くなった。
デュドネの扱いに困ったジョルジュによって、とりあえず騎士団長室に通され、事情を説明した。
「副団長は仕事で忙しいからしばらく帰れないと言っていたらしいね」
「ああ」
「こちらは帰郷による休暇と認識している」
「……僕が嘘を吐かれたか、騎士団に嘘を吐いたか」
前者だろうな、一人で故郷に帰りたかったのだろうとデュドネはいじけた。
「どちらでもあってどちらでもないかもしれない」
レヴィアンは神妙な笑みを浮かべた。
「どういう意味だ?」
デュドネは訳知り顔の団長を半ば睨みつけた。
「……故郷に帰ったのは本当だろうよ。駅で見かけた奴がいる」
「……そうか」
クルアハは5年以上も足を踏み入れていない故郷・パトリアに今帰ったのはなぜだろうか。デュドネはクルアハの行動に違和感を覚えた。戦争が終わって結婚もしたからといって故郷に帰るような人ではないことはデュドネもわかっていた。クルアハの個人的な事情ではなく、故郷で何かあったのではないだろうかとデュドネは考えを巡らせた。
「恐らく、クルアハは何かを察知して帰った。仕事に近いが公にできない理由でな」
「騎士団長として命令はしていないのか」
「してないよ」
私は何もしてませーんと手を広げ、レヴィアンはにっこり笑った。
「僕の指輪で呼び掛けても応答がない。何かあったのではないかと思う」
何かあったとしてもクルアハは難なく対処するだろう。それでもデュドネはクルアハが心配だった。
「貴方はクルアハの身を案じるんだな……」
「いけないか」
「いや、喜ばしいことだよ」
レヴィアンはフッと柔らかな笑みを浮かべた。
「では、これは団長としてのお願いなのだが、副団長の部下を一人付けるのでクルアハを探してほしい」
「僕一人でも結構だ」
「……場合によっては騎士団が介入するべき時がありますからな、ソレイユ公爵閣下」
騎士団長は貼り付けたような笑みを浮かべた。
「お供はジョルジュ・ド・アソーでいいかな。彼は副団長の信頼が厚い。先程あなたを案内した……」
「あのお洒落さんか」
「そう!」
調子良く笑うレヴィアンを見て、なんか良いように使われている感じが否めないなとデュドネは訝しんだ。




