52. ここはどこ
レティはしばらくぼぅっとしていた。小鳥のさえずりを聞いて、新緑の匂いに包まれて。プラチナブロンドが日に透けて、紅い瞳は真っ青な空を映す。
サクサク……と裸足で草を踏んで、その身軽さに風に身を任せて踊った。何をすればいいのかも、しなければならないのかも、レティにはわからなかった。踊ることに飽きれば、花冠を作った。
誰かに教えてもらったことをなんとなく感じていた時、轟音が鳴り響く。真っ黒な何かによって日差しが遮られ、大きな影が出来る。
「ド、ドラゴン!?」
「グルル……グルルルゥ……」
大きな光魔法の波動を感じ、ヤミーは飛んできた。母代わりがいると思った。けれど、その表情で悟る。レティが、レティではないのだと。
ヤミーは小さくなった。それでも会えたことが嬉しくて、レティに頬に擦り寄った。
「なぁに? もう」
レティがくすぐったいそうに笑う。本来ドラゴンを見つければ叫ぶか逃げるかなのだが、レティはそれをしなかった。
「ねえ。よくわからないけれど、迎えにきてくれたの?」
「キュウ!」
なんとなく、家族な気がしていたから。鋭い勘と体で覚える性質は、記憶を喪失しても感情を残してくれていた。
「あなたはだぁれ?」
「キュウウ!!」
「……ダメだわ、なんて言っているのかわからない」
ヤミーは悲しそうに目を閉じて、また大きくなる。レティをじっと見て、羽をパタパタさせた。
「背中に、乗ればいいの?」
そうだと鳴く。レティはヤミーによじ登り、ついでに角に花冠を被せた。迎えに来てくれたお礼だ。
「私、ドラゴンに乗るなんてきっと初めてだわ」
ヤミーは飛んだ。高く、早く。日が落ちるまでに家に連れて帰りたかった。大切な人たちが、悲しんでいたのを知っていたから。
家に着くと、レティはキョロキョロと周りを見回した。温かい気持ちがあるのに、記憶が存在しないことに戸惑っていた。
ヤミーは声高く鳴く。シルが走ってきて、レティに飛びついた。何事かと家の人たちが出てきて、息を呑む。
「「レィちゃん!!」」
「「レティシア!?」」
慌てて駆け寄ってくる人々は、皆やつれていて、泣きそうで。実際泣いていた。
「無事なのか!?」
「行方不明になっていたのよ!?」
「今までどこにいたんだ!!」
「探していたんですよ」
あの時、殿下は光に包まれて生き返り、代わりにレティが消えていた。それが冬の終わりで、今は春真っ盛り。実に二ヶ月ほども行方不明になっていたのだった。
けれど、レティはそんなことを知らない。
「クロヴィス殿下にも早く伝えないと」
「えっと、その……」
記憶を失ったレティは、鏡すら見ていない。
「レティ……?」
家族が不審な顔をする。シルは側に座った。
「ごめんなさい、私、何もわからないの」
自分に似ていることもわからないし、自分がどうなってしまったのかもわからない。
泣かれたくない人、でも何も知らない人たちに詰め寄られ、レティは怖かった。
「っう……」
母は嘘でしょう、と言いたかった。嘘であって欲しかった。それでも、レティが嘘を言わないこと、怖がっているのに気づいて、言葉を飲み込む。そんな妻の肩を持ち、父は息を吸い込んだ。息子たちはギョッとした顔で耳を塞ぐ。
「レティシア!! おまえはレティシア・オベールであり、俺の娘だ!!!」
張りのある声は、オベール領どころか、王都にまで届いた。戸惑いも、嘆きもない。あまりの迫力に、レティの不安が消し飛ぶ。
「何も心配しなくていい。何があろうと、レィちゃんは家族なんだ」
レティは静かに頷いた。母は、この人と結婚してよかったと思った。兄たちも頷いて、レティを迎える。
「おかえり、レィちゃん」
「……まずは晩御飯にしましょう」
「俺は風呂の薪を割ってくるからな!」
「兄上、我が家の風呂は魔動式ですよ」
まずは、お腹いっぱいにしてあげること。清潔にしてあげて、温かい寝床を用意すること。
たくさん心配をした。たくさん泣いた。
それでも、一番大事なのは、レティを安心させてあげること。
「た、ただいま、帰りました」
ヤミーはたくさん褒められた。オベール家はレティの無事と、しばらくの間面会には応じられないことを各所に伝えた。
十八年分の記憶を失ったのだ。落ち着く時間が必要だと判断した。
*
「……レティが、生き、て?」




