リスクヘッジ
「今、ジェード君の声が聞こえませんでした?叫び声みたいに聞こえましたけど」
「ん?気のせいじゃねえか?カレタカと一緒にいれば、どうにかなる事はねえだろ」
「ん~……、それもそうですねっ」
やや温めの湯でダラダラと過ごす二人。久々の湯浴みだったせいか、今日ばかりは長風呂が苦手なアリシアも、湯に身体を浮かせてのんびりと湯の感覚を楽しんでいた。
その子供じみた行動に、ノラが注意をする。
「行儀悪いですよ?他の方の迷惑にもなりますし」
「こんだけ広いのにわざわざ寄ってくる奴はいないだろうよ。それに気持ちいいからやってみろよって……、もしかして、それのせいで沈んじまうのか?」
アリシアがノラの豊満な胸を指して意地悪く笑うが、ふふんと、鼻で笑った後、ノラは勝ち誇ったように流し目でアリシアを見た。
「アリシア……、あなたは知らないのですね……。これはですね、浮くんですよ?」
「マジかよ……」
自分も持っている筈なのに、それを知ることが出来なかった事にアリシアは愕然とするが、その大きな胸を見ながらある事を思い出した。
「そういや、生き延びたらもぎ取るって約束したっけな」
「え?あれは冗談ですよね?売り言葉に買い言葉ってやつじゃ……」
アリシアが手をワキワキと動かして迫る。
「分け与える量は決めてくれたいのかい?ノラさんよ」
「ちょ、ちょっと待って!手じゃもげませんよ?そもそも取れるものでもないです!」
「取れるかどうかは今から試すんだよっ!あたしも浮かせてみたいんだ!」
ノラが胸を隠してジリジリト後ずさるが、逃がさないとばかりに、悪戯心と嫉妬も混ぜてアリシアが飛びかかる。
周囲の生温かい目に見守られながら、一進一退のじゃれ合いは暫く続いた。
「で、おふざけはこれくらいにしといてよ。この先どうすか」
「はぁ……、はぁ……。私、汚されちゃいましたぁ……。周囲の目が痛いですぅ……。この後のことですか?」
「カレタカとこの先どこまで一緒に行くか、だ。どう思う?」
さめざめと泣くノラを無視して、アリシアは岩場に腰かけて話す。
ノラが居住まいを直して、考え込む。
「まだ何とも言えないですけど、悪い人では無い事は、間違いないですよね」
「十数年、魂を守るだけの為に村を守り続けて来たんだ。悪人な訳がねえ。エルフからの信頼も厚かったし、信用も信頼もできる。ただな……」
「他に何か?」
「あいつは、人狩りに来たのは軍だと言った。都市か国家かわからねえが、普通なら素性を隠す為に傭兵あたりを使って、痕跡は消すもんだ。
それなのに軍が出張った来たって事は、バレても問題が無いほどの大国か、第三者に知られたくなかった何かがあったのか……。どちらにせよ、カティナには人狩りをさせる程の何かがあるんじゃないかと、あたしは思っている」
アリシアの推測に、ノラも納得する。
「ただの労働力を求めた流民狩りじゃなく、エルフの様に一族を狩る事に意図があったと?」
「そうだ。考えが合っているなら、カレタカは超が付く特大の厄ネタだ。遅かれ早かれ何かしら起こる。面倒見てやるなんて言ったが、どうしたもんかね」
確かにアリシアの言うとおりなのかもしれない。このまま同行していると、何かしらの事件に遭遇するリスクは高い。が、これまで一緒に旅をしてきた事を思い返せば、少なくない情もある。ノラはそんな、リスクと情を秤にかけたあいまいな考えを、特にまとめようともせず、ぼそりと呟いた。
「これまでの事を考えると、見捨てるのは忍びないです……」
「あたしたちの命を天秤にかけてもか?街では無理かも知れないが、あいつなら多分、一人でも生きていけるぞ?」
アリシアの厳しい質問に、ノラは返す言葉がなかった。答えを出せない彼女は、逃げるようにブクブクと鼻まで湯に沈んでいく。
アリシアはそれを見ると、諦めたように天井を仰ぎながら、言葉を続けた。
「とは言え、今すぐに言葉を返す気はねえさ。あいつへの恩を返し切ったつもりもねえし、何より戦力がず抜けてる。現状何も分からないこの土地じゃ、見えないリスクを心配するより同行した方が確実だ」
アリシアもおそらく同じ事を考えていたのだろうか。カレタカが隠すリスクよりも、同行を選択した。
これまでの彼女なら、もっとドライに割り切っていたかもしれない。
不安な面もあるが、短くも濃い旅路の中で育んだ縁は、自分たちが思っていたよりも大きくなっていて、存外居心地も悪くないようだ。
不透明だが、一端の方向性が決まった二人は、約束の時間が迫っている事を確認すると、湯から上がり、酒場に向かう事にした。
酒場の外のテーブルでは、周りより一際大きい、片腕だけ甲冑を付けた男と少年が、複数人に囲まれて騒がれているのが目に入った。
二人は知らないが、それは、先ほど浴場でジェードの機嫌取りを手伝ってくれた男たちだった。
それぞれジョッキを持ち、思い思いに騒ぎ、笑っている。
その光景を見ながら、ノラがほほ笑む。
「意外と街でも暮らしていけるかもしれませんよ?」
「あいつ、意外と人たらしなのかもな……」
過ぎた心配だったのかもしれない。と、アリシアも肩を竦めて笑った。




