時間の使い方
ジェードに食い物屋や古着商など、滞在中に必要そうな場所を案内してもらいながら、浴場へ向かう。
「ジェード君、浴場はどんなところですか?」
「えっとね、すごく大きいお風呂。沸かすんじゃなくて、温泉が湧き出てるの」
「温泉か。火山の近郊だし、珍しくはないか。久々に熱い湯に浸かれるなら、わざわざ山を越えて来た甲斐もあるってもんだ」
温泉と聞いて、暫く身体を拭く事しか出来なかった乙女二人が色めきだった。
探索者とは言えまだまだ若い女性達だ。多少なりとも身なりには気を使いたい。
「ジェード、俺は読み書きが出来ない。払いを任せられるか?」
「大丈夫!ちゃんと帳簿も付けられます!」
そう言うと、ジェードは提げた鞄から使い込まれたペンと冊子を取りだした。同行した際に使った金額を記しているのだろう。
「流石は商人の息子だ。大したもんだな」
アリシアがそう言うと、ジェードは嬉しそうに歯を見せた。
「着いたよ。ここです」
そう言って立ち止ったのは、街の外れの洞窟であった。入口は石レンガで男と女を分けた入場口があり、その奥に小さい建物がいくつか見える。
洞窟の天井部に穴が空いているのか、空へと湯けむりが立ち上っていた。
「驚いた。洞窟に風呂があるのか……」
「そうだよ。浴場は層になってて、下に行けば行くほど熱くなるから気を付けてね」
簡単に説明をされた後、それぞれの入口に向かう最中に、ノラが言った。
「カレタカさん、私たち三時間は出てこないと思います。そちらも中でゆ~っくりとして下さいね。出たら、そこで落ち合いましょうか」
そう言うと、向かいにあった大きめの酒場を指した。店の外にもテーブルを並べた、開放的な店だ。
「三時間って……。あたしはそんなに、って、おい、引っ張るな!」
探索者が湯浴みを出来る機会は少ない。男でも数時間を過ごすことは珍しい事ではないが、流民だったカレタカにとっては、身体を清める為に二時間も三時間も居ると言うのは驚きだった。
提示された予想外に長い時間に戸惑い、思わずジェードに尋ねる。
「温泉は皆それくらい入るのか?」
ジェードは少し考えた後、笑いながら答えた。
「女の人とお風呂に来たら、聞いた時間より一時間遅れるくらいで丁度良い、ってお父さんが言ってた!」
「そうか……」
どこかで見たノラとアリシアのやりとりを見送りながら、更に延長もありえる事を聞いたカレタカは、諦めたように浴場の入口をくぐった。
ジェードに金を渡し、支払いを終えると、脱衣場へ向かう。
「脱いだ服はこの籠に入れてそこの人に渡すの。大事なものはこっちに入れて、あそこでお金を払って預かってもらうんだよ」
テキパキと教えてくれるジェードに習い、服を預け、荷札と金の入った小袋を首からぶら下げると、浴場へ向かった。
洞窟内はそれほど深くなく、横に広い作りだった。浴場が段々畑の様にいくつかの層になっていて、湯がドバドバと止めどなく流れ出ている。
天井には穴が開けられ光が差し込んでいて、中に設置されている灯りと相まって落ち着く雰囲気だった。
カレタカの前を、ストールを外して黒いマリモの様な頭を晒したジェードが、トテトテと歩く。
カレタカの顔より大きい、立派なアフロヘアーだった。
「その髪は、どうやって仕舞ってあったんだ?」
「お父さんが巻いてくれるの。お父さんと同じなんだよ」
と、嬉しそうに自分の髪の毛を触りながら答える。
カレタカはアゲートの頭を思い浮かべ、あのストールには何かの魔法が掛かっているのではないか、と真面目に考えた。
先を行くジェードが、水がちょろちょろと出ている四角の並んだ水槽を指す。
「これが時計。今がここだから、ここまで溜まると三時間、ここが四時間だよ」
ちょろちょろと流れ出ている水の溜まり具合を見つめてみれば、暫く溜まる気配はなく、これは長くなるな。と、カレタカは時計を見るのをやめて、湯に浸かったまま片目を閉じた。
あっちこっちと湯を渡り歩いていたジェードが、コップを持ってきてカレタカに差し出した。
「長く入る時は、水を飲んだ方が良いんだよ」
「あぁ、ありがとう」
水を受け取りごくごくと飲んでいると、ジェードが不思議そうに聞いてきた。
「お風呂の中でも外さないの?錆びちゃうよ?」
そう言われると、湯に入らないように岩場に肩を回していた義手を持ち上げ、カチャカチャと弄った。
「そうだな。上がったら綺麗に手入れをするさ」
そう言って、義手を差し出した。
ジェードは差し出された理由が分からず、暫く調べる様に触っていたが、すると留め金を外していた手甲が取れて、ジェードはスポッと、カレタカの手を引っこ抜いてしまった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
取れた手首と、何もないカレタカの腕を交互に見て、ジェードは驚きで悲鳴を上げた。
子供の叫び声に周囲の目が一斉にカレタカを向く。
余りの声量にカレタカも驚き、慌てて取り繕う。
「こ、これは、義手だ。元々付いていない。落ち着いてくれ」
カレタカは珍しくワタワタと慌てたが、その一部始終を見ていた隣の男がカレタカの肩を叩き、苦笑いを浮かべながら話しかけた。
「兄さん……。子供相手にそれは刺激が強すぎるだろ……。せめて水鉄砲くらいにしておけよ」
カレタカが周りを見渡してみれば、皆、うんうんと頷くようにしていた。
結局、周りに助けてもらい、果実水を上げたり、水遊びをしたりと機嫌を取り直し、ジェードの混乱を収めることが出来た。
カレタカは、自身の義手で遊ぶようなことはもう止めようと、静かに反省をしながら、浴槽の縁に腰掛けて大きなため息をついた。




