情報の対価
堀を渡してある木板を渡り、石垣の内に足を踏み入れると、想像とは違う光景が目に入ってきた。
そこは、前線と言うわりには、命を賭けるような緊張感も、開拓精神の熱気もない、昼間の酒場ような空気が流れていた。
先程の男が中で待ち構えていて、三人が入ってくると、へらへらと笑いながら話しかけてきた。
「ようこそ、フォアフロントへ。歓迎するぜ。取り敢えず隊長に顔を通しな。話はそれからだ」
こっちだ、と先導して歩き始める。
辺りを見回すと、それほど広くない敷地内に雑多に置かれた資材や調査器具、手入れのされていない固定砲台、何かの空ビンや朽ちた弾薬箱も転がっていた。
ここが生存圏外ではなく、スラムだと言われても、きっと納得してしまう様相だ。
そんな場所に、ブーツすらしっかり穿けていない、だらしのない身なりの男達が数人、上着を脱いで昼寝をしていたり、酒を飲んだりと、ダラダラと過ごしている。
先導されながら三人が横を通ると、値踏みするような目で、上から下まで舐め回すように見ている。
「おい、見た目で女だって分かる奴を見たのはいつ振りだ?」
「しかも二人だぜ。こんな所までどうやって来たんだよ?よぉ、ご婦人方、ここから先は俺がエスコートしてやろうか?」
ゲラゲラと笑い、囃す様に話しかける彼らに、アリシアはこめかみをひくつかせながら、努めて冷静に無視をした。
「ド定番も良いとこじゃねえか。今どき芝居でもあんなのやらねえぞ……」
「失礼です。芝居はもっと上品ですよ。言っておきますけど、まずは会話からですからね?」
「はぁ……、森に帰りたくなったぜ……」
敷地の中程まで案内されると、他とは違った少し大きめの宿舎のような建物に通された。
中に入ると、長テーブルと丸椅子が複数置かれた簡素な食堂だった。
「水くらいは出してやるよ。今呼びに行ってるからここで待ってな」
そう言うと男は出ていき、外からガコンと閂を落とす音が聞こえた。
「閉じ込められた様だ」
「そんなのはどうでもいいが、これで良く前線が持つな。ある意味尊敬するぜ」
男たちの行動に辟易としていると、調理場から中年の男が出て来た。
男は、茶を置きながら独り言の様にボソボソと喋る。
「難しいかもしれないが、逃げな。酷い目にあって野に捨てられるぞ」
「ここはなんなんだ?」
アリシアの問いに、男は回りを見渡しながら、少し焦るように早口で言う。
「ここは中央都市絡みの企業の開拓基地だ。本当は調査なんてとっくに終わってるんだが、内容を小出しにして期間を延ばしてるんだよ。たまに応援とか交代って形で他の奴等が来るんだが、外で魔物に襲われて死んじまうんだ」
「俺は給養員として期間契約で来たんだが、今じゃ奴隷みたいなもんだ。ただ、今月一杯で調査は打ち切りらしいから、どうにか我慢して続けてるんだよ」
内容に納得したのか、アリシアが考えるように話す。
「なるほど、ここじゃ管理も緩いだろうしな。道具使って監視するにもコストが悪そうだ」
外で閂を外す音が聞こえると、男は更に急ぎ、事を告げた。
「そう言う事だ。わかっただろ?だからチャンスがあったら一人でも逃げな。俺は戻るからな」
男が戻ると扉が開き、カレタカ程ではないが、かなり大柄な男が、5人ほど引き連れて入ってきた。
「お前らか、襲撃の生き残りってのは」
坊主近くまで髪を刈り、顎髭を蓄えた顔と、それなりに鍛えているだろう身体を持っている。
腰と足鎧だけを身に付けて、銃身の短い大口径の銃と、ダガーを数本提げていた。
「そうだ。帰還するのに周辺の情報が欲しい。対価は用意したつもりだ」
そう言うとテーブルの上に金のプレートを1枚置いた。
男はプレートを手に取り、確かめるように弄った後、懐に仕舞って言った。
「こんな辺鄙な所じゃ、情報が一番高くてな。これだと、ちょっとばかし足りねえな。その茶と交換で丁度くらいだ」
ニヤニヤしながら男がそう答えた。
「必要なら魔石も出そう」
カレタカがそう言うと、男は手を降って拒否をした。
「いや、そういうのじゃねえんだ。……そうだな、そこの二人が給仕でもしてくれれば、俺達は満足なんだよ。朝と夜のな。そしたら地図でも何でも出してやる」
「やっぱりそうなりますか……」
ノラが観念したように呟いた。
「俺達は最前線で、いつ死ぬか分からねえ重圧に耐えながら、生存圏外の開拓やってんだ。その英気をちょっとばかし養わせて欲しいってだけなんだよ。たったそれだけで街へ帰れるんだ。悪い話じゃねえだろ?」
男はこれからの事を考えているのか、厭らしく笑ったまま話した。
話を聞き終えると、アリシアは席から立ち上がり、おもむろに腰の剣に手を掛けた。
男達は咄嗟に身構えるが、それを気にすることなく、剣を鞘ごとテーブルの上に置くと、自身もテーブルに腰を掛けた。
ロングスカートを巻くし上げ、見せ付けるように足を組む。
品定めするように男達をゆっくり眺めながら、一人の男を指差した。
「どうせ全員相手するんだ。順番を選ぶ権利くらいはこっちに寄越しな」
床に足を降ろし、誘うように手招きすると、男は興奮した面持ちでドタドタとアリシアに走り寄った。
今にもかぶり付きそうな勢いで来た、男の髪を乱暴に鷲掴むと、逆の手で男の頬をそっと撫で上げながら、ゆっくりと背中を剃らせ天井を見上げる。
そして次の瞬間、持ち上げた頭を一気に振り下ろした。
骨同士がぶつかる、硬く鈍い音が響き、男の額から血が飛び散る。
その光景にカレタカが軽く瞠目し、ノラは溜め息を突きながら目を伏せて首を振った。
額から血を流しながら、倒れた男を見下してアリシアが言う。
「やっぱチェンジだ。お前相手じゃ勃たねえよ、お嬢ちゃん」




