My home sweet home (後)
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溜池に着くと、ノラはすぐに儀式に取りかかった。
ブーツを脱ぎ、神官服一枚の姿になると、冷たい水に躊躇うことなく入っていき、両手で包み込むように持っていた何かを水面に撒き散らす。
それは小さな花びらの様に見えるが、その一枚一枚に針の先で書いたような魔法文字と基盤回路のような線が張り巡らされていた。
春先の湖の様に、一杯の花びらが漂うその中、彼女はそっと腰を降ろして膝立ちになる。
首から下げていた小瓶を飲み干したあと、両手で水を掬い一口、ゆっくりと喉に流し込んだ。
膝立ちから正座の座りに変え、目を閉じて祝詞を唱え始めると、彼女から魔力が溢れ始めた。
魔力は波紋のように広がっていき、波打った水面からフワリと、花びらが舞い上がる。
花弁がふわりふわりと踊るように舞う中、彼女が祝詞を続けると、花びらは白く輝き始め、それが周囲にもゆっくりと伝わっていく。
輝きが花びら全てに伝わり終わると、水面は煌々と、朝日を返す雪のように輝いていた。
そして、それに呼応するように池の水は蒼白く染まっていき、やがて、淡く光るコバルトブルーになった。
目を開けて辺りを確認すると、彼女は池から上がり二人に伝えた。
「この水を、お墓全てに撒いてください」
言われた通りに丁寧に水を撒き終えると、草原に佇む獣は、氷像の様に淡いコバルトに光を放っていた。
墓のほぼ中央に立ったノラが、カレタカに最後の確認をする。
「これから彼らを呼び覚まし、具現化します。いいですね?」
魔力に反応して金色に染まった彼女の目を見ながら、カレタカは覚悟を決めてしっかりと頷いた。
「あぁ……。頼む……」
土の上に膝を付き、先ほどとは違う祝詞を上げる。魔力が更に高まっているのか、彼女自身も淡く光っている。
次第に周囲のエーテルも反応を始め、辺り一面は蛍の光に包まれた様になった。
光が舞う中、彼女が最後の一句を告げる。
「心よ、在れ」
その瞬間、周囲は変貌を遂げる。
彫像からコバルトの光が抜け出し、獣を形どって現れた。
一体、また一体と獣が増えていき、いつしか三人は、青白く光る獣たちに囲まれていた。
予想をしなかった光景に、アリシアは唖然とした。
「こりゃぁ……。すげぇ……」
鳥、鹿、狐、犬……、像の数だけの獣が生まれ、彼らはじっと三人を見ていた。
何が起きたか理解ができず、呆然とその光景を眺めていたカレタカが、目を震わせながら一言呟いた。
「すべての家族よ……」
一匹の鹿が、カレタカの言葉にピクッと耳を動かした。
そして鼻をヒクヒクとさせた様な仕草を見せると、森へ向かってゆっくりと歩きだした。
それに従うように、他の獣たちも森へ向かって、歩き、羽ばたいていく。
その姿を見ていたカレタカの目から、すぅ、と止めどない涙が流れ出した。
彼らを呼び止めるように手を伸ばし、震える唇で呼ぶ。
「アイシャ…イーサカ……ヒューリット……ポワカ……サルロイ……ムタウ……」
その声に気付かないかの様に、獣たちは真っ直ぐ森を見据えて進んでいく。
カレタカはその場で立ち竦み、ただただ彼らの名を呼び続けていた。
そこに、立ち止まった二頭の獣がいた。
「父……、母……」
それは鎧兜の様な立派な角を持った水牛と、大きな鷲だった。
溢れ出る涙を堪えようともせず、カレタカは二頭の前で両膝をつき、話しかけた。
「父よ…、母よ……。私は……、私は、あなた達を守れなかった!家族を守れなかった!あなた達から貰った、名を!魂を!守れなかったっ!」
それは10年以上の歳月、誰にも言えなかった、ずっと伝えたかった懺悔なのだろう。
「守る者はもう誰もいなくなった!誰も!誰一人!残っていないのだ!あなた達が大地へ帰るのなら!私も!私も連れていってはくれないか!」
仕舞っていた無念と後悔が、目から、口から、溢れ出していき、母に置き去られた子の様に、涙を流して哀しいと、咆哮を上げる。
聞き入るようにじっとしていた水牛が、顔を擦り付け、慰めるようにカレタカに寄り添った。正面では鷲が真っ直ぐ彼を見ている。
瞬間、鷲が飛び立とうとすると、カレタカは慌てて鷲を掴まえようと手を伸ばした。
すると鷲は伸ばされた手をすり抜け、胸の中に飛び込んだ。
カレタカの背中で青白い魔力が弾け、彼は伸ばした腕はそのまま、瞠目した。
呆然とするカレタカの横を、水牛が名残惜しそうに体を擦り付けながら、森へと歩きだす。
「ありがとう……。すまない……、すまない……!」
振り返り、水牛の後ろ姿を見送りながら、カレタカは何度も何度も謝った。
守れなかったことに、自分の弱さに、父に、母に心配をかけさせた事に。
そうして、全ての獣が立ち去り、さっきの輝きがまるで幻だったかのように、静まり返った暗闇に包まれた時、カレタカは天を見上げて吠えた。
事の全てを黙って見守っていたノラに、アリシアが肩を抱いて促した。
「戻ろう。あんたの仕事は終わったよ……」
彼の咆哮は長く、長く森に響き渡った。
読んで頂きありがとうございました。
予定していたより少し遅れてしまいました。
待ってくれた方々、申し訳ありません。
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