幻のあとさき
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遠吠えが鳴きやんだ後もカレタカは戻ってこなかった。
あの時の憔悴しきった姿を見てしまえば、あのまま彼らを追っていったとしても不思議ではないと思ってしまい、ノラとアリシアはその場を離れたものの、天幕で休むことは出来ず外で焚き火に当たっていた。
黒から藍がった空色になった頃、彼は戻ってきた。
彼は強い。とは言ったものの、あの姿を見てしまえばどうなるかなんて考えることも出来なかったが、戻ってきた彼を見ると、ホッとした表情を隠していつもの憎まれ口を叩いた。
「強面が台無しだな」
焚き火の側に腰を降ろした顔を見れば、泣き腫らして目は殆ど開いていない。
ずずっと鼻を啜り、枯れ掠れた声で言った。
「心配を……、かけたか……?」
「いいや、10年来の再会なんだ……。話は……済んだんだな?」
「あぁ……、充分だ。……ありがとう」
墓地での出来事は聞くまい。あの時見た、夢とも幻ともつかない光景は、口に出してしまえば途端に冷めたものになってしまいそうだ。
三人の胸の中で、優しい蝋燭の火のようにいつまでも灯し続けていればいい。
ノラがそっと手渡した絞った手拭いを貰い、顔を拭きながらカレタカが言った。
「ここを出ようと思う」
「そうかい……」
アリシアは否定も是体もしない。
「……カレタカの名は父から授けて貰った。カティナの言葉で"守る者"という意味だ」
「守る。というのは、どうやら俺も含まれていたらしい……。旅立つ時、母が教えてくれた……ような気がした」
「彼らは大地へ還っていった。俺は、その大地を見て回ろうと思う」
生きていく意思を見せた彼をみて、ノラも安堵と喜びで薄く笑みを浮かべた。
話を終えるとカレタカは腰を上げた。
「見せたいものがある。来てくれるか?」
そう言って二人を連れて歩きだした。
連れてこられたのは外れにある小さな小屋だった。
カレタカが扉を開けると、そこには遮蔽結界で覆われた穢貨の山があった。
「巫女よ、穢れ払いを頼みたい。報酬は、ここにある全てだ」
守り続けて来たものの、払うことが出来なかったのだろう。部屋の中は、穢れからでる瘴気が床一面を覆っていた。
アリシアとノラはその量に閉口して唾を飲む。
使えるものだけを選別しても相当な量が残るだろう。
暫く放心していたノラが我にかえる。
「出来なくはないですけど、ないですけど!多すぎます!こんなの貰えませんよ。第一持って帰れません!」
瘴気の中をじっくり観察していたアリシアが言う。
「そうだな。これ全部背負って、てのはちいと無理がある。金になる貨幣だけ頂こうか」
「そこで、だ。取引をしよう、カレタカ。あんたも森を出るってんなら、あたしらを案内してくれ。あと村で使えそうなものがあったら分けてほしい。変わりにあたしらは穢れ払いと、ここの事は何があっても口外しない。ついでに森の外も見せてやる」
他人を踏み込ませない、と、言いたいのだろう。アリシアの提案にカレタカは頷いた。
「すまない……ありがとう。村を片付けるのに二日三日は掛かる。その間に準備をしてくれ。出る頃にはおまえの足も良くなっているだろう」
彼女はニカと笑いながら早速支度の相談を始めた。
「よし、成立だ。ノラは魔力が戻ったら穢れ払いを頼む。あとは針仕事だな。いつものデカいリュックが必要だ」
「そうですね。なるべく丈夫な布で作りましょう。頑張ります!」
そこから三人は出発のための準備を進めた。
村の中に大きな穴を掘り、燃やせるものは全て投げ込んでいき、出すものが無くなった家は、カレタカが斧を奮って潰していった。
ノラは天幕に使用する布を貰い、針子をしながら、二日かけて穢れ払いを行った後、アリシアと二人で金銭価値の高い貨幣や宝石、自分の知っている通貨などより分けていき、残りは全て穴に投げ込まれた。
捨てられた財貨を見て、アリシアは金ぇ…、とわりと本気の涙を流した。
こうして、三日目の夕方には寝泊まりした天幕も無くなり、村は更地になった。
カレタカが松明を持って、村の真ん中に高く積もった想い出の品々に火を付けて回る。火はあっという間に燃え広がり、炎の小山となった。
火の熱が届かない程度に距離を取ったカレタカはその場に腰を降ろして、じっとその炎を見つめていた。
炎で赤く照らされた目には、少しの寂しさがあったが、もう哀しみは残っていなかった。
二人がカレタカの側に座り、アリシアが木彫りの湯飲みをカレタカに差し出すと、琥珀色の液体で満たされた瓶を取り出した。
「穢れ払いの後で見付けた。あんたとあいつらの門出を祝福するのに丁度良い」
そう言いながらカレタカの持つ湯飲みに並々と注いでいく。
そして自分の湯飲みに手酌で注いだ後、小さく捧げた。
「彼らと、獣に」
ノラも水が入ったコップを捧げる。
カレタカはそれに倣い、黙って湯飲みを捧げた後、一気に飲み干し、ほんの少しだけ唇を上げた。
炎を見ながらアリシアが話す。
「知ってるか?獣は泣くことも怒ることも出来るが、笑う事は出来ないんだってよ」
「俺はまだ、人か?」
その問いに彼女は底意地の悪そうな笑みをして言った。
「泣き腫らして目が見えなくなる獣なんて見たことねえ」
カレタカは、少し上がった口角を見せないように、俯いた。
「おまえは本当に……、遠慮のない……、女だ……」
三人は夜が明けて、チラチラとした残り火になるまで、ずっと炎を眺めていた。
読んで頂きありがとうございました。
後で編集しますが、ここで一章の区切りになります。
プロローグが終わって、ちょっとホットしてます。




