すごろくの誤算
金があるかどうかは…この際どうでも良い。
胸元には一応用意した包丁があるが、出来れば出したくは無かった。
店内には3人の店員の他に、俺を除いて7人の客がいる。
女子トイレがずっと使用中のようだが…相手が女性なら1人増えたところで警戒する必要も無さそうだ。
男7人に女が3人…か。
一気にパニックになると変に正義感を出した誰かが暴力に訴えてくるかもしれない。
ここはあえて静かに振る舞うのが正解かもしれねぇな。
強盗に正解も何も無いとは思うものの、これからやる事を思えば異常なほどに冷静に判断出来ている。
そもそも強盗をやろうとしている段階で冷静な判断も何も無いのだが…
窓際で本を立ち読みしていた青年がホットドリンクのコーナーへと動くのと同時に、俺はどっこいせっとカウンターに座った。
我ながら堂々としたものである。
「兄ちゃん、金出しな」
胸元に右手を入れながら、店員の若い兄ちゃんに要求する。
低く、静かな声で…だ。
「…は?…えっと…は?」
胸に「渡辺かずま」というプレートを着けた10代の店員は、何を言われたのか全く理解できていない様子だ。
俺は小さく落胆したようにため息をひとつ。
「聞こえなかった?早く金を出せよ」
怒鳴ったりはしない。
むしろ優しい声で語りかける。
怒鳴る代わりに右手に握られた包丁を少しチラつかせて見せた。
包丁の先は新聞紙で包んであるが、この兄ちゃんがよっぽど察しが悪くない限りこれが何を意味するのかは分かるだろう。
「ちょっと、待って下さいよ!」
店員は顔をみるみる青冷めると、店内に響くほどの叫び声を上げてしまった。
…まぁ、いいか。
誰かが通報してくれれば、この茶番にも直ぐにケリがつく。
静まり返った店内。全員の視線が俺の背中に集まるのを感じる。
「レジにある金だけでいいから。あるだけ出しな」
少しイラついたニュアンスで店員に再びそう告げた。
明るいBGMが流れる店内が恐怖の空気でピリついているのが分かる。
この店に居る全員が下手に動けない環境を作る事には成功した。
…悪く思わないでくれよ?
素直に言う通りにしてくれれば…
ここまでは順調だった。
まぁ、誰かに取り押さえられたらその時は無抵抗で捕まるつもりだった…のだが。
そこで予想外の事が起こった。
兄ちゃんがカウンターの下に手を伸ばした次の瞬間。
自動ドアの外でシャッターが勢いよく降りてくるのが目に入った。
ガラガラガラガラガラ…ピシャンッ!
唯一の出入口がシャッターに閉ざされ、
俺は絶句する事しか出来なかったのだ。




