第三百十四話 迷い込んだ先でも物語は動き出す
世界の意思に似た、それでいて彼女とは違った雰囲気と風貌の女性。
白と黒のメイド服に身を包んだ小柄な女性。
登場からずっと目を閉じていた彼女は世界の意思の言葉と共にその力強い色を秘めた瞳を開眼させる。
「口は悪いですが仕事はきっちりこなすのでご安心を。私に似て優秀ということです」
「クソみてぇな意地もテメェ譲りだ馬鹿。オラ、ぼさっとしてねぇで仕事すんぞオラ」
口出しさせないというよりできない空気。何か一言でも喋ったらナイフで一刺ししてきそうな雰囲気を醸し出している口調の強いお姉様(?)。
口が開く度に主張している犬歯の鋭さはまるで彼女の性格を表現しているようで、ジーンが抱いた第一印象は怖い人であった。
「なんだオイどいつもこいつも返事もできねぇのかオイオイ、オイ! てめぇだオイ救世主さんよぉ!」
名指しで指名されたとあらば応えないワケにはいくまいよ、と。
ここでビクビクしていては男が廃る勇んで吠えるは小型犬。
「よっ……よろしく、救世主改めジーンだ」
「声上擦ってんじゃねぇかビビってんじゃねぇかオイ! 可憐な乙女を前に一体全体どういうことだぁ!?」
「可憐な乙女」
「疑問を持つな疑問をよぉ! それよりもまず否定をしろビビってねぇって異を唱えろオイ!」
「ビビってねぇし!」
「嘘臭ぇ! なっんだよそれ」
あ、この人怖い人じゃなくてただ単に声の大きい人なのでは? という仮説がジーンの中で浮かび上がって。
殴ったり蹴ったりしようとする素振りは全く見せず、威圧しようという気も恐らくは無く。
暴力や恐怖を引き連れたコミュニケーション方法を選んでいるワケでもなく。
「悪ぃな、人間と会話するのなんて初めてみてぇなもんだからよ! まぁ、慣れろ!」
照れ隠しか。羞恥という感情に慣れていないのか。
ぎこちなく笑ったその顔は、目つきが悪くどちらかと言えば属性としては悪な印象を与えがちな顔立ちにとっては衝撃的なまでの破壊力のある魅力を持っていた。
どれくらいの破壊力かというと。
「チャチャと出会っていなければ恋に落ちていた……っ!」
なんて、ジーンが思わず膝から崩れ落ちてしまうくらい。
「トゥンク、この胸の高鳴りは一体……っ!?」
それが芝居なのか本心なのかすら最早不明。
ほら、白と黒のフリフリメイド服を着た小柄なちょっと顔が厳つい美女がおめめをキラキラさせていますよ。
「いつまでふざけてんのよ」
「あっ、はい」
チャチャに呆れられて終了。勿論、演技であり大袈裟の芝居であり。
語る言葉は本物であれ、過剰反応であるのも指摘されてしまえば反論などできるはずもなく。
今更ぽっとでのヒロイン(?)に対して目くじらを立てることはない。
この程度で怒り狂うほどチャチャは子供ではないのだ。余裕があるからこその態度でもあると言える。
慢心、とも言えるが。
なんて杞憂をする者もいるのかどうか定かではないが。
この二人に限っては意味のない心配と言えるだろう。
旅の途中であるのならばいざ知らず、救世主と観測者としての繋がりを得た今は二人の信頼関係が揺るぐことなどありはしない。
「チャチャよ。短い間だろうけど、よろしくね」
「あぁ、よろしくな。失態を見せちまったが忘れてくれ」
嫌味として受け取られても仕方のない言葉。
正ヒロインは私なんだからという宣戦布告とまではいかないが、肩をぽんぽんと軽く叩いて念を押すつもりで言ったのは事実であった。
事実ではあったのだが肩透かしに終わる。
気にすることもなく……は違うか。チャチャの意図に気付くこともなく、純粋に握手を返してそれで終わり。
これにはチャチャも自身の意地の悪さを恨むことになった。
もっとも、しばらく引きずるような性格でもないチャチャは一瞬で気持ちを切り替えることになるのだが。
悪い奴じゃない。ということをなんとなく理解できたので良し、と笑顔で握手を終わらせのであった。
「えっと、なんて呼べばいいのかしら」
「あー……名前っつーもんは無いんだ。管理者だとか雑用だとかで呼んでくれればいいんだけどよ」
「可愛くないわね」
「気にしたことねーけどな」
「それじゃそのままメイドさんで」
「それもあんま変わんねー気がするけど。可愛いかどうかって話だとよ」
「メイドさんは可愛いでしょ」
「それは個人の趣向によるだろ。あ、オイ。別に俺は可愛いからこれ着てるワケじゃねーからな!? 勘違いすんなよ!?」
『あぁ、そうだったんだ……』と、その場にいた全員が思った。
だがしかし、やはりというべきか誰一人として言葉にする者はいない。
言葉の勢いそのままに彼女の手が飛んでこないとも限らないから。
「くそっ、なんか調子狂うぜ。コッチだ」
「まかせましたよ」
「言われるまでもねぇよオイこら」
趣向どうのこうのは掘り下げるつもりはないらしく、付いてこいと先導を始めるメイドさん。
気品、お淑やかに。という評価には遠い仕草なのはイメージ通りか。
どうやら使用人の格好をしているものの、中身は伴っていないらしい。
そもそも礼儀作法なんて知るかボケの精神を持つ彼女。
可愛いと思っているのかどうかはさておき、本当にただ見た目を好んでいるからという理由でメイド服を着ているだけなのだ。
そんなことを知る由もないジーンらにとってはメイド服からの印象と、顔や言動からの印象とのズレが生じていた。
だが、それによって生まれる問題など小さく気にするほどの事ではなく。指摘する者も、胸の内でモヤモヤさせる者もいなかった。
「歩いていけるようなところなのか?」
「始道に通じている場所なのは間違いねぇ。つまり、なんとでもなるってもんだ」
「結構あっさり行けるんだな。ええっと、世界の狭間? みたいな場所だっけ」
「何言ってんだオイ。テメェだからこそ話が早いんだよ、救世主様よぉ」
「……あぁ、なるほど」
既に世界の意思の姿は見えず。
それが数歩前からだったのか、最初の数歩で既に見えなくなっていたのか今となっては分からないが。
境界が曖昧なようで実のところその逆。
境界が明確だからこそたった少しの距離で全くの別の場所へと変化するのだ。
気を抜けばバラバラと別々の空間へと迷い込んでしまうため、注意が必要になる。
だが、ここにいるのは実力のある者ばかりであり。はぐれてしまうようなヘマをする者などいるわけもなく。
「あれ、ミカどこいった?」
「はぐれるような間抜けは居ないと思ってたけど……まぁあの子なら驚くことでもないか」
否。はぐれるようなヘマをする者はいたらしい。
ジーンの言葉に周囲を見渡してチャチャは呆れてしまう。
「割とマズイ状況なのかしら?」
「いや、別に合流はできるハズだ。足跡っつーか目印を付けてきてるからな」
「だったらミカなら大丈夫ね」
「信頼、ってやつかオイ」
「そうかもね。なんとなくって感じだけど」
道中、会話もそこそこに。
すっかり打ち解けているチャチャとメイドさんなのであった。
真っ白な空間を。時には木々に囲まれた山道を。
砂浜に足跡を残しながら。湖の上で波紋を生み出しながら。
長くはない道のり。
語り合うにはあまりにも足りない時間。
しかし、世間話をするにしては暇が残るくらいの時間を経て。
「ここだオイ。まだ干渉はできないからな」
そして、辿り着く。
ジーンの目の前には確かにミィの姿が映っていた。
水の中なのか、魔力の渦に囲まれているのか。
視えているのは何かの向こう側に居るミィの姿であった。
意識を失っているらしく、卵の殻に籠っているかのように膝を抱え込んだまま瞼を閉じて動かない。
恐らくは呼びかけようとも声は届かず、メイドさんの言葉通り物理的な干渉も魔力による干渉も意味を成さないだろうことが予想できる。
「待つしかない、か」
……ミカは未だに合流できていなかった。




