第三百十二話 我儘の終わり
「俺は奇跡と共に消える」
「……つまり?」
「ミィを余所者たらしめる要素を俺が肩代わりするんだ。兄妹っちゅう縁を持っているからこその力技だな。そうすれば晴れて彼女は自由ってわけだ」
「怒るだろ、ミィは」
「だろうな。だが、その頃にはもう俺は消えてる。怒られる心配はしなくていいってことだ」
「いやいや、というかさっきと言ってること違ってないか? ミィが余所者だからって話はどうなったんだよ」
「既に救世主が生まれてんだからどうでもいいんだよ。今更イレギュラーが消えたところで契約が破棄されるわけじゃないからな」
そもそも救世主さえいればミィが余所者であるというイレギュラー、いわば不確定要素なんて些細な問題じゃなくなる。
世界の意思としてはわざわざ浄化を行ってまでやり直す必要がないのだ。
つまるところ、ジーンがいれば現時点での問題はゼロであるということなのである。
「いいか? 記憶諸々の整理がついた瞬間からこの計画は始まってたんだ、ミィを救う方法をあれこれ考えてな。結果的にはそれが浄化を防ぐことにはなったが、まぁ偶然だな。それに今思えば他にも方法はあったかもだが結果は似たり寄ったりだろうし、後悔はしてない」
語る彼の声は決して重いものではなかった。
本当に後悔がないんだと、ジーンは察することになった。
「ただ、まぁ……なんだ。寂しくないってわけじゃあない」
「やっぱりミィが心配か」
「いんや、心配はしてねぇ。お前らがいるからな」
はっきりと告げられる信頼の言葉。
妹のことになると五月蠅くなっていたリィなのに、だ。
それが記憶諸々が戻ったせいなのか今までが大袈裟な態度を見せていただけなのか、ジーンには分からない。
「言ってみればあの子は沢山の世界から爪弾きにされた欠片の集まりだ。傍にいてやれないのは寂しい……可哀そうってのが近いか。偉そうだとか思うか?」
「まぁ、勝手にいなくなる宣言しておいて『可哀そう』はちょっと……」
「お兄ちゃんなんだからいいんだよ、偉そうでも。お兄ちゃんってのは自分勝手で偉そうで我儘で強引なんだからな」
「自分で言うかそれ」
「昔、妹に言われたまんまを言っただけだ」
そして、少しの沈黙。
龍が高度を下げたのか、それとも大地が盛り上がってきたのか。空間自体が狭く縮小してきているのか。
遠くの山は雪化粧に身を清く見せている。
リィの能力が限界を迎えている証拠なのか。
雪解けは未だ予感させない景色である。
「隔離されたミィをどうにかするって作業は残ってるが、それは何とかなるだろ。つーかなんとかしてくれ」
「言われなくてもそのつもりだが」
「するとあら不思議、世界の意思が邪魔だとしていた余所者は可愛い一人の女の子に。これで現時点での浄化は不要になり、後は救世主様とやらに世代交代できますからしてめでたしめでたし……ってなるわけだ。ここまで来た以上は振り返るなよ? 唯一の成功がこの世界なんだ、みすみす手放したりでもしたら他の世界の奴らに怒られるだけじゃ済まねーぞ?」
「そこまでの度胸はないって。色々、知っちゃったからな」
「そりゃ良かった」
逃げようとしてももう遅いけどな、という言葉を告げることはなく。
仮にジーンが少しでも逃げ腰であったのならば脅しとして冗談っぽく語ったかもしれない。
不思議と寒さはなく。雲の上、いやもう既に下なのか。
上空に見えていたはずの雲とは別の雲を抜けたということなのか。
性質の違いによって何層にも重ねられている言ってしまえば水滴、あるいは氷の粒の集合体。
近づいてみれば掴むこともできない無数の個。離れてみれば一つの流れる雲なのに。
「勘違いする前に言っておくが、ここは残しておくからな。逃げ道……はちょっと違うな、休憩所的な意味で」
「は? あんた消えるってさっき言ってただろ」
「消えるさ。だが、俺の複製体はずっとここに残り続ける。戦闘力は皆無だしここから出ることも外へ干渉することも不可能で、できることと言えば会話をすることくらいだな」
相談役。あるいは愚痴を吐露する相手か。
リィは思惑を全て話すことなく、適当に話を切り上げようとする。
ミィには内緒だと念押しをされてそれ以上は何も話そうとはしなかった。
会ったところで互いに過ぎた話をすることしかできないのであればミィは前を向いて生きていて欲しいと。
「さて、別れ話なんて長々とするもんじゃないだろ。俺の気は済んだし戻るか」
「勝手な奴だな」
出口はどこだと探そうとするジーンではあるが、リィにそこだと言われてみればいつしか不自然な扉が目の前に。
龍の鱗の上にあるいかにもな開かれた扉の向こうは光に包まれていて何も見えない。
だが躊躇う理由は何もない。
お先にと光の中へと消えていくリィを追うように、ジーンもまた扉へと入っていくのであった。
雪解けの気配。別れの寂しさを受け入れるためか洗い流すためか。
山々に降り積もった雪は恵みの水へと変わりゆく。
出会いの温もりを思わせる変化の中で、されど潜む傷つくナイフの刃の鋭さに。
誰を想う祈りや誰を呪う恨みの言の葉や。
かつて繰り返してきた幾つもの日々は、一度の区切りを迎えることになる。
「――あの、私はお力になれるのでしょうか」
「なんだ? 今更怖くなってきたのか?」
「怖い……のでしょうね。花は咲けどもいつかは枯れるように。いつまで私が役に立つのか少し怖くなってきました」
「それはあれか? 捨てられるのが怖いのか、それとも枯れた時に落胆されるのが怖いのか?」
「もう! そんなに意地悪な事ばかり言うとこうですからね!」
「あっ、小娘!? オイ揺らすなっ、我が悪かったら揺らすなッ!」
刀に宿った精霊と。
かつて穢れの王を名乗った器。
救世主の誕生に伴い、彼の所有物である彼女らの存在も格上げもとい神聖な存在へと至る。
とはいえ、だからといって何が変わるということもなく。ちょっとばかり勝手が利くというだけで。
それのせいで起きる問題が諸々とあるのだが、まぁそれはそれ。
ジーンの後ろをただ彼を信じてついていく花姫と、いつ寝首を搔こうかと機を窺う穢れの王と。
「なんだか気にし過ぎな気がしてきました。自分にできることを精一杯、ですよね!」
「もうなんでもいいわい……」
二人の物語もまだ続く。救世主の物語と共にまだまだ続く。
空間が閉じられると共に二人は追い出されるように消えていくのであった。
残るのはただ一人リィの残りカスもといコピー体。
頼られることになる来るかも分からないその日まで、いつまでも。




