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自由奔放な猫の如く  作者: 黒田明人
1.如月の悪魔
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0022

 

 そうして離宮に軟禁という名目の元、セイル付きの覆面従者が誕生する。

 覆面と言っても包帯巻きの格好ではあるが。

 救急セットの中の包帯を使い、顔面が見えないようにぐるぐる巻きにしただけだ。

 そしてローブを身に纏い、髪の色も見えないようにしておく。

 もっとも、ウィッグもありはするから特に問題は無いが、捕虜にした人族の姿が忘れられるまで表に出さない事に決まった。

 そうして表向き、怪我をしたが連れて戻った部下の立ち位置になったと。

 セイルは誰も居ない離宮の警備に当たり、オレはセイルに付いて警備をする。

 そうして非番となると町に繰り出し、セイルの息の掛かった者達に様々なアドバイスをしていく。

 料理がやたら美味くなった店とか、珍しい品を売る店とか、少しずつ便利グッズが浸透していく。


 肉に衣を付けて揚げる料理が流行り、蒸し焼きにする料理が流行る。

 珍しい香辛料が出回り、塩も砂糖も手に入るようになる。

 見た事も無い果物が巷を賑わし、新しい料理が人気を呼ぶ。

 公衆浴場が建てられ、そこでは石鹸が人気になる。

 更にシャンプーとトリートメントが婦人の購買欲を煽り、肌荒れ防止のクリームを塗るようになる。

 怪我をしたら消毒薬を使うようになり、包帯やバンソーコーが巷に出回る。

 薬も何故か出回り、風邪や頭痛への対策が進む。

 新しい調味料が人気を呼び、干した魚がブームとなる。

 柔らかいパンが子供達の好物となり、美味しい串肉が売られるようになる。

 少しずつ少しずつ、魔族の暮らしを変えていく様々なアイテムの出所を知る者は少ない。

 だが、民の暮らしは少しずつ豊かになり、王の治世は磐石になっていく。


 そうして数年が経過し、いよいよ人族の動きが怪しくなってくる。


 セイルの従者の位置取りの中、人族はいずれ攻めて来るだろうと、武具の為の素材集めにとモンスター狩りに出て数年。

 竜の鱗や皮、また他のモンスターの素材など、入用と思われるモンスターを狩りまくる日々。

 それ以外の素材はアイテムボックスの肥やしにして、必要以上に狩る日々。

 ありとあらゆるモンスターを大量に狩り、そのついでのように人族も狩る。

 覆面をした謎の存在は人族にも知られるようになったが、それと彼を結び付ける者は居なかった。

 そうして数年間の成果は彼のレベルを著しく上げ、今では3桁になっていた。


 人族の間では盗賊が居なくなったと噂になっていたが、彼が全て狩っていただけの事。

 人族の国を走り回り、あちこちの者達を狩りまくっていただけ。

 全世界で相当数の悪辣なる者を狩り、随時血を溜めていった結果、相当量の血がボックスに収まっている。

 それと共にその経験値も同様である。

 10万の命なら1億の経験値と、3500万のHPと1500万のMPが付属する。


 100万ならその10倍だ。


 世界から悪人や兵士がかなり減った代償に、彼のステータスは人族など遥かに凌駕していた。

 彼の種族は既に吸血族へと代わり、魔族の者達はおろか、獣神の加護すら受けていた。

 勇者の投入で侵攻が進む中、最前線では人族に潜入して内部から崩壊を招き、誘拐しての血液採取をしまくっていた。

 ますます在庫が増える一方で、彼の力はますます増加の一途を辿る。

 フルタイムでのハントすら可能になった彼は、勇者以外の兵士達をひたすら減らしていく。

 勇者達は軒並みレベル60台にしていたが、そんな程度では彼の足元にも及ばなかった。

 覆面の謎の兵士に散々に翻弄された勇者達は、彼をターゲットにしてひたすら攻める。

 だが、4人掛かりでも太刀打ち出来ずに敗退する羽目になる。


 そのうちその覆面の者は魔王その人ではないかという意見が大半となり、魔王討伐の名の元に覆面兵士討伐に傾いていく。

 勇者と人族の軍が覆面兵士に対抗している間に、魔族の報復準備は着々と整っていく。

 人族総軍対覆面兵士の戦いを尻目に、魔族軍は迂回して挟撃の布陣を敷いていく。


 そうして殲滅作戦が開始される。


 準備が整った事を知った彼は、のらくらと長引かせていた戦いに決着を着ける事になる。

 広域殲滅魔法を発動し、勇者共々大ダメージを与え、勇者以外の兵士達は殲滅される事になる。

 先鋒の消えた軍は士気がかなり低下するも、勇者が支えてなんとか戦線を保つ。

 しかし、後方からの伝令により、本陣壊滅の報が届き、兵士達の士気はここに砕ける事になる。

 散り散りになって敗走する兵士達は、勇猛果敢な魔族達に散々に討ち取られ、ここに人族対魔族の戦いは魔族の一方的な勝利に終わる。


 第一次人魔戦争はこうして終了した。


 とは言うものの、これは人族による魔族領への侵略であり、正確には防衛戦争に他ならない。

 魔族の歴史にはそう記されたが、人族の歴史には魔族の侵攻と書かれる事になる。

 手傷を負った勇者達は、力足りずと更なる訓練を開始する。


 人族と魔族の軋轢は未だ終わる兆しを見せないでいた。


 人族連合軍の兵士達の損耗率の多寡で各国が揉めている間も、魔族達は防衛の名の元に周囲を固めていく。

 勇者達が傷を癒し、更なる修練に就くように、彼もまた更なる修練をやっていた。

 しかし、三食に休息に睡眠が必要な勇者に比べ、ノンストップでのレベリングが可能な彼では追い付くどころか離される一方となる。


 精神魔法を確立させた彼は、各国の代表者を惑わせ、人族同士の戦争へ誘導する。

 こうなれば魔族への侵略どころではなくなり、勇者はそちらへ転戦となる。

 既に人殺しにも慣れていた勇者達だが、かつて肩を並べて戦った者達が相手とあって、さすがにやる気は出なかった。

 そうして彼は更なる修練の元、新たな魔法を開発していく。


 人族達の争いはとどまる所を知らず、長引く戦いは泥沼の様相を呈していく。

 勇者達はそれでも要所要所での戦いを勝利に収めるも、邪魔が入るので完全勝利には持ち込めない。

 そうやって長引かせるのが目的な彼の思惑に乗せられ、20年の時が無為に過ぎていった。


 召喚魔法の解析から時空魔法を極め、遂に世界転移を確立させ、送還の術式の確立に至る。

 元の世界から雑多な品を召喚し、またそれを送り返す研究を進め、遂には確立する事になる。

 大豆の苗を召喚してみた事が切欠となり、増産に伴い味噌や醤油の生産が行われるようになったのは余禄だが。

 そうしていよいよ人族の要の消滅作戦が実行に移される事となる。

 かつてのクラスメイトに会いに行けば、かつての所業についての理解があった。

 どうやら新米への馴致はやったらしく、宰相はオレの真意を伝えたらしい。


『やっと確立したよ』

『じゃあ、帰れるのね』

『任せて』

『でも、アンタはどうなるのよ』

『僕はこの世界が好きになったんだ』

『本当にそれで良いのね』

『うん、だからもし、誰かに聞かれたら、僕は居残りって伝えてくれるかい』

『分かった。必ず伝えるよ』

『でもよ、帰る事を教えとかないと』

『ダメよ、止められるに決まってる』


 それならばと首輪の真実を伝え、彼らの首輪を外す。

 ずっと騙されていた事に気付いた彼らは、元の国に未練など全く無く、黙ってオレの案に乗る事になった。

 連絡などされては困るからな。


 聖石ひじりいしと呼ばれる、大量の魔力を貯留出来る特別な水晶の玉。

 それを見せて数年間の成果だと彼らに告げ、必ず帰れるからと魔法陣の上に誘致する。

 それにしても、召喚されてから実に32年の時が過ぎているのに、まだ帰りたいとはね。


『誘われし者よ、生まれし世界へ誘われよ。送還術式、発動』

『『『『ありがとう、本当に、ありがとう』』』』

 そうして人族の希望は潰えた。

 もっとも、人族間戦争が忙しくて、勇者とかあんまり関係無かったけどね。


 彼らは気分だけ学生のまま、それぞれは47才となっての帰還であるが、それを信じる者がどれだけ居る事だろうか。

 装備その他は隷属の首輪の荷物入れの中なので、着の身着のまま帰った事になる。

 無一文で普段着のままの、32年前に行方不明になった者達。

 しかも妙に力が強いから、下手に取り押さえようとした警官とかあっさりと殺しちゃうんじゃないかな。

 罪悪感を感じないままについ、うっかり殺しちゃったりしたら、それでもう普通の暮らしはやれはしないだろう。


 送還した彼らがどうなったのかなんて、彼は既に興味も無かった。


 勇者の消えた召喚国は、隣国に攻められて侵略される事となり、せめてもの抗いとやってはならぬ暴挙に出る。

 すなわち、召喚魔法陣を破壊し、その資料を焼き捨ててしまう。

 侵略軍が辿り着いた頃には、既に勇者召喚は不可能になっていた。

 世界の為の勇者召喚は既に、人族の欲の権化と化していた証拠である。

 かくして人族はその人口を相当に減らし、もはや魔族への侵攻などは無理になっていた。


 こうしてひとまず世界は平和となる。


 それからも平和な時が続き、魔族は攻められる不安から解消されたのであった。

 彼はますますの精進を続けるが、それは戦いが好きなゆえ。

 人族の中で盗賊を見つけては飲み、悪人を見つけては飲む日々。

 そして休暇を得るように魔族の領地に戻り、のんびりとした時を過ごす。

 そんな事を繰り返していたが、何故か彼の見た目は変わらないまま。


 吸血族とはそういう存在のようだった。


 セイルは既に王の位に就き、たまに戻って来る彼との時を楽しみにする。

 自由奔放な彼を留める事なく、彼は本当に自由に世界を巡っていた。

 そうして更に時が過ぎ、世界は変革の時を迎える事になる。



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