また暗闇へ
四人が地下のワインセラーから出てきたとき、夕日が中庭に差し込んでいた。狭い中庭でも日が差すと壁に反射する光が意外に明るい。
「このワインはガストンにはやらんぞ。エルミタージュじゃ。しかもシャーヴの1978年のエルミタージュじゃ。あいつ、わしの世話で疲れとるみたいなこと言うとるが、わしの方があいつの相手で疲れとるわい。あいつにこれはくれてやらん。わし一人で飲むんじゃ。」
毎日介護してくれる息子の文句をブツブツつぶやきながらピエールじいさんはフラフラと家の方へ帰って行った。
何を言うともなくその後姿を見送った三人は、クロエのアパートの方へ上がろうとした。
「クレモン、クロエ、、、」
「ん?」
「イラディ、ヴィーヴル アン トラヴァイアン。ケスクセテ(ピエールじいさん言ったよね。働いて生きるか、って。あれ何だったの?)」
「え、そんなこと言ってないよ。なんか聞き間違いしたんじゃない?フランス語が聞き取れなかったんだよ、きっと。」
「ア、ボン?ジェ コンプリ スルモン プラスドラプリーズ エ セットパロル(そうかな。電気の場所と、その言葉だけははっきりわかったんだけど。)」
「えぇ?そんなこと言ってないよ。どうしたんだよ、ユーゴ。やめてくれよ、薄気味悪い地下で変な声が聞こえたなんて。」
「ユーゴ、そういえばあの部屋で電気のスイッチの場所、よく分かったわね。もしかして、、、」
「クレモン、私、ピエールじいさんが変な言葉を何回か言ってたの、覚えてるわ。私は意味が分からなかったけど。もしかしてユーゴだけが分かったのかしら。。。」
「クロエ、変なこと言うなって。そんなわけないじゃん。ユーゴはまだリヨンに来て三日だぜ。分からない言葉の方が多いのに、俺たちが聞き取れない言葉を知ってるなんてありえないよ。ピエールじいさんはもうすぐ100歳になるんだよ。俺たちが知らない古い言葉を使うことだっていっぱいあるよ。ユーゴはなんか勘違いしてんだって。」
「でも私、もう一回あそこに戻りたいわ。ううん、家に帰りたくないのかも。ねぇ、もう一度一緒に行かない?ユーゴも。いいでしょ?」
ユーゴは分かっていない。クレモンはもちろん反対だ。
「さっき行ったけど、何にもなかったじゃん。また今度にしようよ。」
「わかったわ、じゃ多数決ね。行きたい人!」
勢いよく手を挙げたクロエにじっと見つめられたユーゴもつられた。
「なんだよそれ!おかしいよ!」
「決まったわよ、クレモン。さぁ、もう一度下りましょ!」
クロエは二人の手を引っ張ってまた地下セラーへと階段を下り始めた。またあの暗闇へと。