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妖精族次期皇女、ソフィア

この日、この世界に来てから一ヶ月が経った。エーリルは地下の修行場から、空の下へ出た。荒廃し、崩壊した街の中をただひっそり歩いた。上を見上げれば夕方の橙色と夜の藍色が入り混じり、星がちらつき、幻想的な景色が目の端までいっぱいに広がっていた。ふとエーリルは自分の右手に目を落とした、手のひらには剣を握り続けて出来た肉刺がつぶれ、包帯を巻いていたが血が滲んでいた。修行中は集中していて痛みはあまり感じなかったが、こうして意識してみると、傷は脈とともにじんじんと痛かった。

「エーリル様、もう帰還しますよ」

空の景色に見とれていると、ヨハンが声をかけてきた。

「相変わらず急ぐねえ、もう少しルーズに生きてみたらどうだい?」

ヨハンはエーリルの冗談にはまったく無関心で、沈黙のまま魔法陣の元へエーリルを急がせた。



エーリルとヨハンは、街へ帰るや否やエリスの天幕へと移動した。中へ入るとエリスは忙しそうにペンを走らせていた。エーリルたちに気づいたエリスはペンを止め、うれしそうな笑顔を見せた。

「お帰りなさい、一ヶ月ご苦労様ね」

エリスはテーブルの引き出しを開き、ジャラジャラと音がする皮袋を取り出した。

「はい、これ少ないけど軍資金」

皮袋をエーリルの手に渡すと、エリスは再びテーブルに座った。

「これからはコアを破壊する依頼をこなしてもらうわ、出現した情報が入ってきたら知らせに行くから」

「なあ、ひとつ聞いてもいいか?もしかして俺一人で行けって言うのか」

「それは気にしなくていいわよ、ちゃんと現れるから」

エリスはあいまいなことを言うと、それっきりだった。


エリスは自分の天幕へ帰ると、椅子に座って全身の力を抜いた。目を閉じて一ヶ月前を思い出した。最初は剣を扱えず、何度も落としては拾い、ひたすらにその行動を繰り返していた気がした。今では基礎の構えや振りなどは、意識しなくても出来るようになった。エーリルは記憶の道筋をたどっていると、自分が空腹になっていることに気づいた。

「軍資金かあ」

エーリルはもらった皮袋をテーブルの上にひっくり返すと、皮袋の中からは茶色のコインと銀色のコインが広がった。さっそくエーリルはコインを並べ始めた、修行してここへ帰ってくると、たまにエリスが遊びに来てこの世界の知識を教えてくれた。通貨はこのコインで、銅のコインと銀のコイン、そして金のコインが使われている。銅のコインが百枚で銀のコイン一枚分、次に銀のコイン百枚で金のコイン一枚分の価値というものだった。

「銀が十枚と銅が五十枚、まあこれでも多すぎるぐらいか」

エーリルはテーブルの引き出しから小さい皮袋を取り出すと、銅のコインを二十枚ほど入れた。これで外食一回分は十分だった、この街の中でも営業している店はあり、エリスに連れて行ってもらった店に行くことにした。残ったコインをししまい、エーリルは外への出口に向かった。その時、視界の端に何か入ってきた。その正体を見ると、今までは置かれてなかった剣と盾だった。そのふたつはエーリルの鎧と同じ銀色で、遠目から見ても美しい模様が刻まれていることに気づいた。

「なんだこれ、エリスからの贈り物かな」

エーリルは剣と盾に近づいて、剣を鞘から引き抜いた。長さは大体腰から足先までの長さだった、日本刀で言う鍔の部分には平たく青い宝石が埋め込まれ、刀身はエーリルの顔が映るほど磨き上げられていた。ためしに振ってみると、まるで手足のように扱いやすく、腕に負担のかからないほどに軽かった。盾のほうには剣と同じような宝石が中心に埋めこめられ、大きさは上半身なら十分に防げるほどで、重さは剣と同じぐらいであった。

「贈り物なら、さっき渡してくれればよかったんだけどな。まあいいか、その前に腹減った」



エーリルは数え切れないほどの天幕の中から、目当ての店を探し当てると躊躇無く中へ入っていった。中に入ると食欲を掻き立てるような香辛料の香りがエーリルの鼻を刺激した、店内はカウンターとテーブル席に分けられ、エーリルは二人用のテーブルに座った。客の数は夕食時だというのに、数えられるほどしかいなかった、理由はちゃんとあり、この店の人気が悪いというわけではなく、街の人が少ないからだった。現在、街で戦える人のほとんどはノーネームとの戦いに出ている状態だった、今この店にいる客を見ると、しっかりと装備を整えていた。きっとこの客たちも、明日には武装族や妖精族と組んでノーネームに戦いに参加するのだろうと思うと、エーリルは心のどこかが落ち着かなかった。エーリルは目の前のメニュー表に集中し、手持ちの金額に間に合う料理を選ぶと、店員に注文をとってもらった。

「ふう、これで一息つける」

「すいません、ご一緒してもよろしくて?」

不意に声をかけられ、エーリルは驚いて椅子から落ちそうになった。慌てて態勢を元に戻すと声の主のほうに振り向いた。

「あら、驚きました?」

そこにいたのは一人の少女だった。背丈はエーリルとほぼ同じで、髪は栗色の巻き髪で、目は真っ直ぐ物事を見るようにはっきりとした翡翠色。服は魔法族とは違ったものだった。服は膝あたりまでの薄茶色ドレスで、靴は動物の革で作られたブーツを履いていた。何よりも目立ったのは背中に担がれた矢筒と、弦の張られていない弓、腰には狩猟ナイフといった格好だった。

「い、いえ、どうぞ」

エーリルはたじろぎながらも、少女を向かえの席に座らせた。

「いやー、お腹すいているんですけど、なかなか一人ではここに入りづらくて、たまたまあなたが入っていくのを見かけたのでご一緒させてもらおうかなと」

少女は座ったとたんに元気よくしゃべり始めた、エーリルは少女に圧倒されて相槌を入れる暇さえなかった。

「あ、すいません、一人でしゃべっちゃって」

「いえ、楽しいのでおかまいなく」

少女は顔を赤くして俯いてしまった、エーリルには少女が愛おしく映ったので思わず笑みがこぼれてしまった。

「自己紹介がまだでしたね、私は妖精族のソフィアです」

エーリルは納得した、今までは魔法族しか見ていなく、このソフィアという少女に対する違和感はそのせいだった。エーリルは自己紹介をたどたどしく答えた、

「えっと、魔法族の、エーリルです」

一応魔法族で生活しているので魔法族と答えてしまったが、これでいいのかと疑問を抱くエーリルだった。そこからしばらく、ソフィアとの談話は続いた、いきなり初対面の人に異世界からきてしかも元は男です、と答えたら異常としか見られないのでエーリルはそのことを内緒にしておいた。

「実はここだけの話」

ソフィアはテーブルに身を乗り出し、エーリルに顔を近づけてきた。エーリルは今まで女の人にここまで顔を近づけられたことがなく、鼓動が一気に加速した。そんなエーリルには気づかずに、ソフィアは耳元で囁いた、

「私、妖精族の次期皇女で、ここにはお忍びで来てるんです」

「はい?」

えへへ、とソフィアは自分の頭をかきながら笑った。エーリルは先ほどの鼓動は冷め、どう対処すればいいのか分からなくなった。

「ええーと、皇女様?」

「あんまり大きい声で言わないで、普通にソフィアって呼んでね!」

妖精族を収める皇女の娘を目の前に、エーリルは汗が止まらなかった。こんなところをソフィアを探している人に見つかったら、とんでもない騒ぎになることを想像すると、エーリルは別の意味で鼓動が加速した。

「お待たせしました、ご注文の料理です」

店員がテーブルに料理を置いた、ソフィアはその料理を見ると「これと同じものをお願いします!」とはっきりと答えた。エーリルは手が震え、まともに食器を握れなかった。


その日の夕食は、何の味もしなかった。

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