魔人達の戦い
人が魔物から呪いを受けた姿が魔人とシフは言っていた。
何のために誰がそんな呪いをしたのか、誰もが皆忘れてしまった。魔人全体を総括するのならそんな言葉である。
エーリル達が村の入口に近づいていくと気配か匂いを感じ取ったのか、住人たちがぞろぞろと見物をしに来た。
おとぎ話や神話に出てくるケンタウルスやミノタウロスといった生物がまさにそこにいた。シフのように体の一部に特徴が表れている者がいれば、体の半分が魔物や人の形が残っているだけの獣までが、エーリルを遠くから見ていた。
その者たちは聞いたこともない言葉で互いに会話をし始め、エーリルのことを指さしたりシャレをいったのか笑い声のようなものも聞こえてきた。
聞き取ろうにもエーリルの耳には鳴き声としか入り混じっている音が入ってくるばかりであった。
「魔物の言葉です、みんな人の言葉はしゃべれますがこっちのほうが手っ取り早いんですよね。安心してください、敵意はありませんから」
「あまりその気はしないけどな、とりあえず一番偉い人に合わせてくれないか」
魔人達の中には殺意とまではいかないが、敵意に近いものが感じられた。シフのように歓迎的な魔人もいればその逆もいるという事だった。
「こっちですよこっち」
なかばシフに手を引かれる形で村を二人歩き始めた。村の建造物は人の作る石材中心の家屋ではなく、木造がほとんどであった。ちょっとした丘に穴を掘って住居として改造しているものもあれば、崖下の洞窟を家としている様子も伺えた。
さらに村の道は石を加工して敷き詰められて石畳のように整地までされているほどの徹底ぶりであった。
様々な種類の魔人が集まっていることもあり、建造物に統一性はなくただ集まっているだけといったほうがしっくりくる。
「ここですよここ」
案内された家は村を見渡せる位置にあり、暗く若干苔の生えている木造の平屋だった。シフは扉の前に立ちコンコンと叩くと中から動く音がして、しばらくすると扉がきしむ音を立てて開いた。
「やあシフ、おかえり。…それと、いらっしゃいかな?」
エーリルは一瞬、エリスができたのかと思った。長身に整った顔、金髪までが瓜二つだった。
だがエリスとは決定的に違っている個所がある、顔の右半分が光を一切反射しないほどの真っ黒に染まり、瞳は金色の中に黒い筋が一本縦に通って暗がりの中で浮かんだ。体もよく見れば、毛皮のロングコートから見える手足も片側が顔と同じで黒く染まっていた。
「ど…どうも」
魔人とは思っていたが人に似ていて、エーリルは言葉を飲んだ。
「お入り、ちょうど食事でもしようと思っていたんだ。 シフも来な」
そういわれたシフは扉の脇に大荷物を置き、エーリルも担いでいた鞄を同じ場所に並べた。
家の中は日の光が入る窓が少なく、高台に建てられた家にしては薄暗さを感じた。木のテーブルから石の暖炉まで年期が入っており、子供の作る秘密基地を思い出させた。
そして、どこか懐かしい匂いを感じた、薬品の鼻につく匂いと埃の匂いだ。
瞬間に浮かんだ記憶はカインの姿であった、カインは常日頃から魔法に関する薬品を調合していたり、埃まみれになった色あせた本を持ち歩いていた。
それはカインのみに当てはまらず、魔法族の者たちは薬品と埃の匂いを纏っていた。
「もしかして魔法族の出身なのか?」
女性はエーリルに振り返り、からかわれたかのうような笑みを浮かべた、部屋の陰が顔にかかり笑みの不気味さを煽った。
「へえ、よくわかったね。 お知り合いにでもいたのかな」
「魔法族にいたからな」
「じゃあ、君は何者かな?」
エーリルの頬に女性の黒い手が添えられた。人の温度を一切感じない、生物がもつ温度とはかけ離れた無機質な冷たさだった。
「鎧の下には妖精族の服、羽織っているのは武装族の金属繊維のローブ。 それと、腰に提げている刀は妖精族の中でも位の高い遊撃隊のものだね、拾い物かい?」
ほんの一目二目しか見ていないのにもかかわらず、女性はエーリルの装備から素性を探った。たしかにエーリルは見てくれだけを言えばどこの族にも当てはまらず、戦火の跡地から物拾いの流浪が一番当てはまった。
「それにその剣と鎧、どこが作ったのかな? 少なくともここ最近の設計じゃないね」
女性の金色の瞳に全てを見透かされていると感じたエーリルは一歩下がり、警戒から剣に手を置いた。
すると二人の間にシフが割込み、女性に向かってまくしたてながら言い放った。
「ティナ! いじめるようなことしないでください!シリはそんな人じゃありません!!」
ティナはからかう笑みから弾けた笑いへと変わり、部屋に声が響いた。
「ちょっとからかっただけさ、シフが連れている人だから信用してるよ。君も悪かったねえ、座りなよ」
ルミカはローブを脱ぎ服かけにかけると腕をまくり、食品棚を漁り始めた。エーリルは肩の力を抜き、剣と刀を壁に立てかけた。
「シリと言ったかい?あとでローブと服を貸しな、長旅でくたびれてるからほつれを直してあげよう、それとローブの錆避けの魔法も壊れかかってる」
暖炉に薪が追加され、テーブルの上には急な客なのにもかかわらず次々と食事が並べられていった。肉や魚の保存食からお茶まで用意された。
「今パンも炙るからね」
シフは尻尾を振りながら席につき、エーリルに隣に来るように催促をした。
「ティナの料理はおいしいんですよ」
エーリルも席につき食事を待つことにした。やがて炙ったパンが並び、チーズも添えられた。3人は同時に食べ始めた。
保存食は土地柄がよく出ると聞いたことをエーリルは思い出した。
「あまり口には合わないかな?」
そんな様子を見かねたティナはまたからかう笑みを浮かべた、エーリルにとっては食事よりもティナの黒く変色している部分のほうが気になっていた。
「ま、本題に入る雰囲気でもないし、昔話でもしてあげよう」
ティナはフォークを咥えながら服をまくり、右腕を晒した。光も反射しない一切の黒色に、そこだけ穴が開いたかのようだった。
「さっきも言った通り、あたしは魔法族だよ。魔法に関する研究をしていてある日、ついに神の力にも匹敵するほどの魔法にたどり着いたのさ」
「神の力?」
「そうさ、誰も辿りつくことのなかった力を手に入れたのさ、天候や地形を変えるのはもちろん、人の繁栄から破壊まで望みの通り。 だが、あまりにも魔力が強すぎた、扱え切れない魔力が体を侵食し始めたのさ。浸食された部分はもはや人でなくて、魔力そのものになっていくんだよ」
「魔力そのものになるとどうなるんだ?」
「さあ? 分からない。 ただ言えることは浸食された部分は機能はするが自分のものではないように感じるよ。そして魔法を使わなくても浸食は止まらないこと。まさしく人から遠ざかっていくような感覚だよ」
シフもティナの体を見て、一言添えた。
「最初会った時は右腕だけだったよね」
「そうだね、あたしは怖くなって研究の結果を全て捨てて、放浪してこの地に流れ着いたんだ。懐かしいね、もう数十年も昔だ」
「は?」
ティナは狙った通りの反応をしてくれたようでけらけらと笑った、見た目はどう見てもエリスと同等かそれ以下しか見えなかった。
「言っただろう、人ではなくなると。もはや人の寿命とはかけ離れた。 ちなみに魔人も長寿でね、シフも60年は生きてるよ」
エーリルはシフに目をやると軽く手を振るった、やはりどう見てもシフは子供にしか見えない。
「これでもまだまだ若い方ですよ」
食事も進み、エーリルは食器を置いて一呼吸した。コアのことを話して避難してもらうのだ、多少の反対もあるだろうが、それがエーリルにとってのいつもだった。
「さてさて、ただの旅人じゃないんだろう? 話してみるといい」
ティナはエーリルの空気を察したのか食べ進めるシフの手を止めさせた。エーリルは一言お礼を言うと話し始めた。
「ノーネームについてはどれだけ知っている?」
「鎧の集団のことかい? ある程度は知っているが、正体までは知らん」
「まもなくコアがここに出現する。早くて明日中だ」
それを聞いた途端ティナの表情からは余裕が消え、「へえ」と一言口からこぼした。テーブルの上に指をトントンと叩き考えを巡らせ、シフも耳がピンと立ち、毛も一部逆立った。
「それは本当か? わざわざ嘘をつきに来たわけじゃなさそうだし」
「本当だ、だから今すぐにでも避難しろ、よければ安全な街を紹介してもいい」
「いやその必要はない……むしろ朗報だ」
エーリルが聞き返す前にティナは立ち上がり、窓にに向かうとその姿からは想像もできないほど声を張り上げた。
「聞いたかお前たち! 戦いの準備だ!」
ティナの呼びかけに返ってきたのは窓を割らんとする勢いの歓声だった。肌を震わせるほどの声は方向からして、家を取り囲むように魔人達は聞き耳を立てていたのだ。
「ちょっと待て! 話を聞いていたのか!」
「ああ聞いていたとも、ノーネームが来るんだろう? 初めてのことじゃない」
ティナのいう事に偽りはなく、エーリルが窓の外を見ると魔人たちはパニックになる者はおらず、それどころか祭りが始まるのかと思うぐらいの熱気が立ち込めた。自らを鼓舞するような踊りから雄たけびまで上げ始める始末である。
「さあシフ、私たちは先にみんなの食事でもこしらえよう」
「はい、久しぶりですからね!がんばりましょう!」
シフまでもが戦闘の熱にあてられ、袖をまくってティナと共に外への扉に向かう。エーリルはただ唖然とした。今までコアのことを伝えると恐れ慌て、絶望に圧倒されてパニックになっていた。
敵は魔法族と妖精族を一方的に壊滅させ、目的も正体も不明である。あまりの突拍子なことにエーリルの言葉を信じず、その場に残った者はコアを見て驚愕した。
それがどうだろうか、エーリルが外へ出て様子を見ると、魔人たちは待っていましたと言わんばかりに闘志を燃やし、その爪を、牙を、剣を研いでいる。
「やめろ! わざわざ戦う必要はないんだ!」
いくらエーリルが呼び掛けたところで、耳を貸すどころか声は魔人たちの声量にかき消されてしまった。もうすぐここが戦地となるのに誰も怯えない、明日が命日となるかもしれないのにそれさえもいとわない。
エーリルは舌打ちをし、右手を上げた。すると青い稲妻が村の上空に広がり、魔人たちの声を一瞬にしてかき消す音と視界が真っ白になるほどの閃光を放った。
魔人たちは一斉に静まり返り、エーリルに注目した。稲妻がエーリルの出したものだと一瞬で理解し、その力の前に全身の毛が逆立ち、足が張り付けられたように動かなくなった。シフに至っては腰を抜かしてへたり込んでしまった。
「聞け、お前たちが戦う必要はない、少しの間だけここから離れるだけでいいんだ。そうすれば誰も傷つかずに済む」
「シリ、聞いてくれ」
隣からティナがエーリルのことを制した。
「もう一度言うが、私たちはノーネームの襲撃を何度も退けてきた」
「今まで大丈夫だったから次も大丈夫なんて保証はないのに?」
エーリルは魔人たちに向き直ると、今度は手の平に高密度の魔力の球を作り出した。魔力の球は周辺の景色を歪ませ、見た者に決定的な力の差を見せつけた。
「避難ができないなら手伝ってやってもいいぞ」
しかし、魔人の一人たりとも動く気配がなかった。その者たちの眼差しからは脅しによって動けないわけではなく、自らの意思でその場に立っていることを物語った。
エーリルはその眼差しに見覚えがある、かつて自らの信念を貫き通し、絶望と恐怖に立ち向かった少女が持っていた。
「どうして……、死ぬかもしれないんだぞ!」
その時、魔人の一人がエーリルの前に歩み出た。その者は狼の魔人であり、慣れない人の言葉でゆっくりといった。
「旅の人よ、ありがとう。私たちのために」
話し方はとても穏やかだった。相手のことをなだめる言い方ではない、ただただ感謝を述べるそれだけである。
そして、とある方角へ魔人は指をさした、エーリルはそれにつられてその方角へと目を向けた。
「美しく、ありませんか?」
その方角は丁度、村を見下ろすと同時に、峡谷で繁栄を極める深い森を見下ろすことができた。日の光は村と森を照らし、それぞれの間を縫うように流れる川も照らし出していた。
その光景にエーリルは黙った。作り出していた魔力の球はすでに手の平には無い。
「私たちはこの村で、この森で生きています。 子もこれから生まれてきます。 その子らにこの景色の中で、無邪気に暮らしてほしい。 そのために逃げるわけにはいかない。その思いが、私たちを奮い立たせるのです」
魔人たちにとってこの場所は唯一の故郷であり、この地以外での生き方を知らない、それだけで戦う理由は充分であった。故郷を捨て逃げるという行為はこれ以上にないほどの屈辱であった。逃げるくらいならば相手と刺し違えてでも故郷を守る、魔人は全員その意思を持っていた。
狼の魔人は膝から崩れ落ち、エーリルにひれ伏してすがるような思いを言葉にして吐いた。
「頼む! 戦わせてくれ! 邪魔は決してしない!」
それに続いて他の魔人達もエーリルにひれ伏し、口々に同じことを言った。力では叶わないと分かっているからこそ、ひれ伏す形で許しを請う事しかできなかった。
こういう時、オステアならどうするのだろう。
エーリルの視界が突然、赤く煌めいた。何度も見た光。弾かれたように上空へ顔を向けると、ノーネームのコアが音もなく赤黒い光を放っていた。
今までにエーリルの予知で外れたことは一切なかった。確かに、寸分の狂いもなく予知した通りにコアは出現した、もちろん目の前にあるコアだけ見間違えたなんてあるはずがなかった。
コアはエーリルの見た予知より早く出現したのだった。
「どれだけもてあそべば気が済むんだ!」
魔人たちがコアに気づくよりも早く、エーリルは攻撃をしかけた。長剣を槍に変化させると魔力と共に撃ち放ち、次の手のために駆けだした。
急に空へ向かって投げられた槍に魔人はその軌道を追い、その先にコアがあることに気づいた途端、一人として臆するものはいなかった。それぞれが手に持った自慢の武器を構え、誰の声掛けも無しに戦闘態勢が整えられた。
雷光を放つ槍はコアに一直線を描き、対するコアからは空を覆いつくす程の鳥型ノーネームが飛び出した。
鳥型はエーリルの槍に飛びついて触れた瞬間に塵となって消え失せた、さらに次々と恐怖を抱くことなく鳥型は槍に飛び込んでいった。
槍は鳥型によって威力を弱められてしまい、コアに到達したものの傷一つつけることができずに弾き返された。エーリルは槍を手元に呼び、長剣へと戻した。
エーリルは魔人たちの先頭に立ち、コアの正面へ立った。
「こうなったら誰も死なせない、恐れずに進め!」
エーリルがそういうと魔人の隊列から飛行能力のある者たちが飛び出した、向かってくる鳥型をいともたやすく切り裂いていき、羽虫を追い払うかのように蹴散らしていった。
その間にも続々とコアからノーネームが生み出された。獣型が地上に落とされ、一心不乱に殺意だけを向けて走り出してきた。
エーリルを始めとした犬や狼の魔人たちが一斉に走った、エーリルは長剣を槍に替え、目の前に迫った獣型の頭部に突き刺した。
他の魔人達も獣型を爪や牙でノーネームを蹂躙していき、走り出した勢いを止めずにコアの元まで進軍していった。
「もう少しでコアだ!」
その思ったのもつかの間、コアから重厚な鎧を身にまとい大盾とメイスを備えた人型ノーネームがエーリル達の目の前に立ちはだかった。通常の人型よりも強化された中型ノーネームだった。中型は横一列に盾を構えて壁を築いた。
策も無しにただ突っ走る魔人達ではなく、決定打を与えられないと即座に判断し、一度引いてエーリルを中心とした列を組んだ。
「道を作る! 後に続け!」
エーリルは槍をハンマーに変えると、両手で力の限り振りかぶった。
その時、魔人たちは見た。ハンマーに集束する魔力が地面に打ちつけられた瞬間、魔力が衝撃波の刃となり壁となっていたノーネームの盾を粉々に撃ち砕いた。
衝撃波はノーネームを飲み込み跡形もなく消し去っていった。魔人たちは今までに見たことない力の前に、胸が震え上がった。
空が割れんばかりの歓喜を表し、再び走り始めたエーリルの後を我先にと、地を揺らし走り、武器を天高く掲げた。
突如として現れたコアはほとんどの被害を出すことなく、終わりを迎えた。出た被害と言えば怪我を負った魔人が何名がいた程度だった。
あっけなく終わった襲撃に熱の収まらない魔人は楽器を持ち出して歌を熱唱していた。
その様子を横目にエーリルは村から見える景色を眺めていた。そこへ、シフが二つのコップをもって駆け寄った。エーリルに渡されたコップには、なみなみとぶどう酒が注がれた。
「さあさあ! 私たちの英雄! 一杯いきましょう!」
「いや、まだだ。 戦いの準備を今すぐにするんだ」
エーリルの視界には村の正面に立ち昇るコアの影が5つ、映っていた。




