2 星の歌姫とコンビニの肉まん
ライブ当日。
会場の外には、すでに長い列ができていた。グッズ売り場の前では、同じ袋を抱えた人たちが、どこか誇らしげな顔をしている。
「すごい人だね……」
麻子が少し圧倒されたように呟いた。
「だろ?」
俺――真司は、思わず笑ってしまう。
「これでも前より増えてるんだよ。去年なんか、こんなじゃなかったし」
チケットを握る手に、自然と力が入る。
やっと来た。この日が。
雑誌で見つけて、発売日に電話をかけて、何度も話し中で、ようやくつながって――
その全部が、この数時間のためにある。
「行こう」
俺は少しだけ早足になる。
麻子はそんな俺の後を、小さく歩幅を合わせてついてきた。
――ライブは、想像以上だった。
最初の一音で、空気が変わった。
綺堂さくらの声が会場を満たした瞬間、観客のざわめきが一斉に消える。
CDで何度も聴いたはずの曲なのに、まるで別物だった。
息づかいも、揺れも、全部が生きている。
俺は夢中でステージを見つめていた。
隣に麻子がいることも、一瞬、忘れそうになるくらいに。
ライブが終わったあともしばらく、耳の奥で余韻が鳴り続けていた。
「……すごかったな」
会場を出て、夜風に当たりながら俺は呟く。
「うん」
麻子も頷く。
「真司があんなに好きになるの、わかる気がする」
その言葉に、少しだけ誇らしい気持ちになる。
「だろ?」
「うん。でも――」
麻子はそこで言葉を切った。
「でも、何だよ?」
「なんでもない」
小さく首を振って、笑う。
その笑顔はいつも通りだったけど、どこか少しだけ引っかかるものがあった。
帰り道、俺たちは駅前のコンビニに立ち寄った。
ガラス越しに見える湯気。レジ横のケースの中で、肉まんがふっくらと膨らんでいる。
「なんか、急にお腹すいたな」
「わかる。あったかいの食べたい」
店に入ると、さっきまでの熱気とは別の、現実の匂いがした。
俺はジュースの棚の前で立ち止まりながら、まださっきのライブのことを考えている。
(あのラストの曲……やっぱり生で聴くと違うな……)
そのとき。
レジの方から、小さな声が聞こえた。
「すみません、肉まん一つ……」
どこかで聞いたような声。
ふと目を向けると、キャップを目深にかぶり、マスクをした女性が立っていた。
顔はほとんど見えない。
でも――
(まさか、な)
そんなはずはない。
そう思いながらも、視線が離れない。
女性が振り返り、俺の横を通り過ぎようとしたその瞬間。
「あっ――」
軽く肩がぶつかった。
「すみません!」
慌てて頭を下げる。
「いえ、こちらこそ――」
その声を、俺ははっきりと聞いた。
同時に、キャップがふっと落ちる。
照明の下に現れた顔。
さっきまで、ステージの上で歌っていた人。
「……綺堂、さくらさん?」
一瞬、時間が止まった。
女性――さくらは、ほんの少し驚いたように目を見開いたあと、すぐに小さく笑った。
「ばれちゃった」
その笑い方は、ステージの上とはまるで違って、どこか普通の女の人みたいだった。
「ごめんね、こんな格好で」
「い、いえ……!」
声がうまく出ない。
頭が真っ白になる。
さっきまで遠くにいた存在が、目の前にいる。
それだけで、現実感がなくなる。
「このあと、どうしても肉まん食べたくなっちゃって」
さくらは少しだけ照れたように言う。
「ライブのあとって、お腹すくの」
「あ……はい……」
何を言っているのかわからないまま、俺は頷いていた。
そのやり取りを、少し離れたところで麻子が見ている。
真司の表情。
声の震え。
目の輝き。
それは、自分に向けられるものとは、明らかに違っていた。
「ねえ」
さくらが、ふと俺を見る。
「さっき、来てくれてた?」
「は、はい!」
即答だった。
「前の方で、ずっと見てました!」
「そっか」
さくらは嬉しそうに微笑む。
「ありがとう」
たったそれだけの言葉なのに、胸がいっぱいになる。
気づけば、俺は夢中で話していた。
どの曲がよかったか、どの瞬間がすごかったか、どれだけ好きか。
言葉が止まらない。
その横で、麻子は静かに立っている。
何も言わずに、ただ二人のやり取りを見つめている。
やがて、さくらは時計をちらりと見た。
「ごめんね、そろそろ行かないと」
「あ……」
現実に引き戻される。
「今日は本当にありがとう」
そう言って、さくらは軽く手を振る。
またキャップをかぶり、マスクをつけて、店を出ていく。
ドアのベルが、小さく鳴った。
しばらく、俺はその場に立ち尽くしていた。
「……すげえ……」
ようやく、それだけが口から出る。
振り返ると、麻子がいた。
いつものように微笑んでいる。
「よかったね、真司」
「うん……!」
俺は何度も頷く。
胸の高鳴りが止まらない。
でもそのとき、
麻子の笑顔の奥にある、ほんのわずかな揺れに――
俺は、まだ気づいていなかった。
今回もアイデアを出してAIが書きました。
真司は憧れのミュージシャン綺堂さくらと偶然出会って言葉を交わしますが。
私はそういう経験はありません。私は初代ベストキッドの主題歌のサバイバーのボーカル、ジミー・ジェイムソンさんのファンでしたが、若い頃に一度ライブに行っただけで追っかけもしていません。
初めてのライブ体験で席はかなり後ろの方でした。豆粒のようなサバイバーしか見えていなかったですが、やはりファンなので感動しました。
ジミー・ジェイムソンさんのサバイバーはロッキー4の主題歌も歌っていますが、ジミー・ジェイムソンさんは2014年8月に亡くなりました。
麻子にとって、真司は憧れの綺堂さくらと話をしたので、真司が舞い上がっているのは分かるのですが、乙女心ですね。




