眠り
25才になったリン。相変わらず研究三昧で代わり映えしない毎日だったが、一つだけイベントがあった。
なんとリンは結婚したのだ。ポリーが自分の子孫なんだから、結婚して子供は作るんだよなあ、でもこんな生活じゃ無理っぽいよなあ、と思っていたリンだが、ある日S県W市にある研究所からの帰りにぶらっと立ち寄ったお安い定食屋(この辺義父ゆずり)で、小学校の頃のクラスメートであるあの健二に偶然再会する。
彼も東京に出てきて出版社の営業をしており、近所の中学校に教材を納品した帰りだった。
「おおお、久しぶりだなあリン」
「ケンちゃんかあ、いやびっくりしたー。あの乱暴者が、なんだか普通の社会人に育ったねえ。私は嬉しいよ。」
「おかんかお前は。で、どうだ、身長は伸びたか?」
「うるさい。約束までまだ35年も残ってるわい。」
連絡先を交換し、それからなんやかや会うようになった。大学の友人や研究者仲間と違い、リンを特別扱いしない健二との交流は心地よかった。トントン拍子に交際は進み、あっという間に結婚してしまった。仲人は甲田夫妻が引き受けてくれた。健二の両親は義理の父と仲人の地位にビビりまくっていたが。
そして結婚式の友人代表はなんとあの転校生だった美咲が引き受けてくれた。嬉しかった。心の底から笑えたのは小学生の時以来だった。ようやく捨て子だったリンは人並みの幸せを掴んだのだ。
その後子供も生まれた、それも双子で男の子と女の子。別にポリーへの義務で産んだ訳では無いが、その事で子どもたちには少し申し訳ない気持ちにもなるリンだった。
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リン35才、21世紀から22世紀にかけて随分長生きした義父の榊だったが、残念ながら電脳化完成には間に合わなかった。リンは悲しさと悔しさでしばらく泣き続けた。
そして最終的にリンは40才までしか生きられなかった。死因は異常に早く訪れた老衰。原因は不明という事にしてあったが、ポリーが別れる間際に言っていたように生身での次元格子へのアクセスが負担になっていた事をリンは知っていた。あのままポリーから能力が流れ込み続けていたら、本当にあっという間に死んでいただろう。
これを知るものは亡き榊と甲田しかいない。この辺りの事は一応は国家機密扱いなので健二にも話していなかった。
そして死の直前、リンはついに個人の人格をロス無しにデータ化・AIみたいな巨大なデータセンター無しでコンパクトに永久保存する技術の開発に成功した。22世紀としてもオーバーテクノロジーもいいところだったが、なんとか実用化してしまった。
そのままリンは自分を世界で初めてデータ化した。データ化の条件は肉体が死亡していて、かつ脳が生きていること。死亡したら即座に脳の破壊的スキャンを行わなければならないため、最後はごついケーブルまみれのヘルメットを頭に被った姿だ。それでもICU兼実験室のガラス窓の外から見守る健二と子どもたちに笑顔で最後の挨拶をする。
「みんな、また次元格子の海で会おうね。でもあんまり早く来ちゃダメだよ。」
次元格子、というのは健二たちには初めて聞く単語だったが、よく訳わからない事を言っていたリンだし「またかよ」くらいの感想しか浮かばない。
安楽死の麻酔注射を受けるリン。もちろん22世紀でも積極的安楽死は違法だが、電脳化に際しては甲田が例外規定の法案を通していた。リンは笑いながら旅立った。ガラス窓がシャッターで閉じられ視界を遮る。頭蓋骨の内側を破壊するスキャンが開始された。
窓を前にして健二は涙が止まらない。
「60才で吠え面かかせてくれるんじゃなかったのかよ。」
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その後に電脳化された人々は機械の体を得て互いに交流もしていたが、何故かリンの人格だけは表に出てこなかった。健二も子どもたちも後に電脳化していたが、電脳体のネットワークにリンは見つからなかった。
最初の被検体なので失敗だったのか。電子の涙を流す健二だったがどうしようも無かった。
「なにがまた会おうね、だよ嘘つきめ。ガキの頃から訳わかんねえのは変わらんかったなあ。」
健二は、呆れたようにbitの波をつぶやいた。
...そして、3千万年が経過した。




