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マッチ売りの少女2100  作者: ぽんた7
夜明け前
47/63

脱出


「リン!」


 ポリーは即座にリンの身体状態をスキャンする。


 大きなシールドに直撃されたリンの首は骨こそ折れていないものの、頚椎への打撃で脊髄が損傷していた。ポリーは急ぎ脊髄の動作を代替するが、脳への血流を途絶えさせないように内臓を動かすだけの機能を維持するのが精一杯だった。


「桜庭さん!」


 立ち尽くす機動隊員の間をすり抜けて最初にそこに駆け寄ったのは榊だ。河原で唯一脳に干渉を受けていない。ポリーは以前会った榊の事を要注意ではあるが善人であると記憶・タグ打刻していた。

 ポリーとイッヌは打開策を検討する。榊の脳を再スキャンしたところ、元部下が包囲網の司令官らしい。好都合だ。


 もう二匹に選択肢は無かった。ポリーとイッヌはリンと榊の間、リンを守るように姿を表した。小さいので目立つように少し光のハロを体の表面にまとわせている。もちろん榊以外には見えていない。


「ぬいぐるみ?馬と犬の?なんでこんな所に?」


 場違いにファンシーな光るぬいぐるみに榊は何がなんだか分からなかった。そしてポリーが口を開く。


「榊慎一郎だな、初めてお目にかかる、私はポリー。リンを守護している。いや守護者はたった今失格になった所だが。」


 榊は顎を落とす。何故こんな所にAIぬいぐるみ?言葉が出ない。思考がフリーズする。


「リンは首を損傷しており、現在危篤状態だ。あなたの手を借りたい。」


 不穏な単語に、ようやく榊がリブートする。


「何がどうなって...君たちはいったい...いや桜庭さんが危篤?」


 ほとんど無意識にインプラントからぬいぐるみの画像の送信元を検索するが、目の前の映像自体をインプラントは認識していなかった。通信で挿入された画像ではない、つまり脳に直接書き込まれてるんだ!

 榊の脳裏に一瞬ニューロゲートの記憶がフラッシュバックしかけるが、なんとか押さえつける。


「盾のあたりどころが悪かった。頚椎への打撃で脊髄が損傷している。今のところ私が神経系をエミュレートして内臓を動かしているが長時間は持たない。現在の人類の医療レベルでは治療は困難だろう。」


「そんな...」


「我々なら修復は可能だがここでは難しい。外部の干渉のない場所を借りたい。この包囲の司令官に包囲を解除させて脱出、あなたが郊外に持つセーフハウスを借りたい。」


 何故セーフハウスの事を知られているのか。いやそうか、彼ら?は脳に干渉できるのなら当然か。瞬間スイッチとあだ名され、稀有な切れ者として事務次官まで史上最年少で上り詰めた能力は伊達ではない。瞬時に理解に達した榊の行動は早かった。


「少しだけ待機しててくれ」


 榊は甲田のいる遮蔽車に走った。甲田を捕まえてポリーたちの事はボカして説明する。

 輸送車から担架を持ち出し、何故か我に返った機動隊員二名にリンを遮蔽車に運ばせた。車内のベンチシートにリンを横たえる。


「甲田君、一旦この車から人払いしてもらえないだろうか。」


 かつて見たこともない榊の真剣な眼差し。この人は何か私の知らない事を知っている。そう言えば昔からいつだってそうだった。従わない手はなかった。甲田はすべての人員に車外に出るよう命じた。


「ポリーどの、この甲田君は私の元部下で信用できる。私は引退した身で権力は何ももっていないが、彼なら便宜を図れるはずだ。事情を明かしても良いだろうか?」


ポリーとイッヌは再度高速で相談する。もう一人も二人も同じだろう。リンの安全が最優先だし、この国の最上層部と関わりが持てるのは二匹にとってもリンにとっても僥倖かもしれなかった。


 ポリーはイッヌと共に可視化に甲田を追加する。

 急に目の前に現れたぬいぐるみ二匹に驚愕する甲田。


「え? 榊さん、いったい何が起きているんですか? おもちゃ出してる場合では...」


 榊は腕を組んでわずかに苦笑した。さきほどの自分もこんなマヌケな感じだったのだろう。


「ぬいぐるみの画像のプロパティを見てみろ」


「いや、そんなのどうでも...あれ? 画像が存在していない? バグじゃない? じゃあ目の前のこれは? まさか...」


 理解に至った甲田の両目が限界まで見開いた。さもありなん。榊にはその気持ちはよーく分かった。マヌケな甲田の顔を見て少しだけ気が晴れる。


「甲田どの、ちゃんと自己紹介したいところだがリンの状態は良くないので治療を優先したい。まずは榊どののセーフハウスに向かってくれないだろうか。」


 治療? セーフハウス?


「それなら病院では? ここからなら本町の自衛隊病院が一番近いですが」


「いや、君たちの医療ではまだ頚椎の神経系再生はできないだろう? 我々なら可能だ。ただし施術を始めたら中断できないので、絶対に途中で邪魔が入らない場所が欲しい。そういう意味で警察関係は不適だ。」


 榊が補足する。


「セーフハウス、というのは私の妻の実家が持っていたM山中の別荘だ。以前私と妻で買い取った。セーフハウスなんてつもりは無かったんだがね、ただの山荘だ。」


「わかりました、いや正直全くわかりませんがとりあえず榊さんを信じます。あとできっちりお話は聞かせてくださいね。」


「ありがとう。」


「この車両はこのまま榊さんに預けます。自分が計画した車両ですし運転はできますよね?」


「大型免許は持ってるが...長い事車なんて運転してないぞ」


「市街地は自動運転なので大丈夫です。山道は頑張ってください。私は時間をかせぎます。幸い命令系統で私の上には防衛大臣と総理大臣しかいませんので、一日程度なら誤魔化すのは簡単でしょう。彼ら実務にはうといですからね。」


「おいおい...それが公務員トップのやることか」


 榊の呆れ顔にニヤリとして、


「あなたに言われたくはありません。」


 そして甲田はポリーに言葉を向ける。


「でも稼げてせいぜい今日の夕方くらいまででしょう。それまでに目処をつけてください。」


 イッヌはまたも胸を張った。


「おまかせあれ」


 ...甲田は一気に気が抜ける。言ってる事の異常さを無視すれば、まったくただの喋るAIぬいぐるみだ。そのへんのおもちゃ屋で売っていそうだ。


「榊さん。ほんとに後で説明してくださいよ?なんだか国家どころか人類の大問題に思えます。召喚しますからね。」


 念を押す甲田。


「おまかせあれ」


 胸を張る榊。


「あなたもか」


 榊の運転する車両が堤防を後にする。近くの警官と官僚で、それを記憶している者は甲田以外誰もいなかった。

 警察には被疑者が不明な手段で逃走した、とでもしておかなければ。誤魔化すと言ったがそれはそれで大変な仕事だった。

 甲田はため息を一つつくと、両膝を叩いて椅子から立ち上がる。


「よし、まずは総理の足止めだ。」


 甲田はNISCが手配した別の小型車両に乗り、県警本部に向かった。いつでも飛べるようヘリが用意してある。




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