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マッチ売りの少女2100  作者: ぽんた7
夜明け前
39/63

30年前

 同じ日の朝。榊は、S市県警本部の市道を挟んで向かいにある喫茶店にいた。コーヒーを飲みながら興信所の報告書を読んでいる。


 リンのマッチが同じ施設の入所者によって不正に流出したのは確かなようだった。まずい事になった、と榊は渋い顔になる。別ルートで得た情報によると地元県警がリン確保に失敗、NISCが動き出しているらしい。警察に指示を出してリンを確保しようとしている。


 榊は胸の痛みを覚えながら昔を思い出していた。


 西暦2070年。当時の榊は45歳、情報省の次長・審議官として出世レースのトップを走っていた。

 ある日のこと、上から検討を指示された極秘プロジェクトがあった。「プロジェクト・ニューロゲート」。


 表向きは「インプラントに緊急通報チャネルを追加する事で市民の安全を促進する施策」と謳われていたが、本当の中身は国民全員にバックドアを仕込む計画だった。緊急時に国が国民の意思決定・認知を直接制御できる仕組みで、榊には人道上許されるものとは思えなかった。


 しかし当時の右傾化内閣はこれをゴリ押し。内閣の思惑ははっきりしなかったが、実際のところ、災害時や有事には国民の被害を大きく抑えられる能力を有するであろう事もまた明らかだった。そもそも国家公務員である榊に否応はない。技術面を担当するインプラント製造企業トールコム社と、フィールドでの開発環境を提供するS市との関わりが始まった。


 トールコムは元々通信機器製造の会社だったが、21世紀中盤から医療分野に進出し日本でのインプラント製造を担うようになっていた。


 順調に開発は進み政府の思惑は実現一歩手前だった。しかし事故が発生した。

 完成品バックドアの少人数でのフェーズ1治験は何の問題もなく成功していた。しかし選挙が近づく内閣はバックドア実用化を急ぐあまり、フェーズ2の治験を大きく省略、いきなり大人数でのフェーズ3試験を開始させた。

 問題ないはずだった。しかしインプラントへの情報伝達装置の制御プログラムにAIも見逃していたバグがあって、多人数への送信時に初めて問題が顕在化してしまった。


 被験者ほぼ全員の脳が焼かれた。


 多人数の処理にサーバーが追いつかず、安全機構が一瞬だけ不活性になった。基準を遥かに超える入力で死亡20名、植物状態15名、半身不随・身体一部麻痺221名。大惨事となった。焼灼動作はほんの一瞬で苦痛は無かっただろう事が唯一の救いだったが、そんな事で遺族が納得するわけもない。


 もちろん内閣は国の関与を隠蔽した。国の計画という事は隠し、あくまでトールコム社新製品開発中の事故として処理。莫大な補償金の負担にトールコムは反発したものの、政府は今後のインプラント発注を優遇する事・会社を一旦解散して責任を存続会社に移し、事業自体は別の新会社に移譲させる事を約束し、その代わりにトールコム社社長は引責辞任。その後継企業が現メモリアコーポレーションである。


 当初は数々のライバル企業が存在したが、選挙で勝利し続投した内閣によりメモリア社は保護された。

 また当時の市長もトールコム社から便宜を図ってもらっていた関係でメモリアを優遇した。現市長は当時の市長の息子でありメモリアの腰巾着のようになっている。

 結果いずれのライバルも淘汰され国内はメモリア一社の寡占となっていた。独占禁止法で告発される事も何度かあったが、全ていつのまにか不起訴となっている。



 榊に直接の責任は全くないが、自分では道義的には有罪だと感じていた。思えば治験を急ぐ政権を止める機会はあったのではないか。もう少しトールコムとの連携を密に取るべきではなかったか。

 榊はトールコムとの極秘の議事録が廃棄される前にこれを情報省内の独立した閉域網にコピー、榊の遺伝子データで鍵をかけた。もちろん廃棄された議事録はダミーと入れ替えてあり、データの所在は当時最も信頼できた部下に預けてある。まだ情報省内の奥深くに保管されているだろう。


 この事件は榊の心に残り続けた。こんな事態を二度と起こさせないという思いがその後の榊の行動原理となった。それは退官した今でも変わらない。

 リンの件は当時の悔しさを思い出させるには十分だった。何かできる事はあるはずだ、榊は行動を開始した。リンの元へ行かなければならない。



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